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続・「議論ができない人」という議論ができない人

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続・「議論ができない人」という議論ができない人
今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

続・「議論ができない人」という議論ができない人

続き。この相手とは議論をしても得るものがない、そう感じる事が多いだろう。俺もそう感じることは少なくない。

そういう状況というのは、互いの思考のレベルが違いすぎる時に生じる。高いレベルの側は当然のことながら低いレベルの側から得られるものは少ないだろう。逆に低い側からみれば、自分の主張がすべて門前払いされているように感じる。これも得るものが少ない。

よく2chでカンガルーのアスキーアートとともに「争いは同じレベルの間でしか生じない」というコピペがある。これはわりと本質をついていて、有益な議論もまた両者のレベルがある程度伯仲していないと生まれない。

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レベル差がありすぎると先生と生徒の関係になり、それで生徒が素直に教えを請うならまんざら無価値ではないけれど、生徒があくまで先生と対等の議論を望むと、「歯がたたない=門前払いされている」と感じるだろうね。でもそれはしかたのないこと。

まあ生徒のレベルまで先生が下がって議論の練習相手になるということもできるけれど、どうしても「先生が生徒に課題を出す」的な形になるよね。「じゃあ○○について考えてごらん」と。

これお「上から目線」と言われてしまうと、「そうだよ」としか言いようがないわけで、それが我慢ならないというなら、やっぱ同じレベルの人同士、生徒同士で議論するしかないと思うんだよね。でもそれだとなかなか上達しない。少しずつは上達していくけど効率がイマイチ。

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上から目線で多少不愉快でも、一生懸命提示される課題に答えていれば、レベルは上がっていくから、得だと思うんだけどね。逆に上から目線の側は直接的なメリットがないんだよね。

よく「上から目線で優越感に浸るために議論している」とかいうけど、かけている手間に対して得られる快感は割に合わない(と俺は思う)。先生が生徒に感じる優越感ってほとんどないよね。先生なんだから生徒より優れているのは当たり前。逆に生徒が先生を言い負かせば、すごい爽快感を得られるかもしれないけど。

たいしたメリットがないのにわざわざ先生役を引き受けるのは、それによって未来の時代を担う世代を育てたいからにほかならない。いや、ホントだってば(笑)。少なくとも未来を悪くはしたくないわけで。自分がかつて上の世代から教育してもらったように、自分も下の世代にやっているだけのこと。そうやって文化や文明は受け継がれていくものだ。

関連記事:
「「議論ができない人」という議論ができない人」 2014年02月17日 『メカAG』
http://mechag.asks.jp/711037.html

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年02月25日時点のものです。

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