ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

石牟礼道子氏からのパクリは2件だけではなかった!~佐野眞一氏の「パクリ疑惑」に迫る(第10回)

DATE: BY:
  • ガジェット通信を≫

【特別取材班より:この連載のすべてのリンクと画像をご覧になりたい方は、ガジェット通信サーバー上の記事をご覧ください。】

他人の文章が佐野眞一氏オリジナルの文章に変身

「短期集中連載」と称して始めた本連載だが、ガジェット通信特別取材班の主要メンバーが長期出張中につき、このところ更新が滞っていることをお詫びしたい。パクリ検証のテキスト・クリティークが一段落したところで、明年初頭に「短期集中連載 第2部」をスタートさせる。今後とも注目してほしい。

さて、本連載第7回で、ガジェット通信特別取材班は作家・石牟礼道子氏の解説文からのパクリについて指摘した。
http://getnews.jp/archives/269546 [リンク]

この連載を読んだ読者から、「石牟礼道子氏の文章からのパクリはほかにもある」との指摘が届いた。新たなパクリの事実を紹介する前に、あらためて我々が指摘したパクリを振り返っておこう。

《故郷の潮の満ち干(ひ)きする渚(なぎさ)の、おどろくほど緻密(ちみつ)な観察と鮮明な記憶、まのあたりに見ているような平明な描写力。読んでいてふいに胸えぐられる感じになるのは、今はこの列島の海岸線すべてから、氏の書き残されたような渚が消え去ったことに思い至るからである。》
(『ちくま日本文学全集 宮本常一』93年5月刊行、461ページ/作家・石牟礼道子氏による解説文「山川の召命」より)

《潮の満ち引きまで感じられる渚の写真を眺めながら、ふいに胸えぐられるような思いに駆られるのは、かつて宮本がカメラにおさめたような渚が、日本の海岸線からことごとく消えてしまったことに思いいたるからであろう。》
(佐野眞一『宮本常一の写真に読む失われた昭和』平凡社、2004年6月刊行、6ページ)

《宮本はこの本【=『周防大島を中心としたる海の生活誌』】の冒頭でこう書いている。

【※以下、しばらく宮本常一の本からの引用が続くため略】

故郷の島の潮の満ち引きと風の音が、おどろくほど緻密な観察力と、目のあたりにみているような平明な描写力で描かれている。
この文章を読みながら、ふいに胸えぐられるような感じになるのは、宮本の著作を解説した石牟礼道子も述べているように、いま日本列島の海岸線のすべてから、宮本が書き残したような渚が消え去ったことに思い至るからであろう。》
(佐野眞一『旅する巨人』文藝春秋、96年11月刊行、66~67ページ)

佐野氏が綴る地の文の中に、石牟礼道子氏オリジナルの文章が紛れこんでしまっていることは明らかだ。我々が指摘したこのパクリ以外にも、別の宮本常一関連本で佐野氏がパクリをしているという。現物を取り寄せ、文章をたしかめてみた。

パクリ文章のコピー&ペースト

まずは、先ほどもご紹介した石牟礼道子氏の一文をあらためて掲示しよう。そのうえで、以下の佐野本の記述を読み比べていただきたい。

《故郷の潮の満ち干(ひ)きする渚(なぎさ)の、おどろくほど緻密(ちみつ)な観察と鮮明な記憶、まのあたりに見ているような平明な描写力。読んでいてふいに胸えぐられる感じになるのは、今はこの列島の海岸線すべてから、氏の書き残されたような渚が消え去ったことに思い至るからである。》
(『ちくま日本文学全集 宮本常一』93年5月刊行、461ページ/作家・石牟礼道子氏による解説文「山川の召命」より)

《潮の満ち引きまで感じられる渚の写真をみながら、 ふいに胸をえぐられるような思いにおそわれるのは、 かつて宮本がカメラを向けたような渚が、 日本の海岸線という海岸線からことごとく消えてしまったことに思い至るからであろう。》
(NHK人間講座〈2000年1月〜3月期〉佐野眞一『宮本常一が見た日本』日本放送出版協会、2000年刊行、191ページ)

これとまったく同様の記述は、佐野氏の単行本『宮本常一が見た日本』(日本放送出版協会、2001年刊行、274〜275ページ)にも見られる。さらに、別の出版社から出された宮本常一本にも同じパクリがある。

《潮の満ち引きまで感じられる渚の写真を見ながら、 ふいに胸をえぐられるような思いにおそわれるのは、かつて宮本がカメラを向けたような渚が、日本の海岸線という海岸線からことごとく消えてしまったことに思い至るからだろう。》
(佐野眞一『宮本常一のまなざし』みずのわ出版、2003年刊行、83ページ)

作家とて、量産するためには記述の使い回しだって起こりうる。「1回書いたことは二度とほかの著作では書かない」という厳格な作家もいるが、自分の文章をヨソでコピペしても文句を言われる筋合いはない。

佐野氏の場合、話は別だ。なにしろ、他人が書いた文章をあたかも自分が書いたかのようにコピーし、あちこちの著作で書き散らしているのである。佐野氏は宮本常一本を何冊も量産しているうちに、かつて自分が石牟礼道子氏の本からパクってしまった事実を忘却してしまっているのかもしれない。

「家栽の人」原作者・毛利甚八氏からも盗用疑惑

さらに本連載の読者から、石牟礼道子氏以外の宮本常一本からのパクリがあると通報が入った。毛利甚八氏といえば、「家栽の人」などマンガ原作者としても著名な作家だ。


《佐渡に着いたその夜、佐和田(さわだ)町の鮨屋で食事をしていると「田中角栄の銅像がある」と教えてくれる人があった。佐和田町の隣町・真野(まの)町から赤泊(あかどまり)村に抜ける県道65号線の路傍にそれがあるという。
 翌日訪ねてみるとそれは銅像ではなかった。高さ四メートル、幅三メートルはあろうかという大きな御影石の一枚岩でできた「田中角栄先生顕彰碑」という石碑であった。黒光りする石に田中角栄の政治家としての素晴らしさを褒め称える文言が彫り込んである。》
(毛利甚八『宮本常一を歩く 下巻』小学館、1998年刊行、182ページ)


《宮本と角栄の関係を象徴するような石のモニュメントが、小佐渡の海岸沿いの赤泊から国中平野の真野に通じる県道六五号線の路傍に立っている。高さ約四メートル、幅約三メートルの巨大な石碑である。御影石の一枚岩でできたその碑には、横書きに「田中角栄先生顕彰碑」と刻まれ、その下に縦書きで次のような由来が記されている。(略)》
(NHK人間講座〈2000年1月〜3月期〉佐野眞一『宮本常一が見た日本』日本放送出版協会、2000年刊行、157ページ)

これとまったく同様の記述は、佐野氏の単行本『宮本常一が見た日本』(日本放送出版協会、2001年刊行、191ページ)にも見られる。なお、「NHK人間講座」のテキストや『宮本常一が見た日本』では取材協力者のリストは入っているものの、参考文献が明示されていない。佐野氏が毛利甚八氏の著作を参考にして本を書いたのだとすれば、参考文献に書名を加えなければフェアではなかろう。

佐野氏による「石原慎太郎氏の盗作疑惑」への言及

佐野眞一氏が書いた評伝『誰も書けなかった石原慎太郎』(講談社文庫、2009年刊行)を読んでいたところ、『佐藤榮作日記』に石原氏の盗作疑惑が出ていると紹介されていた。以下、該当部分をご紹介しよう。

《思わず目がとまったのは、昭和四十三年二月四日付の日記である。

〈石原慎太郎君、盗作事件で一寸心配だと相談に来る。下稲葉君と大津君が相談に来る。雑誌の記者を仲立ちにして話をつける事がのぞましい。(略)〉》(436〜437ページ)

この『佐藤榮作日記』を取っかかりにして、佐野氏は下稲葉耕吉氏(元自民党参議院議員)や光文社の元担当編集者に取材をかけていき、次のように嫌味を綴る。

《これは盗作というより剽窃に類する話だが、江藤淳はしばしば、慎太郎には気に入った言葉が見つかると、それを最初の文脈からすくいあげ、サッカーボールをドリブルするように、蹴っとばしたりはずませたりしながら、自分の言葉のなかにうまくあてはめる癖がある、その癖に私の言葉も何度かすくいあげられ随分当惑したおぼえがある、と述べている。》(438〜439ページ)

佐野氏におかれては、「気に入った言葉が見つかると」「自分の言葉のなかにうまくあてはめる」我が身のパクリ癖について熟考していただきたいものだ。

(2012年12月4日脱稿/連載第11回へ続く)

追記(2012年12月24日)

佐野氏の単行本『宮本常一が見た日本』(日本放送出版協会、2001年刊行)は2010年に増補版が出版されている(ちくま文庫)。単行本に見られる《潮の満ち引きまで感じられる渚の写真をみながら、ふいに胸をえぐられるような思いにおそわれるのは、かつて宮本がカメラを向けたような渚が、日本の海岸線という海岸線からことごとく消えてしまったことに思い至るからであろう。》(295ページ)という盗用は残されたままである。単行本→文庫化というプロセスをたどるにつれ、自動的にパクリ原稿が拡大再生産されるというわけだ。

盗用被害に遭った石牟礼氏の原稿は『ちくま日本文学全集
宮本常一』に収められている(石牟礼氏は解説を担当)。筑摩書房が出した日本文学全集の解説文が、筑摩書房の文庫本で盗作されているのだ。まるで共食いのように嫌な話である。

情報提供をお待ちしています
佐野氏の盗用・剽窃疑惑について、新情報があればぜひご提供くださいませ。メールの宛先はsanofile110@gmail.comです。(ガジェット通信特別取材班)

ガジェット通信特別取材班の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP