「新聞をスルーしやがって」と怒る前にジャーナリズムならやるべきことがある

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「新聞をスルーしやがって」と怒る前にジャーナリズムならやるべきことがある

今回は藤代裕之さんのブログ『ガ島通信』からご寄稿いただきました。

「新聞をスルーしやがって」と怒る前にジャーナリズムならやるべきことがある
民主党の小沢一郎氏や広島市の秋葉忠利市長が、新聞やテレビと言った既存のマスメディアを素通りして、直接有権者に呼びかけたことについて数社の取材を受け、朝日新聞にコメントが掲載されました。

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既存メディアのあり方も問われる。ブログ「ガ島通信」を主宰するジャーナリストの藤代裕之さん(37)は「ネットの登場で、権力者は言いたいことを思うように言える場を得た。権力監視の役割を果たせるか、既存メディアの胆力が試される」と指摘する。
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「支持回復狙い“生の姿”、小沢氏も意識 首相ネット出演」2011年01月08日『asahi.com(朝日新聞社)』
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201101070489.html

各記者の方とは1時間ぐらい話をしたのですが、私が話したことを紹介することで、いまの新聞がソーシャルメディアをどう見ているのかが分かるのではないかと思い記事を書くことにしました。ここから書くことは朝日新聞の記者とのやり取りに限りません。

まず、前提として識者コメントは客観報道を標榜(ひょうぼう)している日本のマスメディア(特に新聞)にとって、記者の考えを代弁する機能を持っています。つまり私に話を聞きにきている時点で、既存マスメディアのあり方に疑問を持ち、これまでと違ったコメントを希望する傾向にあります。しかしながら、インタビューではなく識者コメントは短いため、政治家が理由にする“メディアによって発言が都合よくカットされる”恐れはあり、記者が考えてる記事の方向性がデスクによって修正されるという“構造”もあります。なので時々とんでもない方向に行ってしまうこともあります。それでもコメントを引き受けるのは、現状をどうにかしたいという問題意識を持った記者に協力したいという気持ちがあるからです。

さて、何を話したか。まず、個人が情報発信できるソーシャルメディアは、政治家も活用できる、マスメディアではない情報経路が生まれているという話をしたところ、ある記者から「藤代さんの指摘は分かりますし、ネットの反応を見ているので危機感はありますが、いまどんな記事が出ているか考えて頂ければ……情報経路ができたということ自体が中高年には受け入れがたいようです。でも、それを少しでも変えたいのです」と言われ、方針を転換。マスメディアがどう見られているかの話をしました。

ADKインタラクティブの横山隆治さんは『Twitter』で

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マスメディアはこぞって菅総理がビデオニュースドットコムに出演したことが気に入らないようだね。
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http://twitter.com/ryujiyokoyama/status/23670185827241984

とツイートしていましたが、マスメディアを経由しない情報発信を気に入らない、怒りにも似た複雑な感情は見透かされています。

例えば、5日の朝日新聞では「市民との距離を縮めようとしてきた秋葉さんがこんなやり方を選ぶとは不可解だ」と首をかしげる* という千葉大の新藤宗幸教授のコメントを使っています。直接情報を発信すると、マスメディアに一部を歪曲(わいきょく)して切り取られることもないのだから、市民との距離は縮まるのでは(距離を広げようとしているのはマスコミでは?)という考えの人からすれば、それこそ首を傾げてしまうコメントです。

*:「秋葉・広島市長、退任の弁“ユーチューブで” 会見拒否」2011年01月05日『asahi.com(朝日新聞社)』
http://www.asahi.com/digital/internet/OSK201101050127.html

秋葉市長の地元、中国新聞ではどうでしょう。一面には本記と緊急連載、社説、社会面に緊急アンケートと街の声、識者談話と大きく展開。社会面は『「妥当ではない」大勢』との見出しですが、このアンケート“100人に街頭などで聞いた”とだけ書かれており、調査手法が不透明です。アンケートに付随している識者談話は5人。ポジティブなコメントは元高知県知事の橋本大二郎氏の「いろんなメディアで情報発信できる時代。記者会見をしなければ多くの人に伝わらないという時代ではない」だけで、ジャーナリストの大谷昭宏さんは「由々しきこと」、ひろしまNPOセンターの理事「動画サイトは世界に発信できるが、高齢化している被曝者で見る人はほとんどいない」、修道大学教授「取材に応じないのは不可解」、広島大教授「まだ広く閲覧されていない媒体を通じて発信すること自体おかしい」とネガティブなトーンが色濃くなっています。

そもそも、秋葉市長は地元民放の生放送には出演しているので“会見拒否”という強い言葉を使うのかどうかにも疑問があります。そして、拒否したのは記者クラブという、いわば“内輪”であり、さらに記者クラブが権力に対して何のカウンターとしても機能していないという恥ずかしい状況(権力監視のために記者クラブがあるとしたら、記者クラブがスルーされるというのは何の力もないということだろう)を騒ぎ立てているようにしか見えません。また、『YouTube』が広く閲覧されてないという裏側には、新聞はあらゆる人に読まれているという前提があるのですが、いまや若者の接触率は低く、誰もが見ている新聞という前提も崩れつつあります。

そして何より、秋葉市長がどうして会見をせず、『YouTube』で流したか。それがさっぱりわからないのも問題ではないでしょうか。読者からすれば、「なんで?」と一番思うところが書き込まれていないのです。

朝日新聞や中国新聞の具体例を挙げましたが、新聞にはこのようなトーンで、自分たちが独占していた“情報経路”とは別の情報伝達があるということをまざまざと見せ付けられて、浮き足立っており、それこそが権力者の狙いでしょう。『ウィキリークス』にしても既存のマスメディアとの連携によって大きく注目されたわけで、感情的な批判はマスメディア自体の信頼性を低下させてしまうのではないでしょうか。

そもそも権力者がジャーナリズムの言うことを簡単に聞くとおもってるほうがおめでたい。これまでは既存マスメディアが情報経路を握っていたため、多くの人に情報を届けるためには必然的に記者クラブの会見に応じる(会見をお願いしなければならなかった)、『Twitter』や『YouTube』、『ニコニコ動画』を使えば、多くの人に届くと分かった瞬間に権力者はそのツールを利用する。お金を持っていることや有名であるというのも一つの権力と考えると、芸能界や経営者では既に報道を否定したり、結婚したりをネットで直接ファンに訴えるのは珍しいことではありません。そして、芸能人も企業も常に取材に応じるわけではありません。

近年、政治家や省庁だけでなく、コンプライアンスの観点から企業のガードも固くなり、これまでの“食い込み型”の取材では限界も出ており、当事者に取材ができないけれどニュースバリューがある場合に、事象をどうやって浮かび上がらせるのか、その手法が“ない”(一部の記者は持っている。が、全体としてそもそも気合入れたら取材できる、食い込みが足りないのは若い記者の怠慢だと思っている中高年がいるので、新たな手法が必要との考えに至らない)のが問題で、情報公開、周辺言説やデータ分析などにも取り組んでいかなければ、一次情報がソーシャルメディアで流れてしまったらやることがなくなってしまうのではないか。

秋葉市長は、“会見拒否”報道の後、産經新聞の取材に応じていましたが、メディアを選別する動きも出るでしょう。その際に他者がインタビューしているからと、立場が揺れるところもあるでしょう。それこそが権力側の狙いです。記者クラブに寝転んでいるだけで政治家に取材できた時代に甘えていたのではないか、ジャーナリズムを名乗り、権力監視が役目などだとしたら、もっと強くならないとダメ。権力側は様々な戦略を用いて、人々に訴えかけるので、ジャーナリズムは権力者と一般の人の両方から挟撃されてしまうこともある。時にはジャーナリズムは孤独な戦いになることもある、それに耐え、それでも読者に訴えて行く力が必要になるでしょう。

このような話をして、朝日新聞には一言コメントが掲載され、他社では掲載はされなかったということになります。

執筆: この記事は藤代裕之さんのブログ『ガ島通信』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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