電子出版はマンガの救世主になるのか? 漫画家『佐藤秀峰』連続インタビュー
【僕たちの知ってた『マンガ家』とはなんか違う漫画家】
プロの漫画家には編集者がついていて、漫画家と一緒にアイデアを出し合ったり、原稿が間に合いそうにないときは催促に行ったり、一心同体となって漫画を作り上げている、というのが一般的な『漫画家と編集者』のイメージだが、佐藤秀峰という漫画家は今、編集者とはまったくコミュニケーションをとらずに仕事をしている。漫画を描くプロセスで一番大事だといわれるネーム(漫画の下書き、設計図)の作成。通常はネームが描き上がれば編集者に見せることになる。しかし、彼はそれをやらない。では誰にも見せていないのかというとそうではない。妻であり、プロ漫画家である佐藤智美さんに最初の読者となってもらい、意見をもらっているのだ。彼はなぜ編集者を拒むのか。なぜネームをみせないのか。漫画家にとって最初の読者とはなにか。
登場人物
秀峰=佐藤秀峰(さとうしゅうほう。漫画家。代表作『海猿』『ブラックジャックによろしく』など)
ふかみん=ききて:深水英一郎(ふかみえいいちろう。ガジェット通信の中の人)
■ネームを読んでもらう人は、誰でもいい
ふかみん:ネームが完成したときに、読んでくれる第三者的な人は必要ですか?
秀峰:僕はいてくれた方がいいですね。
ふかみん:秀峰さんはたまたま近くにキャッチボールをやってくれる人がいてよかったんだと思うんですけど、それがいない漫画家さんは、やっぱり編集者がいないとしんどいんじゃないでしょうか。
秀峰:読んでもらう人は、誰でもいいと思うんですよ。編集者だからといって、ものすごく的確でいい意見をくれることって、あんまりないんですよ。普通の人と変わらないです。
ふかみん:専門家である必要はない?
秀峰:相手が子供でもいいんですよ。誰かに見せて、反応がもらえればいいんです。
ふかみん:見せる相手は、多ければ多いほうがいいんですか?
秀峰:どうですかね。そうとは限らない気がします。描いたものが、相手にちゃんと伝わっているかどうか、ということを確認したくて見てもらっているだけなので。僕は、最大公約数的な、誰にでも好かれるような漫画を描きたいわけじゃないんです。例えば「美少女出した方がいい」とかアドバイスされても、それはそもそもやりたいことじゃないし、参考にならないんです。
ふかみん:なるほど。「誤解されず、意図通りに伝わっているのか」ということを確認したいだけ、ということなんですね。
秀峰:そうですね。
ふかみん:でも、ネームを見せている智美さんはプロの漫画家だし、一般の人とは違う意見をもらってるんじゃないですか?
秀峰:んー、そんなことはないですね。”好み”はありますけど。
ふかみん:”好み”ってなんの好みでしょう?
秀峰:んー、なんて言ったらいいんだろう……(しばらく沈黙)。……SFが好きな人もいたり、アクション映画が好きな人がいたり、人によって好きなジャンルは異なるし、感じ方にもいろんな傾向があると思うんです。そして漫画を読んでもらったときの感想は、それに影響されるはずなんです。
例えば僕がもし編集者で、少年漫画誌の作家さんからネームを見せてもらったとしたら、「実際魔法を使える人なんていないから、こういうのは止めた方がいいよ」とか言ってしまうと思うんですよね。
ふかみん:(笑) 「人は変身なんてできないよ」とか?
秀峰:「1回死んだら生き返るなんてことないから、それナシでしょ」とか。そういう話をしちゃうと思うんですよね。
ふかみん:秀峰さんはリアルさを追求していくんですね、今後も。
秀峰:いや、僕自身の作品のことを言えば、有り得ない設定でもいいんですよ。「自衛隊が戦国時代に行っちゃう」とかでも全然いいんです。ただ、人の感情などにリアリティがないと嫌なんです。
ふかみん:設定はいろいろあっていいんですね。
秀峰:そうです、いろいろあっていいんだけども、個人的な趣味の話をすると、やっぱりSFとかファンタジーには興味が持てない。嘘の世界の話を読んでも、自分の得にならないと感じてしまう。折角同じ時間を使うんであれば、得になるものに使いたい、と思っちゃうんですよね。でも、これは僕の個人的な趣向の話で、こんなことを少年漫画を描いている作家さんに言っても意味がないですよね? 誰かにネームの感想を聞く時に大切なのは、相手の発言の中から、個人の趣向に由来する発言を取り除き、表現の質について言及している部分だけに、耳を傾けることなんです。表現の質を高め、自分のやりたいことを明確にするために、意見を有効に利用できれば、という感じですかね。
要するに、誰の意見でもいいんです。聞き方の問題ですから。編集者の場合、クライアントという意識があるのか、個人の趣向をゴリ押ししてくることもよくあるので、そうなるとむしろ迷惑ですね。
【漫画電子出版時代のインディーズとメジャー】
ふかみん:電子出版によって、出版社のしがらみから作家は解放されるかもしれませんけど、流通と小売の部分、書店の部分がこれまで以上に一極集中してしまう、という弊害が今後でてくるんじゃないでしょうか。これまで書店は全国に何万店舗とあったんですが、電子書籍での窓口はほんのひとにぎりになっちゃうと思うんです。既にオンライン書店でも勝ち残っているのは数社ですし、電子書籍になるともっと絞り込まれる可能性があります。流通に関してもこれまでは取次数社が担ってましたが、電子書籍でそこを担うのは、世界的に数社というレベルになってしまう可能性もあります。数社に牛耳られてしまうと、電子出版によって自由が手に入るというのは幻想のような気もしてきますが。
秀峰:二極化するんじゃないですか?僕みたいに、個人レベルで好き勝手にやる漫画家と、大企業に寄り添う人と。それが、インディーズとメジャーにおける悪い意味での作品格差につながるかと言えば、そうとも限らないと思います。
これまで、大手出版社から出版される漫画は、良くも悪くも商業的であることを求められました。なぜかと言えば、大手出版社はたくさんの社員を抱えていて、流通から書店員に至るまで、たくさんの人たちの経済を支えなければいけないからです。つまり、お金がたくさん必要で、そのために大ヒットが必要でした。漫画家はヒット作を描くことを目標にしなければ、職業として成り立たないという事情があります。それは、大企業がその業界を支配している限り、電子書籍に舞台を移しても変わらないかもしれませんね。だとしたら、僕はそっちには興味ないです。
漫画家からしてみれば、生活さえできれば、自分の描きたい漫画が描けたほうが、本当は幸せかもしれないんですよ。すべての漫画家が大ヒットを目指しているかと言えば大間違いだし、個人レベルで作品を発表して、製作環境を支えるお金だけを稼げればいいようになれば、それでいいのかもしれない。
読者も、昔と比べると、必ずしもヒット作を求めなくなりましたよね。情報が少ない時代は、1つの作品に人が群がりましたが、今は、あふれる情報の中から1つの作品を選ぶ時代になっています。多様な価値観が認められているし、ひとつひとつコンテンツのユーザー数が少なくても、お互いにつながれる環境もある。大勢で盛り上がりたければ、ヒット作に飛びつけばいい、みたいな形になってきている気はします。だから、売れる作品とそうじゃない作品の差が激しいですよね。
時代が進んで、閲覧環境や課金システムが整備されれば、漫画家は、より個性的な作品を発表できる可能性が出てくるし、後は、良い読者と批評家が育ってくれれば、インディーズが単独で成り立つ可能性はあると思います。僕がやってるのは、こっちですね。
でも、巨大企業が独占する世界というのは、そっちはそっちで、早く整備されればいいな、と思っています。フェアにやってくれる企業が出てきてくれればいいですね。アマゾンとかがやってくれたらいいんじゃないでしょうか。どうもAppleはよくないですが。
ふかみん:なにかあったんですか。
秀峰:『海猿』をアプリ化したんですが、審査を通らないです。コミック1巻で1アプリだと受け付けてくれなくて。漫画単行本のようなシリーズものはすごく嫌いみたいです。コミック数巻をまとめればいいみたいなんですが、それだと高くなってしまうので、やりたくない。それじゃ買ってもらえないので。
ふかみん:アプリの中でコンテンツを追加していくような方法をとってみたらどうでしょう?
秀峰:そういう課金方法も、最近審査で落としてますよね。『漫画onWeb』のiPhone/iPad アプリを今進めているんですけど、うまくいくかどうかもわからないんですよね。
ふかみん:つくるだけ作ってダメって言われるのも大変ですね。
秀峰:アプリの制作費が無駄になっちゃう。
ふかみん:Androidマーケットはどうですか?
秀峰:そっちが緩ければそっちへ行きたいですね。
(佐藤秀峰連続インタビュー、第1部おわり)
【第2部に向けて】
これまでのメジャー漫画家とは何か違う。かといって、同人活動ともなにか違う。佐藤秀峰氏は、自身のサイトを通じてまったくの独自路線へつき進んでいるように見える。どこを目指し、どこへ辿りつくのか。引き続き彼の動向に注目すると共に、加えて周辺の人たちにもお話をきいていこうと考えている。周りの人々はどう感じているのか。不安はないのか。同業者の意見は。編集者は? いくつかの角度から取材を進めている。こうしている間にも佐藤秀峰氏の動きは加速しており、インタビュー中で話題となった「Androidマーケットへの出品」も既に準備が進められ、クレイジーワークス村上氏の協力を得ながら昨日テスト版の出品が終わったところだ。順次Androidマーケットにもマンガが出品されていくとのこと。
尚、今回の連続インタビューを読んでの質問などあれば、こちらからメール送ってください。
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