ミリオンセラー『ブラックジャックによろしく』全巻無料公開のインパクト 漫画家『佐藤秀峰』連続インタビュー

全巻無料公開で得られたもの

【マンガは、どうなってしまうのか?】
紙の漫画雑誌の発行部数は1996年以来減少し続けてきており、単行本の部数もそれを補うものとはなっていない。漫画市場そのものが縮小してきているのだ。そんな状況下で出版社を通しての仕事を減らし、自らサイトを立ち上げてウェブでの漫画販売を開始した漫画家、佐藤秀峰(さとうしゅうほう)。彼は紙での漫画出版に決別し、電子化されたウェブコミック販売へと向かっている。先日は人気コミック『海猿』『ブラックジャックによろしく』全巻をウェブサイト上で無料公開するなどして話題をさらった。しかし、そういう彼の行動に対して『出版社・流通・書店の努力をバカにしている』といった批判の声もみられた。この連続インタビューは、そんなさなか彼の仕事場にお邪魔しておこなったものである。

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登場人物
秀峰=佐藤秀峰(さとうしゅうほう。漫画家。代表作『海猿』『ブラックジャックによろしく』など)
ふかみん=ききて:深水英一郎(ふかみえいいちろう。ガジェット通信の中の人)

佐藤秀峰氏

【『ブラックジャックによろしく』全巻無料公開の反響】

ふかみん:『ブラックジャックによろしく』の全巻無料公開をスタートして、読者からの感想メールなどに変化はありましたか? はじめて読んだ人も沢山いると思うんですが。

秀峰:ですね、いっぱいもらいました。実は『ブラックジャックによろしく』の感想をもらうこと自体、ここ何年もなかったことなんですよ。そのとき思ったのが「新しい読者を開拓できたんだな」ということで。

ふかみん:それは素晴らしいですね。

秀峰:これまで僕の作品を読んだことがない人が新しい読者としてサイトに来てくれているんで、続編の『新ブラックジャックによろしく』の売上がすごくよくなったんですよ。

ふかみん:初めて『ブラックジャックによろしく』に触れたんであれば、続きが読みたくなりますよね。

秀峰:僕の描いた漫画を読んだことがない、という人はいくらでもいるんだな、と改めて気づきました。

ふかみん:興味がないから読んでない、というわけじゃないですからね。出会いがたまたまなかったということもありますから。

秀峰:知らなかったり、きっかけがなかったり、ということで、読んでない人はまだ沢山いるんです。

ふかみん:そういう人達に興味を持ってもらえた、という点だけみても無料公開の意味はあったということですね。

秀峰:そうですね、作品認知度が上がったと実感しました。宣伝として考えたら、莫大な費用をかけてやるようなことが、お金を使わずにできたということになります。

ふかみん:有料新作の売上アップにもつながった、と。

秀峰:そうですね。”経済的な価値のなくなった”旧作で集客ができ、有料新作の売上が伸びる。いい循環がつくれたと思います。無料で公開はしましたけど、作品そのものの使い道がなくなったわけじゃないということです。

ふかみん:なるほど。

秀峰:そういった工夫をせず、出版社が言うように古本屋へ売ることも、漫画喫茶も、YouTubeへのアップも総て禁止していったら、漫画を読む人がかなり減るんじゃないかと思うんです。

ふかみん:いろんなことを禁止しているけど、新しい集客策を出せてるのか、ということですね。

秀峰:ワンピースの単行本が初版発行部数の最高記録を更新したんですけど、それって前の巻を買ってない人が買ってる、ということなんですよ。それはつまり、どこかでそれまでの話を読んでた隠れた読者がいたということで、そういう読者が最高部数達成を支えているんじゃないかと思うんですよ。それがなかったら前の巻よりも部数は減っているはずなんですよね。YouTubeに作品をアップロードして公衆送信権侵害により中学生が逮捕されたりしてますが、そういうのも売上に貢献してる部分はあるんじゃないですか。

佐藤秀峰氏の作業場にて

【出版社が無料公開しても何も言われなくて、作家が自分で無料公開したら批判されるのは納得できない】

ふかみん:ウェブコミック等では無料で漫画が公開されるという流れもありますが、そういう無料公開の波は今後ひろがっていくと思いますか?

秀峰:わかんないですね。

ふかみん:秀峰さんもその流れに乗ってる、ってことじゃないんですか? 他をどれくらい意識したのかはわからないですが、無料公開に踏み切ったわけです。これまでの漫画ビジネスは”雑誌”をできるだけ多く刷ることによって、より多くの読者に触れ、それが”単行本”となることで、そこでドカンと儲かる、というモデルだったんですが、そこの”雑誌”の役割が”無料ウェブコミック”になっていく、ということなんでしょうか?

秀峰:単行本を集める人もきっといなくなりますよ。

ふかみん:んー、どうなるんだろう。ウェブで人気を集めて……

秀峰:”紙”で回収するっていうモデルは無理なんじゃないかなぁ。

ふかみん:……となると、漫画家はどこで食っていくんですか?

秀峰:韓国では漫画市場自体が消滅しつつあるという話ですよ。

ふかみん:もし漫画市場が消滅したら秀峰さんどうするんですか?

秀峰:僕はサイトがあるんで、そこで細々とやっていこうと思ってますよ。

ふかみん:紙の単行本がなくなっていくとすると、漫画市場が消滅し、これまでのような漫画家の仕事はなくなっていく。そうなると、例えば自分でサイトをつくってそこで漫画を売る、などの商売をつくっていかないといけないと。

秀峰:サイトをつくる、という方法自体が成功するかどうかもわかんないですよ。ただ、紙の”雑誌”はとりあえずダメかなと思ってます。

ふかみん:秀峰さんとしては描き続けていたいから、少しでも可能性のある方向へ進んでいる、ということですよね。

秀峰:そうですね。何が正解かはわからないですし、何も断言できないですけど。

ふかみん:模索している、と。

秀峰:そうですね。韓国では、もう漫画はダメだと言われているらしいんですね。韓国の漫画出版エージェントの人からのメールによれば。読者も漫画には興味を持っているし、作家さんも既にいるんだけど、お金をそこから取るシステムがなくて、漫画ビジネスが崩壊してしまっている、ということが書いてあったんですよね。

ふかみん:日本もそうなる可能性があると?

秀峰:と、思うんですよね。

ふかみん:もし日本の漫画がそのようなことになったら?

秀峰:これまでと違う方法を考えるべきなのかな、とは思っているんですよね。例えば『ブラックジャックによろしく』だと無料公開している第1話は何十万人という人が読むんですが、そこに広告を入れられないか、とか。

ふかみん:今、広告は?

秀峰:サイト自体には入れてるんですが、漫画ビュワーには入れてないです。

ふかみん:それにしても、漫画を誰も読まなくなる、なんてことはあるんですかね?

秀峰:あると思いますよ。紙芝居なんかもなくなりましたよね。

ふかみん:ライフスタイルが変わると、その上に乗っかっていたものが消し飛ぶ可能性はあるかもしれませんね。

ペン入れする佐藤秀峰氏

【漫画家のチャレンジに横槍を入れる人たち】

秀峰:僕がやっていることに対しての批判も多いんですが「なんでそんなに言われなくちゃいけないんだろう」と思うんですよね。

ふかみん:誰もやっていないことをやってるからじゃないですか? 気になるんですよ。すごく。

秀峰:漫画の無料公開とか、これまで出版社などが散々やってるようなことをやってるだけ、なんですけどね。

ふかみん:出版社の試行って、うまくいってるんですかね。

秀峰:同じことなのに漫画家がやると色々と言われて、出版社だと何も言われないというのは変だと思うんですよ。「みんな、どんだけ出版社が好きなんだよ」と思いますね。

ふかみん:言ってくるのって、漫画家さん?

秀峰:漫画家さんは「大きな声じゃ言えないけど、応援してます」と……。

ふかみん:大きな声じゃ言えないんだ。

秀峰:みんなそうなんですよね。

ふかみん:秀峰さんの動きが早過ぎるんですよ。

秀峰:100メートルを5秒で走る、とかそういう不可能なことをやってるわけじゃないんですけどね。誰でもやる気があればできるような事しかやってないじゃないですか。

ふかみん:それは、秀峰さんにとっての”できる範囲”であって、総ての漫画家さんができることじゃないのでは? 例えば、独自の課金システムつきのサイトをつくる、なんてことは誰にでもできるわけじゃない。

秀峰:やる気があれば、できますよ。僕だって元々システムのことがわかっててやったわけじゃないですし。やる気次第じゃないですか。

ふかみん:やる気と、もうひとつ、お金がいりますよね。

秀峰:お金は、なんとかなりますよ。

ふかみん:なるかな?

秀峰:やる気があれば。

ふかみん:集めてくる、ってことですか?

秀峰:方法はいくらでもあるんじゃないですか? タダで作ってくれる人を探すとか。

ふかみん:うーん。秀峰さんは単行本がヒットしてお金がたくさんあるからできてる、というところはあるんじゃないですか?

秀峰:まぁ、そう言われればそうなんですけど。

ふかみん:お金を集めればいい、といいますけど、例えば駆け出しの漫画家がそれをできますか?

秀峰:なので『漫画onWeb』のシステムは、お金がなくても使えるように、開放してるんですよ。

(つづく)

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深水英一郎(ふかみん)

深水英一郎(ふかみん)

トンチの効いた新製品が大好き。ITベンチャー「デジタルデザイン」創業参画後、メールマガジン発行システム「まぐまぐ」を個人で開発。利用者と共につくるネットメディアとかわいいキャラに興味がある。

ウェブサイト: http://getnews.jp/

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