無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳

さくらインターネット創業日記

今回は田中邦裕さんのブログ『さくらインターネット創業日記』からご寄稿いただきました。

無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳
最近、携帯無料ゲーム(ソーシャルゲーム)の宣伝を見ない日はありません。このソーシャルゲームですが、よく知人から「なぜ無料でできるの? 本当に無料なの?」と聞かれます。そういうときには、「課金を承諾しない限り、ソーシャルゲームは永遠に無料で遊べる」と回答しています。

『Venture Now』に掲載されていた「ソーシャルメディア利用動向、女性ユーザーが積極的。GREE課金は男性の倍」によると、このプラットフォーム会社の課金ユーザー比率は男性の11.8%、女性は21.2%で、平均すると16.8%しか課金されていません。つまり6人のうち5人はお金を払わずに楽しんでいるわけです。(女性比率が多いというところも気になりますが、今回は華麗にスルーします)

無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳

「ソーシャルメディア利用動向、女性ユーザーが積極的。GREE課金は男性の倍」 2010/11/16 『Venture Now』より引用
http://www.venturenow.jp/news/2010/11/16/1916_008986.html

それではなぜ無料が成り立つのでしょうか? 今更感もある話ですが、改めて原価と売上という2つの観点から見てみたいと思います。

まず原価の観点から。ソーシャルゲームの原価は何があると思いますか? ざっくりというと、広告宣伝費、開発費、インターネットインフラ費(サーバ費用)、課金手数料、サポート費用です。

無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳

このうち、ユーザーの数と関係なくかかるのが広告宣伝費と開発費で、ユーザーの数に連動するのはサーバ費用と課金手数料、サポート費用です。無料の場合は課金手数料はかかりませんので、実質的にユーザーの増加によって増えるのはサーバ費用とサポート費用です。

それではサーバ費用やサポート費用はいくらかかるのでしょうか? これは正確にだせるものではありませんが、なんとか計算してみましょう。まずサーバ費用ですが、潜在ユーザーも含めて1ユーザーがひと月に平均1000ページビューのアクセスをするとして計算します。

ひと月に1000万ページビューまでさばけるサーバのコストが月々3万円だとすると、
30000円×1000PV÷10,000,000PV=3円/月程度となります。
サポート費用ですが、2000万人のユーザーを200人でサポート、管理すると仮定して計算します。実際にはもっと少ない人数だと思います。1人月を60万円だとすると、60万円×200÷2000万人=6円/月程度となります。

ここで出てきた合計9円/ユーザー/月という数字について、それ自体には意味はありませんが、言いたいのはユーザーが1人増えようが、コスト増が“無視できるほどに小さい”ということです。このように、携帯無料ゲームにおける1ユーザーあたりの原価は驚くほどに安いので、無料ユーザーが増えたところで原価はそれほど多くはありません。

ちなみに、旧来型のゲームの場合は、カードリッジをつくったり、販売店にマージンを払ったりしなければなりませんから、無料で提供するということはできませんが、ソーシャルゲームの端末はいつもの携帯ですし、ゲーム自体もオンラインで提供するため、前出のようなコストをかけなくて済むというのも大きいでしょう。

次に売上の観点から。携帯無料ゲームの売上は、大きく分けるとアイテムと広告の2つからもたらされますが、ほとんどはアイテムからもたらされます。ということで、上記の例で言うと6人に1人だけが売上をもたらしてくれます。
それでは、6人のうち5人は邪魔なユーザーなのでしょうか? いえいえそれは違います。

結論から言うと、有料ユーザーが楽しくプレイできるよう、無料ユーザーが“無償の労働”を行なってくれているのです。ここでいう無償の労働とは『フリー』* によって述べられているもので、無料のものを手に入れる代償として労働力をタダで提供する行為のことです。ソーシャルゲームで言うなら、がんばって釣りをしたり、街を作ったりといった作業を通じて、ゲームの活性化のために奉仕を行っているということです

*:『フリー <無料>からお金を生みだす新戦略』 クリス・アンダーソン著 NHK出版
https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=C5010101&webCode=00814042009

釣りゲームにおいても、みんなが釣れるようでは面白くありません。すぐに折れてしまう釣りざおでゲームをする無料ユーザーがいるからこそ、よく釣れる折れない釣りざおの価値が上がり、有料ユーザーとして“お金を払おう”という気を起こさせるわけです。直接の売上こそ有料会員からもたらされるものですが、有料会員が楽しくゲームが出来るのは、無料ユーザーのおかげなのです。もちろん、無料ユーザーも楽しんでいるわけですし、無料ユーザー同士であればフェアな戦いがされることになります。そもそも会員の多くは無料ユーザーなわけですから、おそらく大部分ではフェアなゲームが行われているということです。

ここで、提供者と、ユーザーのベネフィットを整理してみます。

提供者……有料会員は売上をもたらし、無料会員は報酬を渡さずともゲームを盛り上げてくれる
有料ユーザー……自分が強い世界でゲームを楽しめる(特権者≒貴族? になれる)
無料ユーザー……タダでゲームを楽しめる

無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳

このように、無料ユーザーと有料ユーザーの絶妙な関係性と、ユーザーあたりのコストが非常に安いことから、多くのユーザーが無料だったとしてもビジネスが成り立つわけですし、むしろ無料ユーザーがいないとビジネスが成り立たないと言ってもいいのかもしれません。

ちなみに、2000万人会員がいたとして6人に1人、すなわち330万人が1000円払ったとすると月々33億円、年間では400億円の売上が上がることになります。多くのユーザーが無料とはいえ、いかに大きな売上が上がるかがおわかり頂けるでしょう。

ただし、このビジネスモデルを成り立たせるために必要なことが1つだけあります。それは会員数です。上記の原価の計算の際に示した数字は、あくまでも数千万人単位のユーザーがいることを前提にしました。サーバについても、サポート体制についても、最低かかるコストはありますし、上記の例でいうとユーザーが1人だけだったとしても60万円/月のサポートコストを負担しなければなりません。

また、先ほどの例では言及しなかった開発費や広告宣伝費についても、大量のユーザーで割るからこそ無視できる存在になっています。よく「釣りざおなんてコンピュータ上だけのもんなんやから、原価0円やろ」という声を聞きますが、これは当たってるとも言え、しかし外れているとも言えます。釣りざおというアイテムを投入するに当たって、ゲームバランスや顧客満足などを検討したり、それを開発したりというコストはタダではありません。例えばアイテム投入に当たって、会議や開発などで1人月60万円×0.5人月がかかったとしたら、一本の釣りざおを作るのに30万円かかることになります。それを100万人に売れば1本30銭の原価ですが、100人にしか売れなければ1本3000円の原価ということになります。
このように、いかにたくさんの人に利用してもらうかが重要であり、その中から生まれる潜在的な有料ユーザーをたくさん抱えることが必要となるのです。

ところで、私は今までゲーム機器を購入したことがないのですが、一時期は『GREE』の『ハコニワ』をプレイしていた(無料ユーザーとして)こともありますし、最近は『コロニーな生活☆PLUS』(以下『コロプラ』)に凝って(月に1000円くらい払う)います。
『ハコニワ』は無料、『コロプラ』は有料で楽しんでいますが、どちらも機器購入などの手間もなく、手軽に遊べるのが非常に印象的でした。ハードルを下げ、多くの人を呼びこみ、そのなかの一部でもお金を払ってくれればよいというモデルによって、提供者側としてもばく大な売上を上げることができますし、利用者側としても手軽にゲームが楽しめます。その、双方にメリットがあるということがソーシャルゲームの普及の源泉なのでしょう。(もちろん、パケット定額制で、使っても使わなくても電話料金が変わらない時代になったというのも大きいでしょう)

ただ良いことばかりでもないようです。ここ最近、携帯無料ゲーム(ソーシャルゲーム)に関する苦情が増えている旨の記事が新聞などで取り上げられはじめました。特に課金ということへの理解度が低い未成年に対する高額課金が取りざたされており、教育や、課金へのハードルの必要性も語られるようになりました。

かくいう私も、昔はパソコン通信(『Niftyserve』)で5万円くらい使ってしまったこともありますが、ソーシャルゲームの場合は無料だと思い込んでいることもあるでしょうし、昔と違って端末が小さく親が把握しにくく、対象となる人の数が多いことも相まって、当時のパソコン通信と比べて問題は大きいといえます(子供が“分からないふり”して課金を承諾してるんじゃないかという指摘もありますが……)。

なお、“実は無料じゃなかった”問題は以前から知れた話ですが、ソーシャルゲームのプラットフォーム会社はいまやコマーシャル出稿の上位に食い込む大口ユーザーであり、なかなか踏み込めない“聖域”のようです。ですので、プラットフォーム会社がコマーシャル出稿を減らしたとたん、堰(せき)を切ったように批判を始めるような気もしています。

私個人としてもソーシャルゲームは好きですし、ソーシャルゲーム提供者の皆さんはデータセンターの大きな需要家でもありますので、上記のようなことを克服してソーシャルゲームが健全に広がっていくことが必要だと思います。

執筆: この記事は田中邦裕さんのブログ『さくらインターネット創業日記』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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