水産外交を国益の観点から考える

勝川俊雄 公式サイト

マグロがこれからも食べられるなんて短絡的な考えすぎました。今回は勝川敏夫さんのブログ『勝川俊雄 公式サイト』からご寄稿いただきました。

水産外交を国益の観点から考える
背景となる情報を集めていけば、日本政府の主張は、矛盾に満ちていることがわかる。資源は危機的であり、現在の漁獲を支えることはできない。ワシントン条約*1を阻止すれば、これからもマグロを食べられるという主張はウソ。また、ICCAT*2の管理下で、不正漁獲が蔓延(まんえん)している現状がある。不正漁獲は、ますます取り締まれなくなる方向に進んでいるのだから、すでに破綻(はたん)しているICCATの枠組みで十分という日本政府の主張は説得力がない。そのことは、主張している本人も承知だろう。そもそも持続的枠組みを模索する国が、リビアと組むわけないだろうに。

日本政府は、ワシントン条約さえ阻止できればそれでよいと判断し、無理を承知で駄々をこねたのだろう。そのこと自体を責めるつもりはない。外交の場では、嘘(うそ)も必要だ。問題は、その嘘(うそ)が日本の国益につながるかどうかである。

今回の締約国会議では、次の5つの可能性があった。付属書I(留保する、しない),付属書II(留保する、しない)、ワシントン条約では規制をしない。それぞれ、どんな感じかをまとめると次のようになる。

水産外交を国益の観点から考える

付属書I留保
日本漁船は地中海で操業を続行する。ワシントン条約に留保したリビアなどから、黒いマグロが日本にくる。EUの正規漁業は止まるので、不正漁業と日本漁船の天下になり、短期的には美味しい思いができる。当然、漁獲規制は、有名無実になり、資源は消滅。欧米で、日本製品不買運動が広まる。

付属書I留保せず
ほぼ全ての漁業が停止するが、資源は守られる。

付属書II 日本留保
日本漁船とEUの正規漁獲が中心になるが、日本は黒いマグロも買えるので、不正漁業も生き残る。漁獲枠は守られず資源は減少。欧米で、日本製品不買運動が広まる。

付属書II 日本留保せず
日本とEUの正規漁獲のみ生き残る。漁獲枠は、守られ、資源は徐々に回復。輸入も維持できる。

ワシントン条約の規制がなし
不正漁獲が蔓延(まんえん)し、漁業が消滅。ワシントン条約の枠組みを破壊した黒幕として、後ろ指を指される。

当初は、タイセイヨウクロマグロは、付属書Iになると思われていた。日本政府は、付属書Iなら留保をすると明言していた(留保というのは、ワシントン条約を無視して、国際取引を続けるという宣言)。漁業関係の利得、すなわち上の表の青色の部分だけを見れば、留保をした方が得になる。しかし、留保をすると漁業以外の産業に深刻なダメージを与えてしまう。「留保をすれば、確実に日本製品不買運動は起こるだろうね。特に欧州はひどいことになるんじゃないか」というのが欧米人の共通認識。漁業は、日本のGNPの1%にも満たないマイナーな産業。そのマイナーな産業のなかで、タイセイヨウクロマグロなんて、量にしても、金額にしても、ほんの一部分であり、日本経済からすれば、耳くそみたいなスケール。しかも、食料安全保障とは無縁の贅沢(ぜいたく)品であり、その上、タイセイヨウクロマグロは、資源としては、ほぼ終わっている。禁漁に近い規制をするか、獲り尽くすかの2択しかない。

水産庁は、大西洋クロマグロをあと2~3年輸入して食べ尽くす権利と引き替えに、輸出産業に大打撃を与えようとしていた。「火中の栗(くり)を拾う」なんて、生やさしい物ではない。ガソリンを頭からかぶって、火事の家の中に、栗(くり)の皮を拾いに行くレベルの愚行である。輸出産業で働いている人間は、一揆(いっき)を起こしても良いレベルのむちゃくちゃだ。日本国民が、そうなることを納得ずくで、留保に賛成するのであれば、俺(おれ)は何も言う気はない。「国の経済を傾けてでも、最後の最後までタイセイヨウクロマグロを食べる」という決意があるなら、ある意味、立派なものだ。でも、そんな議論は、日本国内では、一切無かったはずだ。

水産外交を国益の観点から考える

国策を決めるに当たって、背景と国益に関する議論が完全に抜け落ちていた。

1.タイセイヨウクロマグロは激減しており、漁業を続けられる状態ではない
2.地中海では漁獲枠よりも多い不正漁獲が存在し、ICCATの枠組みでは管理できない
3.不正漁獲されたマグロのほとんどは日本で消費された

これらの事実を積み重ねれば、ワシントン条約に留保をすれば、欧米で日本商品不買運動が起こることは容易に想像できる。輸出産業に大打撃を与え、冷え込んでいる日本の景気をさらに押し下げただろう。この当然予想される結果を国民の大部分は知らされていなかった。

ワシントン条約の対応は、水産庁の国際課という部署が担当している。日本の遠洋漁業は、マグロぐらいしか残っていない。マグロ漁業の消滅は、すなわち、国際課の存在意義の消滅なわけで、彼らとしてはマグロ漁船を是が非でも残したい。国際課は、留保をすれば、日本製品不買運動が起こることは、当然知っていたはずだ。日本国民が将来負うことになる負担は隠したままで、「食文化のために、欧米の資源囲い込みと闘う」などと称して、世論を誘導した。

メディアは、断片的に正しい情報を混ぜたかもしれないが、それと明らかに矛盾する水産庁の政策に対して無批判であった。情報を使って、水産庁の方向性が正しいかどうかを検証しなかった。情報を集めた上で、国益の観点から政策分析を行い、権力を監視するというメディアの本来の役目を放棄した。こんな突っ込みどころ満載の外交政策を、批判をするメディアは皆無であった。メディアは正しい情報を伝えて、国民はきちんと納得をした上で、水産庁の方針を支持したとは、到底思えない。

タイセイヨウクロマグロ資源には死亡フラグが立ってしまったけれど、今回のワシントン条約は、付属書Iにならなくて本当に良かった。付属書Iに留保をして、日本が単独で矢面に立っていたら、タイセイヨウクロマグロ漁業とは比較にならない、大きなものを失っていた。まあ、ラッキーだったんじゃないでしょうか。

水産外交を国益の観点から考える

水産庁は、水産物の安定供給とか、資源の持続性なんて、重要視していない。日本近海に生息する太平洋クロマグロは、日本漁船によって、0歳、1歳と言った未成熟な段階でほとんど漁獲されている。産卵場での巻き網操業は野放しだ。日本漁船の乱獲を抑制すれば、日本のEEZ*3で十分なクロマグロが捕れるのである。水産庁は、日本沿岸での太平洋クロマグロの乱獲を、何一つ取り締まるどころか、漁業者の乱獲の権利を守るために、必死の努力をしている。地球の裏側の資源を乱獲するために国際的な努力をするのではなく、自国の資源を持続的に利用すべきである。

編集部補足
*1:ワシントン条約
絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora:CITES)
自然のかけがえのない一部をなす野生動植物の一定の種が過度に国際取引に利用されることのないようこれらの種を保護することを目的とした条約
『経済産業省』「ワシントン条約(CITES)」より
http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/boekikanri/cites/index.html

*2:ICCAT
大西洋まぐろ類保存国際委員会(International Commission for the Conservation of Atlantic Tunas:ICCAT)
大西洋のまぐろ類の保存のための国際条約
『外務省』 「大西洋まぐろ類保存国際委員会」より
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/Gaiko/fishery/iccat.html

*3:EEZ
排他的経済水域(Exclusive Economic Zone:EEZ)
天然資源(漁業資源、鉱物資源等)の探査、開発、保存及び管理等、特定の事項に限定して、我が国の法令を適用することができる海域
『会場保安庁』FAQ「排他的経済水域(EEZ)と領海及び公海の違いを教えて下さい。」より
http://www.kaiho.mlit.go.jp/shitugi/faq/faq15.html

執筆: この記事は勝川敏夫さんのブログ『勝川俊雄 公式サイト』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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