さかなクンとクニマスのこと
今回はtetzlさんのブログ『tetzlgraph てつるぐらふ』からご寄稿いただきました。
さかなクンとクニマスのこと
今回のクニマス”再発見”のニュース *1 *2 が学術的にどれだけ意味のある発見かというのはAsayさんのエントリ *3 にお任せするとして、自分が少しの痛みとともに思い出したのは科学の作法として観察することの大事さ。
*1:クニマス絶滅してなかった! 生息確認、さかなクン一役 – サイエンス『asahi.com(朝日新聞社)』
http://www.asahi.com/science/update/1214/TKY201012140527.html
*2:絵描こうと取り寄せたら絶滅魚…さかなクン「ひえーっ」 – サイエンス『asahi.com(朝日新聞社)』
http://www.asahi.com/science/update/1214/TKY201012140537.html
*3:ギョギョー!「クニマス絶滅してなかった!」の何が凄いの? – 『紺色のひと』
http://d.hatena.ne.jp/Asay/20101215/1292386123
* * * * *
さかなクンはイラストレーターでもあり、ウロコやヒレの数までこだわり、正確に繊細なタッチで描くことでも知られる。日本魚類学会年会の要旨集の表紙も描いたことがある。京大にある標本を、前、後ろ、横、上、下の5方向から観察して詳細にスケッチした。
* * * * *
*2より引用
『はてなブックマーク』とかにも書いたけど、魚類の分類ってウロコとかヒレの数とかにすごくこだわるのね。実体顕微鏡下で数取器(かずとりき)片手に柄付き針で側線(そくせん:アジで言うゼイゴ)とかのウロコの枚数を数えて、それぞれのヒレのトゲ(刺さったら痛いやつ)や軟条(なんじょう:ひらひらして刺さらないやつ)の本数を数え長さをノギスで計り、みたいな感じで分類するんだ。ちゃんとした図鑑には、“D.VI-I,10”とか色々書いてあるはずなんだけど、コレは何かというと“背ビレ(Dorsal fin)が4トゲのヒレ+1トゲ10軟条のヒレ”という意味。そんなことをちまちまとやっている。
大学は水産学じゃなくて農学系だったので、魚類分類学はちゃんと勉強したことないんだけど、大学時代に神奈川県立生命の星地球博物館の研修で色々教えてもらった。何時間も缶詰になって受けた実習のノートには“計測的形質:体長、全長、頭長(とうちょう)、眼径(がんけい)、両目間隔(りょうがんかんかく)、尾柄長(びへいちょう)、棘長(きょくちょう)、軟条長(なんじょうちょう)”とか色々つたない絵と一緒に書いてあるんだけど、色んな部位をノギスではかり、ヒレのトゲと軟条とウロコの枚数を数えて初めて分類というステージにあがれるような感じで、正直なところ、その実習の間は、そんなのスケールと適当に一緒に写真撮って、後で何とでもできるやんって思ってた。長さもウロコの枚数も、ちゃんと焦点合わせて写真さえ撮ってれば計測なんていつでもできるって。最悪DNAシーケンサーでもかければ同じかどうかなんてわかるって。
でも違うんだよね。実物を前にして、ウロコの一枚一枚を数えてきた人と、とりあえず写真に撮って記録した人ってそもそものスタート地点というか、基礎体力が違うんじゃないかな、と今では思ってる。別に精神論みたいな、無駄なことを積み重ねてこそ力になる的なことを言うつもりはないんだけど、同じように研究対象に向かいあっていても、絵を描くときの観察の方が力があるんだ。
たとえば「ギアナ高地にヘリでガーっと行って、網投げて戻ってきてゲノムをシーケンスして新種の昆虫発見しました!」って言うのは、それはそれですごいと思う。あるいは経験豊かな東大研究チームがマリアナ海溝で新種発見というのもすごい。将来的には、カメラかスキャナでがーっと外見なめて画像解析かければウロコもヒレも数値データに変えてくれるシステムもできるのかもしれない。
今回のさかなクンの再発見劇が普通の新種発見劇と違うところは、田沢湖も西湖もそれぞれ“その魚”を知っている人がいたってことなんだと思う。田沢湖ではかつていた伝説の魚として、西湖ではヒメマスっぽいけどちょっと違うクロマスという魚として。他の地域でも、卵の移入を各地に行った魚として *4 それぞれ知ってる人がそれなりにいたはず。
*4:ちなみに移入の問題点はまた別個に検討されるべきではあるんだけど。詳しくはこちらのエントリがすごくわかりやすかったです。
・クニマスの再発見と外来生物問題と – 『ならなしとり』
http://blog.goo.ne.jp/micropterusandsalmo/e/b31c486ede9ab49e20d3e519c359fcbb
でもその知がリンクしてなかった、断絶があったところにさかなクンの知識で橋渡しができたとこなんじゃないかな。きっとさかなクンが色素の抜けたホルマリン固定標本を見ながら、生きている姿を想像し続けたからこういう発見につながったんだと思うんだ。時間や手間がかかるスケッチをすることで、徹底的に観察したこと、それも自分の目と頭で。
そして、本質的に誰もがスタートは一緒っていうところに、街場の科学とか博物学の楽しみってあるんじゃないかな。で、自分が持っていた“わからない”、“もっと知りたい”という気持ちを大事にした人って他の“知りたい”人に優しくなれるし、学問にたいして強くなれるんだと思う。星の王子さまの冒頭の“大人のひとだってみんな、最初は子どもだったのだから(でもそのことを覚えている大人のひとはほとんどいない)。” じゃないけど。
このクニマス再発見のニュースは、さかなクンがからんでなかったら一般紙にちょろっと取り上げられる程度の地味な話で終わったんだろうけど、この事例ってたぶん魚が本当に好きな人なら、その人が“丁寧な科学者”かその素質がある人であれば発見できたかもしれないところに自分はすごく夢を感じる。そう、極論すれば小学生であってもできたことだって信じてる。
だから、もしまだちっちゃい子が身のまわりにいたらさ、「顕微鏡観察のスケッチとか、バカにしないで、むしろ同級生にバカにされてもいいからとにかく一生懸命気付いたこととか面白いと思ったことを記録すんだよ。ミカヅキモは三日月型っていう他にも気づくことがいっぱいあるはずだよ。だれかが気づいて本に書いてあることでも、自分で気づいたことが力になるんだ」って言いたい *5 。
日常で見つけるのは逆に難しいっていう時は、とりあえずぜひ近くの動物園や水族館や植物園に行ってみて欲しい(最初から飛行機に乗って旭山や美ら海にまで行く必要はないからね)。ライオンもペンギンもイルカもテレビや図鑑で見たことあるだろうけど、一度冷静に初めてみた気分になって1時間くらいずっと同じ生き物を見てみて欲しい。できれば違う日にも見てみて。生き物の多様性という豊穣(ほうじょう)さが、世界はまだまだ見つけるに値するもの、驚くに値するものをいっぱいいっぱい持ってるんだ。
*5:写真家の岩合さんが昔テレビで「猫がいたとして、”あ、ネコ!”ってだけじゃなくて、たとえばオスかな? メスかな? ってみる習慣をつけよう」って言っていたこともあった。モフモフ。
科学の教育や振興って、つい権威に頼ってしまいがちだけど、なにもノーベル賞や何億もするスパコンだけから始まるんじゃないんだ。特別な教育も特殊な機材がなくっても、だれでもが同じように日常を送っている地べたを、身のまわりを、徹底的に大事にして、地道に、丁寧に観察することをおろそかにしちゃだめなんだ。
サイエンスってさ、全部今キミが立ってるその地べたから立ち上がってきてるんだから。
追記
NHK科学文化部(かぶん)のブログ *6 でさかなクンの記者会見(12/24)の様子がアップされています。
*6:さかなクン会見 全文紹介『NHK「かぶん」ブログ』
http://www.nhk.or.jp/kabun-blog/100/68347.html
* * * * *
送っていただいた個体がそのとき4個体あったのですが、そのほとんどひれが欠けていました。特に尾びれの下がすり切れて無い状態でした。それを見たときに、サケの仲間が産卵をするときに産卵床(さんらんしょう)という穴を掘るのですが、しっぽの部分を特に使って穴を掘るんです。メスが掘るんですが、かなりしっぽが切れていますので「ああー。これはー」漁師さんの網に入った切れたひれの傷ではない、かなり一生懸命体を使ってひれがすり切れて、んー、体もかなりやつれてしまっている、おなかもぺったんこだ、きっと産卵した後だろうなーと思いました。
* * * * *
*6より引用
いやもう全編通してほんとに「やったねさかなクン!」というゾクゾクするような、清々しいような良い気分なのですが、特にこの産卵床のくだりはもう、さすがだなあと。他のところも端々(はしばし)に海洋大でも大事にされてるというか、のびのびとやっている感じがしてすごくいい。
海洋大の一線の研究者にも、地元の漁協の人にも、“魚が好き”っていう子どもにも、それぞれとうまくやっていける、本当にいいサイエンスコミュニケーターだなあ。
執筆: この記事はtetzlさんのブログ『tetzlgraph てつるぐらふ』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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