心ない人たち
今回はフミコフミオさんのブログ『Everything You’ve Ever Dreamed』からご寄稿いただきました。
心ない人たち
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松山市北部で知的障害者の更生施設を運営する社会福祉法人『風早偕楽園』が同市久保の団地内に計画している知的障害者のケアホーム建設に、地元住民らが反対し計画撤回を求めていることが7日までに分かった。住民らは県道沿いや団地内に“建設反対”ののぼりや横断幕、看板を多数設置している。
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(「障害者施設建設計画で町内会が反対運動 松山」2010年12月08日『愛媛新聞』)
このニュースを読んで昔のことを思い出した。
もう何年も昔の話だ。打ち合わせで赴いた、ある新設の老人ホームで妙なものをみた。近隣の住民が老人ホームの前にたてた看板。一枚じゃなく何枚も。大きい文字で、ただ「老人ホーム反対!」と書かれていた。看板に近づいてみた。どこにも反対の理由は書いていなかった。
老人ホームの開設準備室の担当者が僕に声をかけてきた。「あまりそちらに近づくと苦情が来ますので……」。小さい声だった。きくと、いままで運営してきた老人ホームと同様に、近隣への説明会もしっかりやり、同意を得たはずなのに(その老人ホームを運営している会社は何件も老人ホームを運営している)オープンが近づいたこの段階になって反対運動が起こったのだという。入口の自動ドアや駐車場の車のドアの開閉の音がするたび、騒音を理由に苦情が寄せられていて、彼はこれからどうやって運営していけばいいのか悩んでいる様子だった。僕は同僚と、金が目的かな、この段階で……おかしいよ絶対黒幕がいる、心ない人もいるもんだ、そんな話をしながら帰った。
老人ホームがオープンした。挨拶にいくと反対表明看板は増えていた。ここで生活するお年寄りが気の毒だと思った。オープン記念の行事も、近隣への配慮だろう、控えめなものだった。開設準備室の人にきくと、騒音や灯りの漏れ、車の往来についての苦情は増えるばかりだという。看板のせいで、営業活動もはかどっていないとも。そりゃそうだ。自分の肉親を反対運動の対象になっている老人ホームに入れようとは普通、思わない。
最後に彼は「営業の人間が交渉に当たっているのですが、うまくいってないみたいです」といった。みたいです、じゃねーだろ。と僕は思ったけれど大変ですね、とだけ言った。彼も心ない人。初日からやってきたお婆さんと話す機会があった。「なんか悪いことをしたみたいだねえ」おばあさんは看板のことを指していった。僕は「そのうちおさまりますよ」と言った。そのうち? 90歳になるこの人は明日にも死んでしまうかもしれない。“そのうち”じゃなくて“今”なのに、馬鹿だなあ、俺は、なんて頭では分かっていたのだけれど。僕はこれ以上関わりたくなかったし、嫌な気分になる話を聞きたくなかった。あのとき、僕も心ない人だった。行事には結局、近隣の人たちが参加することはなかった。
今でもお年寄りの目に触れないところで関係者同士が話し合いをできなかったのだろうかと思うことがある。老人ホームと近隣の人たち双方、あと自分にも腹が立つ。誰もが、及び腰で、相手の射程内に入るのを恐れ、逃げ道を確保しているから、話がまとまらなかったんじゃないのか? つまり、どこか他人事だった。ここが人生最期の場所になるであろう、逃げ場がないお年寄りたちのことを第一に考えなければいけないというのに。
しばらくして急に看板は消えた。詳しい事情は知らない。もうああいう場面は見たくない。あの老人ホームにいたお年寄りたち。いちばんの当事者なのにお年寄りだからという理由で、蚊帳の外に置かれていたけれど、案外、彼らに近隣の人たちと話をさせたらうまくいったかもしれない。僕ら心ない人よりも。あのとき、気の毒だな、可哀想だな、申し訳ないなと思っていた僕の心を察して、あのおばあさんが言ってくれた言葉を僕は忘れないだろう。そして誓うよ。もしもまた、僕の手の届く場所で、あんな不幸なことが起こったら自分なりにベストを尽くす。おばあさんは笑い飛ばすようにこう言った。「そのうちみんな年をとって身体が動かなくなったり、ボケたりして、こういうところに来ることになるのにねえ、私たちが使ったあとのお古のボロで申し訳ないけどカッカッカッ!」人は、醜い。人は、愚かだ。だけどな、人は、強いんだ。
執筆: この記事はフミコフミオさんのブログ『Everything You’ve Ever Dreamed』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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