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「最悪シナリオ」はどこまで最悪か~楽観はできないがチェルノブイリ級の破滅的事象はない見込み~

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この原稿は、作家田口ランディさんの呼びかけによってつくられたメーリングリスト内で行われた議論の成果のひとつとして環境エネルギー政策研究所 飯田哲也所長が執筆されたものです。ガジェット通信への掲載は3月21日時点でご許可いただいていました。この中で紹介されている東北大学の北村名誉教授の見解は、先日ガジェット通信にもご寄稿いただいた田口ランディさんの「『最悪のシナリオ』という脅しに騙されないために」という原稿でも引用されており、その部分についてはまったく同じといえますが、飯田所長による「暫定的なまとめ」が付け加えれられており、かみくだいた書き方をしてあるため北村名誉教授の見解が専門的で分かりにくいという方にも一読をおすすめできると思います。尚、この議論は3月20日時点での情報をベースにおこなわれたものです。ご意見・コメント等は、記事下のコメント欄までお願いします。(ガジェット通信 深水英一郎)

●「最悪シナリオ」はどこまで最悪か~楽観はできないがチェルノブイリ級の破滅的事象はない見込み~(Ver.0 2011年3月20日)
環境エネルギー政策研究所 所長 飯田哲也

本レポートは、原子核物理の視点から、考えられうる最悪のシナリオを検討することによって、最悪事象におけるさまざまな備えを考える上での参考材料を提示することを目的とした。筆者と北村正晴東北大学名誉教授との私信をベースに、他の参考文献を考慮して定性評価したもので、すべての文責は筆者に帰する。なお、本レポートはあくまで定性的な推論をまとめたものに過ぎず、被曝予防や退避・避難等については、政府や自治体等の信頼できる勧告などを参考に、自己判断で対処していただきたい。

【要旨】
・ 2011年3月11日に発生した東京電力福島第1原子力発電所の事故が、この先に辿りうる最悪シナリオを検討したところ、再臨界と水蒸気爆発の可能性は否定できないが、核爆発やチェルノブイリ事故のような破滅的事象は、おそらく起こらないと判断できる。

・ したがって、首都圏や仙台などの大都市の避難勧告のような事態は、おそらく避けることができるものと判断できる。

・ ただし、最悪シナリオで放出される放射能は、これまで一時的に放出された放射能よりも桁違いに多い可能性があるため、状況の推移によっては、現状の避難範囲(避難20km、屋内退避30km)の再検討やヨウ素剤の配布計画、広範な地域で被曝を最小限に抑えるためのマニュアルの周知徹底などが必要と考える。

【はじめに】
・ 2011年3月20日20時現在、東京電力福島第1原子力発電所の深刻な事故は、未だに終息の見通しが立っていない。低いレベルとはいえ、福島だけでなく首都圏各地など遠方でも放射能が観測されている。

・ この深刻な原発事故が、今後、どのような最悪の事態になりうるかについては、首都圏壊滅のような巨大原発被害を予想する専門家もいれば、まったく楽観的な見通しを述べる専門家もおり、世論は混乱している。米国政府(米原子力規制委員会NRC)では、一定の仮定のもとで試算された被曝シナリオ( http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/news/2011/11-050_Attchmt.pdf
和訳は http://www.es-inc.jp/lib/archives/110320_133304.html )
を評価するなどの対応を取っているが、日本政府は未公開(未検討?)である。

・ しかしながら、最悪シナリオを検討しておくことは、国にとっても自治体にとっても事業者にとっても、そして私たち一人ひとりにとっても、さまざまな「備え」をする上で有効と考える。

・ そうした折り、北村名誉教授より紹介のあった藤林徹( 元東芝原子炉設計部長)の見解(藤林徹「福島原発に関する見解と東京の安全性について 2011/3/17」https://sites.google.com/site/reportfujibayashi/ )をきっかけに、筆者と北村名誉教授との間で「再臨界は起きうるか」「東京での被曝の可能性」の2点について議論した結果、一定のコンセンサスに達したので、ここに北村名誉教授の了解を得て、議論の経過を公開するとともに、北村名誉教授の判断を踏まえた筆者の見解を述べることとした。

【議論の経過】
・ 藤林徹氏の主張を同氏のブログから引用すると、以下の二つ。
 -「(再臨界)には核反応を起こす中性子を生み出す水が必要ですし、また中性子を吸収するホウ素が使われているようなので、再臨界の心配はない」
 -東京の被曝について「発電所の発生点で1時間あたり100ミリシーベルトであった放射性物質が東京方向の風に乗って流れたとすると、1キロ離れていれば1ミリシーベルト、10キロ離れれば0.01ミリシーベルト(10マイクロシーベルト)と低下します。東京は福島から100キロ以上離れていますから、さらに0.0001ミリシーベルト(0.1マイクロシーベルト)以下」

・ これに対して、北村名誉教授に送った筆者の反論は、以下のとおり。
 -再臨界がないとの主張に対して水がない(←部分的に残っているし、注水もしている)、ホウ素がある(←万能ではない)ので、再臨界にならないとの見解ですが、甘すぎませんか? 下
に核燃料が溶け落ちて、塊になったときの高速中性子での反応の可能性や、水が適度な減速材・反射材の役割を果たす可能性もゼロとは思えないのですが。
 -東京で被曝の心配がないとの主張に対して
 -発電所で100mSV/時の想定だが、水蒸気爆発や再臨界→水蒸気爆発といったシナリオで内容物が放出された場合は、桁違いに大きな放出量となる。
 -藤林徹氏の「100mSV/時(100m地点?)→1mSV/時(1km地点)→0.01mSV/時(10km地点)→0.0001mSv/時(100km)」という数字は、単純な距離2乗則で減衰していますが、問題は放射線ではなく、放射能雲ですから、甘すぎる評価といわざるをえません。ちなみに、チェルノブイリの被害範囲ははるかに広域です( 3 今中哲二(京都大学原子炉実験所)「チェルノブイリ原発事故:何がおきたのか」
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/kek07-1.pdf )。

・ 筆者の(藤林徹氏への)反論に対する、北村名誉教授の回答は、以下のとおり

前段の再臨界可能性に関しても,小生は若干厳しい見方をしておきたいと思います.話が錯綜するので箇条書きにします.「最悪の可能性」というと『どこまでがありうることなのか?』という議論が避けられません.「悪い方のシナリオ」と言い換えさせていただきます.

(1)まず,燃料貯蔵プールについてです.プールの中には今のところ海水と一緒にホウ素が投入されたとは聞いていません.設計段階からホウ素入りの仕切りが入っている燃料プール設計もありますが,福島第一発電所は違うように思います.いずれにしてもホウ素はないと考えておいた方が,燃料プールの安全性を評価する上では合理的でしょう.

(2)燃料プールが再臨界になる可能性については,簡単な計算評価をすれば一応可能と思います.大学が機能停止していて小生の手元には物理定数や核反応断面積のデータがないので今は計算できません.手順としては,燃料集合体中のウラニウム総量(重量,体積)を導出する.それが燃料プール底面に一様に広がって横たわったとして,タテヨコは10m×12mでしたかね.堆積した厚さを計算すると,多分形状的に臨界になりにくいと思います.通常炉心部分を構成している直径4m,高さ4mの円筒形が臨界になりやすい形状だとするとプールの底に沈んで広がった溶融燃料は,臨界になりにくい(体系外への漏れが大きい)形状になるのではないかと思うのです.
でもまぁ仮に臨界になったとしたら,(5)へ.(現実には燃料の関しては(5)の記述がより正しく,ここ(2)での想定は計算上の仮定です)

(3)原子炉の炉心内の燃料(正確には燃料被覆管)が大部分溶けて燃料が圧力容器底部に集まった場合は,燃料プールの場合より相対的に臨界になりやすいかも知れません.この計算も定数データがないと困難ですので,以下,仮に再臨界になったと想定します.

(4)その再臨界現象を定性的に考察しましょう.圧力容器の底部を想定します.詳細に言うと燃料がどろどろに溶けて流れながら集まってくるのではなく,燃料被覆管という部分が破損することによって燃料ペレット(小さな円柱状の核燃料)が下部に落っこちてきて集積するように思います.なぜなら被覆管が溶融する温度は,ウラニウム燃料が溶ける温度より大幅に低いからです.集まった燃料ペレットの量がある限度(臨界質量)を超えたときに再臨界状態が出現します.ただしこのシナリオでは,ホウ素の投入量が大きければそれだけ臨界状態が生じにくくなります.

(5)その時何が起こるか? これも色々なシナリオがありえます.しかしはっきり指摘してきおくべきことは,その状態をチェルノブイリ事故と類似のものとみなすと大きな誤解が生じることです.チェルノブイリの場合は,飯田さんが引用されている資料にも記されているように「出力上昇率高」(炉周期20秒以下)とか,冷却水が全部なくなったときの反応度添加は+5βであり、フィードバックのドップラー効果は‐4βという状況です.反応度印加量が即発臨界を大幅に超えていて,かつ反応度印加速度も大であるという,再臨界では到底ありえない状況が生じています.つまり出力の爆発的上昇に続いて,「炉心部が丸ごと中央ホール空間に浮かび上がり空中で核暴走にともなう爆発が発生した」というような極めて激しい現象が起こっています【この部分,専門語の説明をしていると長くなるので,とりあえず飯田さん向けの書き方ということで読者の皆様ご了解ください.最後で要約補足します.】

(6)これに対して,圧力容器下部の再臨界が起こった場合には,そのような爆発的事態は起こりえません.(再度臨界になる⇒核的出力が急上昇する⇒反応度フィードバックがかかるがある程度までは出力上昇が続く⇒どこかのレベルで出力がほぼ安定する⇒燃料温度が上昇し燃料溶融が起こる⇒出力と温度がさらに上昇する⇒溶融した燃料の体積膨張が起こり反応度フィードバックがかかる⇒臨界状態が解消し出力が少し低下する⇒また臨界になる)のような形で事象が推移するでしょう.もちろん極めて乱暴な推測にすぎません.しかし,即発臨界や爆発的な事象は起こらないということは言えると思います.圧力容器の中で臨界現象が起こることは,望ましくはないが圧力容器内に燃料が閉じ込められていれば事態の深刻さはチェルノブイリとは比較にならないほど小さいといっていいでしょう.

(7)この後,圧力容器の底部が破損して溶融した燃料が漏れ出るというシナリオになります.しかしその後にもなお今度は格納容器内で臨界が継続する事態は空間的な広がりから言ってとても考えにくいと思います.この段階以降でさらに臨界状態が継続し格納容器や建物底部を突き破るというチャイナシンドローム(これも説明略.すみません)のような事態は考える必要はないで
しょう.そして不完全ながら格納容器が機能していれば,放射性物質の直接的大規模放出は回避できます.「悪い方のシナリオ」としてはこの段階まで推測しておけばいいのではないでしょうか?

わかりにくいと感じられたMLメンバーの方々には申し訳ありません.以下,考察の結果を簡潔に要約します.

●判断1:燃料プールで燃料が溶融し,そこで原子炉臨界状態が出現するという再臨界現象はおそらくは起こらない.(なおホウ素投入はないと仮定している)

●判断2:再臨界状態が起こる可能性は圧力容器内部の方が相対的に高い.(こちらの場合もホウ素投入の効果はある.しかし再臨界を抑止できると保障することまでは困難)

●判断3:再臨界は望ましくないことは当然であるが,実害はチェルノブイリ事故とは比較にならないくらい小さい.爆発的事象は起こらない.再臨界による中性子放出量の増加は圧力容器,格納容器,遮蔽壁が存在しているので中性子線による住民への悪影響は生じない.

●判断4:以上を要するに,苫米地英人さんのHP( http://www.tomabechi.jp/archives/51238831.html )
で引用されている「1つの原子炉がメルトダウンしても、被害が出るのは50キロ圏内。2つ以上
の原子炉がメルトダウンしても、被害はあまり変わらない。現在の20キロ圏内の避難勧告は、妥当な判断。」という記述は理にかなっていると考えます.

なおチェルノブイリ事故相当のシナリオにならないと考えれば,藤本さんが今懸念されている,地下水汚染や食物を通じての内部被ばくの可能性も小さいと思います.

・ 北村名誉教授の回答は、実質的に「最悪シナリオ」を説明したものとなっており、再臨界シナリオについて筆者はこの説明に納得した。

・ ただし「判断4」については、北村名誉教授が引用されている苫米地英人氏の主張が英国Hilary Walker氏らのレポート( http://www.telljp.com/index.php?/en/news_article/bccj_members_update_on_japans_nuclear_power_station_situation/ )を踏まえたものであるが、そのレポート自体が必ずしも根拠のある評価ではないと判断されるため、筆者は同意していない。

・ 他の参考資料
 -サイエンス誌18 MARCH 2011「最悪ケース:もし福島原発の水が失われたら」( http://news.sciencemag.org/scienceinsider/2011/03/the-worst-case-what-if-the-water.html?rss=16 )
(The Worst Case: What If the Water Ran Dry in the Japanese Reactors?)
この記事では炉心と燃料プールについて再臨界や水蒸気爆発などの最悪シナリオの可能性を認めつつ、その可能性は低いだろうと締めている。

 -カリフォルニア大学のモンリオール教授(B. Monreal)” How Bad is the
Reactor Meltdown in Japan?”(福島原発の放射能を理解する)( オリジナル http://online.itp.ucsb.edu/online/plecture/bmonreal11/oh/31.html 日本人研究者有志によ
る和訳は http://ribf.riken.jp/~koji/jishin/zhen_zai.html )

結論は、個人的な印象と断りつつ、「最悪の場合でも影響は局所に留まり、早期避難とヨウ素が体内に取り込まれないようにすることで軽減可能」

【暫定的なまとめ】
・ 使用済み核燃料プールで燃料が溶融し,そこで原子炉臨界状態が出現するという再臨界現象はおそらくは起こらないであろう(ホウ素投入はないと安全側に仮定しても)。

・ 再臨界状態が起こるとすれば、その可能性は圧力容器内部の方が相対的に高い。ホウ素投入の効果はあるが、再臨界を抑止できると保障することはできない

・ 仮に再臨界が起きても、核爆発のように連鎖的・爆発的に広がるのではなく、せいぜいスパイク(瞬間的な臨界超過状態)を何度か繰り返す程度ではないか。

・ その場合、周辺の放射線量(中性子、ガンマ線)は東海村JCO臨界事故のように瞬間的に高くはなっても、核爆発のように甚大な爆発被害が広がることはありそうもない。

・ 再臨界の有無に拘わらず、使用済み核燃料プールでの燃料溶融や圧力容器・格納容器における水蒸気爆発によって、これまでのベント(意図的な圧力開放)をはるかに超える放射能(核分裂生成物)の外部放出の可能性は否定できない。

・ ただし、圧力容器・格納容器の大爆発ではなく、構造上の弱い箇所の破損による瞬時放出に留まると推定される。そのため、黒鉛火災が何日も続いて放射能を大量放出したチェルノブイリ事故とは異なり、瞬時的な放出に留まると推定されるため、深刻な汚染地帯はチェルノブイリ事故よりも限定的に留まるものと推定される。

・ したがって、首都圏や仙台などの大都市の避難勧告のような事態は、おそらく避けることができるものと判断できるのではないか。

・ ただし、最悪シナリオが生じた場合に放出される放射能は、これまで一時的に放出された放射能よりも桁違いに多い可能性があるため、状況の推移によっては、現状の避難範囲(避難20km、屋内退避30km)の再検討やヨウ素剤の配布計画、広範な地域で被曝を最小限に抑えるためのマニュアルの周知徹底などが必要と考える。

※本稿は、環境エネルギー政策研究所 飯田哲也所長 よりご寄稿いただいたものです。元原稿はPDFです。「最悪シナリオ」はどこまで最悪か~楽観はできないがチェルノブイリ級の破滅的事象はない見込み~(Ver.0 2011年3月20日)


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ニュースサイト『ガジェット通信』発行人。未来検索ブラジル代表。東京産業新聞社代表。ハリウッドエンターテイメントビジネス誌『Variety Japan』Senior Editor。ITベンチャー「デジタルデザイン」創業参画後、メールマガジン発行システム「まぐまぐ」を個人で開発。利用者と共につくるネットメディアとかわいいキャラクターに興味がある。好きな食べ物はシュークリーム。

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