NASAの“地球外生命(ET)の兆候探索に影響を及ぼす宇宙生物学的発見”に対して
今回は『プレカンブリアンエコシステムラボラトリー』の高井研さんからご寄稿いただきました。
NASAの“地球外生命(ET)の兆候探索に影響を及ぼす宇宙生物学的発見”に対して
NASA Astrobiology Instituteの研究者、Felisa Wolfe-SimonらがScience誌に発表した『リンの代わりにヒ素を使って増殖するバクテリア』論文について、その素晴らしさに「感動した!」ので、プレカンブリアンエコシステムラボラトリーを代表して高井研がコメントします。いくつかの新聞社からコメントを求められて答えたのですが、その研究の面白さや意義をもっと“広く一般の方に面白く、興味深く”知ってもらいたいという気持ちだけですので、楽しんでもらえば幸いです。研究者は自分で読んで感動して下さい。
まず、今回の研究者チーム。「NASA Astrobiology Instituteって何?」なんですが、アメリカ全土に拡がるバーチャル宇宙生物学研究所です。実際に、「ある街に大きな建物があって。。。」みたいな、“横須賀の追浜っていう街外れの海辺に白亜の御殿のJAMSTEC”のような研究所ではないんですね。NASAがパトロンになって、全米の大学や研究所に拠点を作り、そこに研究費を渡して、各テーマの研究を進めると。それをバーチャルネットワーク社会で、“一つの研究所”と見なして、あたかも一つの巨大な研究所のように機能させるという新しい試みです。なかなか面白い試みで、我が国でも是非実現したいシステムです。ですから、論文著者の多くは、NASA Astrobiology Institute以外に本職の職場を持ってます。例えば第一著者のFelisa Wolfe-Simonは、カリフォルニアの米国地質調査所の研究者です。しかし、米国地質調査所のおそらく地球微生物学研究チームが主体となったグループが、NASA Astrobiology Instituteの拠点として、認められ研究費を受けているのです。ちなみにラストオーサーのRonald S. Oremlandは、ヒ素に関わる微生物の研究では、まず間違いなく世界トップの研究者です。環境微生物学の分野でも絶大な名声を有する超大物です。しかし、その研究の誠実さ(ちょっとニュアンス的な言い方ですが、センセーショナリズムを追求するNatureやScienceばかりを狙う目立ちたがり屋研究者というのがどの分野にもいるものですが、そういうタイプとは違って、どちらかというとしっかりした研究を続けてきたという意味です)には定評があり、それゆえ、今回の驚天動地の研究成果が、「まあ間違いあるまい」とすんなり受け入れられる背景にあるかもしれません。
イントロは美しいですね。たしかに生命に必須の主要元素というのがあって、炭素、水素、窒素、酸素、イオウ、リンは6大主要元素です。もちろん、その他の微量元素も重要です。微量元素は、“事業仕分け”や“看板付け替え”、“入れ替え”が可能な例があり、例えばタングステンとモリブデンの入れ替えなんかは、我々プレカンブリアンエコシステムラボの研究テーマでもあったりします。それでも十分「スゲェーよ」レベルであり、だからこそ研究しているわけですね。しかしですよ、6大元素に手を付けるのはさすがに、「無理でしょ」とみんなある意味“諦めモード”だったんです。だからこそ、今回の“リンとヒ素、正確にはリン酸とヒ酸、の取っ替え”が衝撃なワケ。たしかに、6大元素の中でも理論的に最も可能性が高いのが、リンとヒ素の「We can change!」だったのです。あっ、SFマニアは、ここで突っ込みを入れますよね、「炭素とケイ素の入れ替えがムニャムニャ。。。」。無理です。脳の中の仮想空間で楽しみましょう。余談ですが、イオウとセレンの取り替えはリン―ヒ素の次に可能性はあるかもしれません。ヒ素、セレンはどちらも結構、地下水の汚染毒物として有名ですが、なぜ毒かというと、いろいろ理由はあるのですが、やはり“生物がリンやイオウと間違えてしまう”ことに大きな原因があるのです。セレンはタンパク質を構成するアミノ酸に含まれることが分かってきて、それはそれは大きな科学テーマでもあります。しかしそれとて、所詮Jリーグ入れ替え戦程度のものにすぎないわけです。総とっかえは、心情的には無理と思ってたんですね。しかし、イントロには、「そんなセンチな心情に流されてはいけない」とは書いてませんが、的確な理論展開がされています。「ヒ酸の安定性が克服できれば可能である」。そうですか。それなら、「ヒ酸が大量にあって、とっかえひっかえできるような環境だったら……」という論理展開を読者はしますよね。その答えが次にバーンと出てくるわけです。「モノレイクにはヒ素が濃集しておる」と。これを先回りして、ロジックを展開するのが、エ・レ・ガ・ン・トというものなんです。くぅーかなり脚に来ましたよ。この序盤戦のジャブ攻撃は。
さてモノレイク。カリフォルニア州にある塩湖です。流入河川が貧弱ゥになり、水がどんどん蒸発しているわけですね。塩濃度が上昇し、pHもアルカリ性になっていきます。結構、極限環境微生物の宝庫として有名なところです。その水が、ヒ素濃度0.2mMもあるんですね。たしかに濃いわー。これだけヒ素が濃かったら、さぞかしヒ素が使いやすいと想像できます。
その水から、リンを全く含まない培地で、ヒ素(ヒ酸)だけ入れた培地で微生物を培養したということですね。簡単です。シンプルです。誰でも思い付きます。でもこれが“コロンブスの卵”というやつです。
「そんなこと言ったって、一般的な試薬には、微量のリンが混入しているんだよ」。これも予想できる指摘です。ですから、ちゃーんとリンの濃度もチェックします。「たしかに完全に除去できてませんな」というのが著者らの見解。でもかなり何回も、しつこく集積を進めていくわけです。さすがにもうええやろ、というところで、コロニー分離して、さらにしつこく。この辺の言外の意味を読み取ると、“結構簡単に生える”ことがわかります。微生物ハンターの私には。微生物ハンター的には、この段階で“勝利宣言”をしているはずです。Felisa Wolfe-Simonは、実験室で踊り狂っていたはずです。家族や恋人、友人に、喜びの電話、メールなどうるさくしたでしょう。そういうものです。研究者は。それをRonald S. Oremlandは「まだだ。まだ道半ばだ。こっからが勝負なんだよ」といさめたことでしょう。とりあえず、微生物は、ガンマプロテオバクテリアのハロモナス科のバクテリアでした。このバクテリアは基本的に、地球のあらゆるところに生息しています。ただただ生息しているだけではなくて、むしろ蔓延(はびこ)ってます。めちゃ存在量がおおいです。海洋、超深海、熱水、南極、砂漠などいわゆる極限環境でもブイブイ言わしているバクテリアです。そういう意味では、適応能力や生存能力には定評があるバクテリアです。そのため、ハロモナス科と聞けば、「うーんあり得るな」と納得してしまうぐらいです。
つぎに本当にリン酸とヒ酸が入れ替わっているかを検証していきます。この辺は、シャーロックホームズの物語を読むようにどきどきしますね。まずICP-MSで細胞内ヒ素とリン酸の量を測定します。次に放射性同位体ラベルしたヒ酸の取り込み実験で、取り込み量をより正確に算出します。リン酸とおなじような取り込み方をしているから、DNA、RNA、タンパク質、脂質、そしてATPなどの補酵素にリン酸の代わりに入っていると。「簡単な技から初めて徐々に難度の高い実験系に移行してますね、解説の八木沼さん?」。「ええそうですね、最初のトリプルアクセルRI実験はきれいに決まりましたネー。得点たかいです」 。
「次にはNanoSIMSというパンチの効いた最新テクノロジーを駆使した連続ジャンプがきますよ-。決まれば、かなり高得点ですね」。そうNanoSIMSをここで使ってくるのだ。別に必要か? と言われれば、絶対必要でもないような気がするが、なんと言ってもNanoSIMSを使うことに潜在的な意味合いがある。NanoSIMSというのは、めちゃくちゃ小さなスケール(ナノメータースケール)の元素・同位体マッピングと定量を可能にする超高級分析家具です。もちろんAstrobiologyには“必要不可欠”と喧伝(けんでん)されているモノである。ここでこれを持ってくることによって、「おう、やはりNanoSIMS、DA・YO・NE」になるのだ。それを使って、電気泳動したDNAを測定するとDNAのリン酸の代わりにヒ酸が入っていることがクリアーになった。NanoSIMSでなくてもできるが、NanoSIMSがあったら、確かに簡単です。誰かNanoSIMSを買ってクレー。ちなみにJAMSTECの高知コア研究所には、導入されます。
もうこれだけでも圧倒されているのに、さらにとどめを刺しにきます。microXANESというエックス線吸収分析で、細胞内ヒ素の存在形態まで調べています。これによって、DNA、RNA、タンパク質、脂質、そしてATPなどの補酵素に、本当にリン酸の代わりに入っている証拠を取りに行ってるわけです。この辺の分析スキームは、美しいのです。まるで、「Astrobiologyとはこういう流れでやるもんなんじゃあぁ!」というお手本を見るようです。微生物培養技術+美しい分析手法の組み合わせとそれをサーブする順序、タイミング。さすが三つ星研究者。すばらしい。そして最後のデザートは、NanoSIMSによる細胞可視化図。パーフェクト。
締めのコーヒーは、ハロモナス科細菌の液胞状器官について。そこにリン酸ならぬヒ酸をストックすると。たしかにある種の細菌は、液胞状の器官にポリリン酸をストックすることが知られています。「不安定なヒ酸を疎水的な液胞に保存するのだ」という考察は、イントロから始まる全体のストーリーをきりりと引き締める。やられた。
というわけで、素晴らしい仕事。素晴らしい論文です。グッドリズム!! グーッドウィドゥム!! ですね。
というわけで皆さん楽しんで頂けたでしょうか。NASAのもったいぶった発表でしたが、もったいぶるだけのことはあった成果でした。しかし、個人的には、一抹の悔しさもあります。「基本的に誰でもできる様な簡単な実験によって、常識を打ち破る」。これは研究者の至福であり、夢ですね。こんなにきれいにそれをやるとは思っても見なかったこと。その隙が悔しい。しかし、この研究は追試によって確認される必要があるでしょう。しかも、ハロモナス科細菌だけの能力なのか、それともある特殊な微生物の能力なのか、あるいは案外多くの微生物ができる能力なのか。その辺も明らかにする必要があります。個人的には、深海や地殻内で、そのような微生物を探してみたいと思ってます。あとリン―ヒ素以外の入れ替え実験も面白そうです。
ただ、この成果のインパクトは、かならずしもAstrobiology的なモノとは思えません。この文章は、正式な発表前に書いており、もしかすると記者会見では、別の驚くタマが隠されているかもしれません。なにか新たなタマがわかったら、続報を書くかも? です。
最後に、我々のプレカンブリアンエコシステムラボは、NASA Astrobiology Instituteのような大きな組織ではありませんが、同じように地球と生命と進化や宇宙における生命の存在可能性などについて、燃えるような情熱と様々な分野の融合によって細々としたお金ながら研究をしています。最近、行政刷新会議なる組織から、「プレカンブリアンエコシステムラボの研究内容を見直すこと」という指摘があったようです。「一回、このホームページの中身ぐらいみてから、そういう指摘をしてほしい」ものです。というわけで、この論文の成果には、我々の研究グループはかなり励まされました。やるぜ。まだまだやるぜ。俺たちは。ということで、たまにはホームページに遊びに来てください。
執筆: この記事は『プレカンブリアンエコシステムラボラトリー』の高井研さんからご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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