「マイナンバー」って何のために始まるの? 担当補佐官の楠正憲氏にメリットを聞いてみた

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「マイナンバー制度」と聞いて、どんなイメージを持っているだろうか。「国に監視されるような気がしてこわい」「セキュリティ上の不安がある」などネガティブな印象を持つひとも少なくないのではないだろうか。

内閣官房社会保障改革担当室で番号制度推進管理補佐官を務める楠正憲さん。2017年1月から順次運用開始される「情報提供ネットワークシステム(情報提供等記録開示システム)」というマイナンバーの基盤となる情報システム構築を担当し、現在開発に係るレビューなどを行っている。マイナンバー制度のシステムを知りつくす楠さんに、そもそもマイナンバー制度が導入される理由やそのメリット、セキュリティについての疑問点など、率直な質問をぶつけてみた。

公平・公正を期すためにマイナンバーを導入

――やっと我が家にもマイナンバーのお知らせが届き、「いよいよ始まる」という段階になって、何も知らないことに焦っています。そもそも「マイナンバー制度」とは何のために始まるのでしょうか。

楠正憲さん(以下、楠):コンピュータが事務に取り入れられはじめた1960年代頃から、世界的に番号制度の検討が始まり、導入した国も数多くありました。日本でも佐藤内閣時代に検討されたこともありましたが導入には至らず、各自治体や関係機関で必要に応じてIT化されてきた経緯があります。ただ、「宙に浮いた年金記録問題」などもありましたが、IT化の際、手作業で名寄せを行っているためにまったく異なる人のデータが統合されてしまうなど、結果として事務上のミスが起きてしまうということがありました。そのため、マイナンバー制度を導入することで間違いが起こりにくいようにして、これまで書面でやっていた各関係機関や自治体間の連携も規定の仕組みに則り、確実に記録が残るような形にしていきましょう、ということが主な趣旨です。今みなさんの手元に届いているマイナンバーの発行は、その前段階としての準備ですね。

――そもそもの問題点として、年金や生活保護の不正受給問題など、各機関が保有する個人情報が適切に管理されていなかったからこそ表面化した問題もありますよね。マイナンバー制度を導入することで、なるべく公平・公正に課税したり、本当に必要な世帯に福祉や生活保護など社会保障を行ったり、システム的に改善されることはあるのでしょうか。

楠:そうですね。日本の場合、確定申告によって所得を把握し、それに応じて課税されるわけですけれども、あくまで申告ベースのため、抜け漏れが生じることもあります。おそらくみなさん、ご自分の所得情報が税務署にどのように報告されているかは、経理などのご経験がないと、なかなかご存知ないかと思います。マイナンバー制度が始まることで、新たに情報のやり取りがされるようになるのではないかと考えている方もいるかもしれませんが、そういったやり取り自体は税務署への支払調書の提出などのかたちで、今までも行われてきているのです。その中でミスが起こらないように、今後は住所、氏名だけではなく、マイナンバーも付けるということです。

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マイナンバーが利用されるのは税・社会保障・災害対策の3分野に限定

――マイナンバーが利用されるのはおもに税の分野なんですか?

楠:どういった分野に利用するかは法律で定められており、税分野のほか、年金、労働、福祉、医療など社会保障分野、そして災害対策分野です。この3分野(※以下の図表参照)の事務手続に関して12桁の個人番号を利用し、マイナンバー法で定められた分野の事務手続きについて情報連携を行っていきます。また、これらに類する事務で、地方公共団体が条例で定める事務でも、マイナンバーを利用することができます。(※参考リンク )たとえば今までは、役所で何らかの手続をする際、課が異なるとその都度「住民票と所得証明を添付書類で用意してください」というようなやり取りを行っていました。けれども情報連携が機能していけば、データの照合を役所内で行うことができるようになるので、ムダなやり取りをなくして効率化を図ることができます。

――確かに転居するだけでも役所でいくつか窓口を回ったり、何枚も住民票を用意したり、「同じ役所なのに、なんでこんなに行き来しなきゃいけないの?」と思っていました。

楠:ですよね。きちんと役所や自治体同士でデータ連携を円滑に進むようにしていくためには、情報と情報が紐づいている必要があり、そのためにはやはり番号が必要なんです。

f:id:tany_tanimoto:20151218122023j:plainマイナンバーが利用される分野と実施に向けてのロードマップ

セキュリティ対策はどのように取られているのか。

――とはいえやはり、情報流出の問題は心配です。その点はどうなのでしょうか。

楠:先進国のなかでは後発組でもあるので、他の国の事例を踏まえて、制度に活かしています。たとえば、アメリカや韓国などでは民間で広く番号自体を利用できるようにしたことで、大きなトラブルに繋がってしまいました。日本の場合は12桁の番号については、「個人番号利用事務」ということであらかじめ決められた範囲の手続きでしか使うことができないように制限をすることで、野放図に番号が集められて名寄せされることが起こりにくい仕組みにしています。よく「一度発行された個人番号は変えられない」と誤解されてしまっているのですが、そういうわけではありません。もし情報流出の懸念が起こったり、リスクにさらされるようなことがあれば、変更すればいいのです。

それともう一点誤解されやすいのが、今回マイナンバー制度が始まるにあたって、個人情報が特定の期間のサーバーに集約されて一元管理されるというイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、それも誤りです。従来通り行政や各関係機関が管理している個人情報はそのままそれぞれの機関に分散して管理を行い、必要に応じて2017年以降「情報提供ネットワークシステム」を利用して情報の照会を行う、ということなのです。それと同時に運用開始される個人向けポータルサイト「マイナポータル」で、各機関が自分に関するどんな情報を管理しているのか、あるいはどんな機関がどの情報を照会したのか、といった履歴などを国民自身が確認することができるようになります。

――今までは私たちの見えないところでやり取りされていた情報の履歴やアクセス状況が、マイナポータルで確認できるようになるんですね。

楠:そうですね。マイナポータルの利用にあたっては、希望者に発行する「個人番号カード」による公的個人認証を利用することになります。

「公的個人認証」によって各種サービスの利便性が向上

――マイナンバーと「個人番号カード」とはまた別のものなのでしょうか。

楠:マイナンバーは既に全国民に発行されているものですが、個人番号カードは希望者に無償で発行されるICカードです。写真付きの公的な身分証明書として本人確認の際に利用できますから、運転免許証やパスポートをお持ちでない方には魅力的な選択肢になってくると思います。また、個人番号カードによる公的個人認証の仕組みが民間にも開放されますから、金融機関や保険、証券、Eコマースなど、様々な分野で活用されていくよう、現在は進めています。

――便利だと思う反面、やはりセキュリティも気になってしまうのですが…。

楠:偽造が困難な各種対策を施しているほか、ICチップには券面に書いてある名前や住所、電子証明書などあくまで最小限の情報しか記録されないため、プライバシー性の高い情報はそもそも入っていません。利用には暗証番号が必要ですし、一定回数間違えるとロックがかかったり、万が一紛失した際にはコールセンターに電話して利用を差し止めたりすることができます。クレジットカードやキャッシュカードと同じように、大切に扱ってもらえれば問題ないかと思います。

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――行政に関するカードがスッキリとまとまって、本人確認として使えるというのは便利だなと思います。オンラインで口座開設や保険契約などをしても、結局証明書類を郵送したり、窓口に出向かなくてはいけなかったりと、アナログなやり取りも多いですから。

楠:そうですね。個人だけでなく企業側にとってもコスト面や時間面で負担になってきた部分もあると思うので、公的個人認証を活用したサービスによって利便性が上がっていけばいいと思います。

――具体的には他にどんなサービスが想定されているのでしょうか。

楠:行政サービスとしては各種証明書をコンビニで取り出せたり、マイナポータルを基盤に個人に応じた行政からの情報通知を行ったり、転居届や「e-Tax(国税電子申告・納税システム)」など各種事務手続きや決済をオンラインで行えるようになるでしょう。総務省の認定を受けた民間事業者のサービスに公的個人認証の仕組みを活用することで、より安全性の高いアクセス手段でオンラインバンキングやネットショッピングなどを行うことができるようになると思います。

――行政からの広報誌はチラシに埋もれてしまいがちで、行政サービスや手当などの重要なお知らせを見落としてしまうことはよくありますね。

楠:そもそもこれまで各機関のデータが連携していなかったことで、できなかったことが実はたくさんあるんです。代表的なところで言えば、学生支援機構の奨学金貸与。ヨーロッパなどでは、就職後の所得に応じて返済する仕組みがあって、わりとポピュラーに行われています。けれども日本の場合、学生支援機構がかつて奨学金を支給していた方の収入を知る仕組みがなかったので、基本的には就職すれば規定の額を毎月払わなければいけません。とはいえ、最近問題にもなっているように、「大学卒業したら、奨学金を払えるだけの余裕のある暮らしができるか」というと、決してそういうわけでもない。「マイナンバー制度」によって情報共有の仕組みができてくれば、「所得に応じて返済可能な奨学金」のようなものを作れるかもしれません。

そういう意味では、マイナンバー制度が始まった時点では、現状の行政サービスをマイナンバーで運用しはじめるだけなので、あまりメリットを感じられないかもしれません。ただ今後、情報提供ネットワークシステムやマイナポータルが立ち上がってから、「情報共有の仕組みがあれば、こういう手の差し伸べ方がある」ということが議論されるようになり、関連制度が増えてくれば、メリットを実感してもらえるかもしれません。今はまだそういう土台作りの段階ではありますが、関心を持って、まずはご自身のマイナンバーを受け取ってもらえたらと思います。

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メディアを賑わせている「マイナンバー」に関する話題はネガティブなものが多く、正直なところ「わずらわしい」と思ってしまう部分や、セキュリティ上の懸念がまったくないとは言いきれない。けれども昨今ニュースで取り上げられる「本当に手を差しのべられるべきひとに支援が届かない」問題などをシステム的に解決に導く手段として、正しく「マイナンバー制度」が運用されるのであれば、意味のあるものになるのではないか。そしてその仕組みと背景を理解し、フル活用して時間の効率化を図ることが、今を生きるビジネスパーソンの「ライフハック」になるのかもしれない。

楠正憲さん

1977年熊本県生まれ。神奈川大学在学中からIT系ライターとして活動し、1998年インターネット総合研究所へ入社。ECサイト・電子請求書決済ASPの構築などに従事。2001年大学卒業、2002年マイクロソフトに入社。技術企画室主席研究員、CTO補佐、技術標準部部長など歴任。2011年12月より内閣官房社会保障改革担当室番号制度推進管理補佐官。2012年7月からヤフー(株)入社。現在はCISO Board、及び政府CIO補佐官を併任。

マイナンバー制度 ホームページ

http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/

WRITING:大矢幸世+プレスラボ PHOTO:鶴田真実

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