「今この時代に漫画家を目指す人達へ」喜多野土竜×一色登希彦×スチームトム 漫画関係者ディープ座談会

今この時代に漫画家を目指す人達へ

喜多野土竜さんが「電子書籍と出版の未来」「プロレスと電子書籍」と題しおこなったTwitterでの連続投稿は、出版界の現状を知る手がかりとなるとして多くの反響を呼んだ。それを受けて今回は、さらに漫画に関する話を掘り下げるべく、元発言者の喜多野土竜さん、漫画家の一色登希彦さん、新人漫画家のスチームトムさんにメールでの座談会をおこなっていただいた。テーマは「今、この時代に漫画家を志望する人は何を考え、どこへ向かえばよいのか」というもの。座談会の進行は新人漫画家のスチームトムさんにお願いした。漫画の作られ方に興味のある人、出版の未来について興味のある人、そしてもちろんこれから漫画家を目指す人にとってヒントに溢れる必読の内容。ブックマークしてじっくり読んで欲しい。

●参加者
喜多野土竜:元編集者・漫画原作者。喜多野さんの「電子書籍と出版の未来」「プロレスと電子書籍」と題した連続ツイートがきっかけで、この座談会が実現した。
一色登希彦:漫画家。「日本沈没」「モーティヴ」「ダービージョッキー」等。
スチームトム:新人漫画家。社会人生活を続けていたが、2010年に突如仕事を辞め独立。ゼロから漫画家の道をスタートしたばかり。この座談会の発案者で進行役。

●喜多野土竜さんのTwitter連続発言をきっかけに

スチームトム:それではよろしくお願いします。喜多野土竜さんはTwitterで新人の本を置いてくれる場所や機会が、昔に比べて少なくなったということをおっしゃってました。これに関して1995年がピーク だったという話はきいたことがあるんですが、1995年以前と以後で、実際に大きく新人の数に変化があったのでしょうか?

土竜:細かな統計はないですが、むしろ新人はデビューしやすい状況ができたような気がします。また大手の場合は定期的なマンガ賞デビュー枠がありますから、そこまで増減はないはず。大手出版社のそこそこ部数がある本と、中堅どころの出版社では、事情が変わりますから。中小は安価な新人を使わざるを得ず、看板作家数名と新人という配置になりがちですね。ただ、方針は編集部ごとにまちまちなので、他社の中堅どころでは引き抜きに注力するところもあります。コミケでの新人スカウトから、即戦力のエロ系作家に声をかけたりと、方法はいろいろです。ここら辺は、スポーツのチーム編成方針と似ていて、方針があったりなかったりバラバラ。問題は、マイナー誌からのデビューは容易になっても、原稿料が上がりにくくなる点かと。佐藤秀峰先生も原稿料値上げ交渉の詳細を、自サイトで語っていらっしゃいましたが……。

一色:土竜さんと同様、数字を明確に挙げる事が出来ませんが、自分は逆に新人のデビューの困難さを感じることが多いです。雑誌の新人賞に「準入選以上は雑誌掲載確約」といった感じの謳い文句は多々ありますが、実際に「確約」を勝ち取ったという結果発表と受賞作の雑誌掲載を目にする事は稀です。トムさんのご質問「実際に変化があったのか?」には数字的根拠を自分はもたないので、その点にはお答えする事は困難である事を認めておきます。同時に、自分が(土竜さんも?)提示したい「新人の受難」の核心は、数字で表しにくい事柄だと思っています。

土竜:数字で比較するなら、新創刊と廃刊雑誌の数がひとつの指標になるかもしれませんね。厚さの違いはありますが、作品発表できる雑誌が何冊増えたか減ったかは、数字化可能。中綴じ隔週誌を2として、月刊誌を1、週刊誌を4としてカウントすれば、参考になるかな? いずれにしろ内側にいる人間の感覚的なモノですが、手詰まり感を感じてるのは事実です。

スチームトム:ツイッターで土竜さんがヤングサンデーの事もつぶやいておられたので、こちらも一つご質問させてください。これは僕がそう思っていたという話ではないのですが、ヤングサンデー休刊時、私の周りのヤングサンデーファンはとても悲しんでいましたが、それと同時に不義理な終わり方に憤りを感じていたようです。雑誌編集者は毎週買ってくれているお客たちに恩を感じているのか疑わしいと言ってました。「単行本買ってください」や「移行したから今後はこっちの雑誌買ってください」というような事を投げやりに言われても、納得できない。「我々は毎週数百円の掛け捨てファンクラブ会員ではない!」とその友人は声を荒らげていました。

土竜:元編集者の立場から言わせて頂くと「雑誌を潰したい編集はいない」という点は強調したいです。読者としては「不義理」や「投げやり」に感じても、出来うる最大限の努力はしているはず。雑誌の休刊(という名の廃刊)に立ち会うのは、やはり編集者としては辛いものですから。ここら辺は一色先生のほうが内情は見ていたと思うのですが、増刊も出して対応しました。それでもこぼれてしまう作品・作家は多いわけで、読者には承服などできないのでしょう。自分なども、外野のいち読者として『タナトス』をとても評価していたんですけれど終了。ただ、編集者もしょせんサラリーマンですから、会社の決定には逆らえない部分が、あるのですよ。たまに出版社を飛び出す編集者もいないわけではないですが、圧倒的に少数派ですから。また読者も不満は述べても、値段が倍になっても良いから買い支える人は少数派でしょう。

スチームトム:確かにそうですね。私のその友人は倍になっても買う少数派だったみたいですが。

一色:ヤングサンデーのこと、今になって醒めた言い方をするならば、どれだけ漫画家や読者が思い入れをしていたとしても、雑誌はどこまで行っても出版社の「商品」ですからね。出版社が、自身の収支が苦しいからと自社商品を生産中止にすることを、2百数十円払っていた以上に何か物申す権利は無いんですよね。ただ、掲載作品に対してそうであるように、雑誌の盛衰にワクワクしたりガッカリしたりする筋合いは有ると思っています。ひとつの雑誌を葬ってまで、その先に見せたいビジョンがあるなら、それでワクワクさせてもらいたいなと思うわけです。そのことは語って良いはず。その点において、ヤンサンの消滅とその後にはガッカリした、ということです。

土竜:小学館のフォローをしておきますと、島本和彦先生『吼えろペン』コンビニ配本版を参照してみてください。こちらの中で廃刊時の編集長が、島本先生と次の未来(新雑誌)を語るシーンがありますから。もっとも、予定は未定にして決定にあらず、というのが出版業界にはよくありますけどね。それでも、前身の少年ビックからの愛読者としては、次でもワクワクさせてもらいたいもんです。

●雑誌の合併の背景について

スチームトム:ありがとうございます。友人に「がっかり、ワクワク」するようにと伝えておきます。あと、雑誌合併についてもお話をお聞かせいただけますでしょうか。雑誌が合併する背景には、いろいろと苦渋の決断があるのでしょうが、例えが悪いかも知れませんが、あえて例えれば、スマップが解散し、その何人かは嵐に移行します、と。そういうことがあったとして、「なので明日から嵐を応援してね」と言われてもスマップファンはすんなりと応援できないと思うんですよ。合併すれば儲かるんですよと言う編集者の方もおられたとの事で、この辺りはファンの皆さんは不完全燃焼じゃないかと思います。

土竜:シナリオでもそうですが、A案とB案の良いトコ取りで合成しても、なぜか良くならない。それは作品というのが誰かの価値観によって、体系化されたものでないとダメだからです。本作りも似ていて、流行を追いかけてるだけに見えて、編集長の価値観が反映されるもの。ところが、今売れてる要素をぶち込めばヒット作になると、安易に考える人間が多いです。漫画経験がない出版社が漫画に手を出すと失敗するのも、実は似たような構造があります。人気作家を引き抜いてきて、それを並べれば売れる雑誌になる、なんてわけではないです。残念ながら、出版社の中にいても漫画雑誌を作っていても、それがわからない人もいます。合併すれば儲かるというのは、本作りを安易に考えているか、単行本の利益の話でしょう。愛読誌がなくなったら、読者は漫画を読む事自体を辞めてしまう可能性が高いと思います。

一色:まったく土竜さんのご意見に共感します。雑誌には色があるべきで、それは編集者/編集長の価値観の反映があってのものだと思います。漫画が漫画家の価値観によって体系化されて初めて物語としての生命を持つように、雑誌は編集長の価値観によって体系化されて生命を持つはずです。漫画家の中に、例えばビッグネームと言われるような「メガ漫画家」がいるとして、編集長というのはやはり「メガ編集者」だと思うんですよね。

土竜:そうなんですよね。ただ、編集者で難しいのは、平と長では求められる資質が違う点。小学館で編集長を務められた長崎尚志さんが以前ラジオ番組で語っていました。編集長とは編集の横綱かと思っていたら、なってみたら実は親方なんだと気づいた……と。小所帯の編集部ならともかく、週刊誌となるとスタッフの人数も必然的に多いですから。そうなると意見対立を調整する能力や、有無を言わせぬカリスマ性も必要です。でもそういうカリスマタイプは会社とも対立しやすく、出世しにくい傾向はあるかも。またカリスマ型を目指して自滅するタイプも多いので、いろいろと難しいところですね。

●漫画持ち込みに「傾向と対策」は必要か

スチームトム:私は新人作家として活動するに当たって、インターネットをメインで活動してます。そして時々、出版社に持ち込みをしています。でも贔屓で読んでいる漫画雑誌がないので、その雑誌に向けて描くという事ができていません。独自路線で商業を無視した漫画ばかり描いてしまうので、「これ、ウチの向けじゃないですよ」なんて軽くあしらわれたりします。まあ、女性雑誌に持ち込みしている僕が悪いんですが。私の体験はそんなものなのですが、一般的な持ち込みのコツなどありましたら、お聞かせいただけますか?

土竜:「持ち込み雑誌の傾向と対策を練れ」という意見がありますが、この考えには不賛成です。編集者はそれぞれ個性がありますから、雑誌の一般的傾向と合致した人間のほうが少数派。むしろ、雑誌の方向性とは違う作品でヒットを当てたいという、功名心にはやるもんです。また、傾向と対策と言っても、この雑誌では野球漫画が人気だから野球を書こう……とかは最悪。むしろその雑誌には、野球枠やスポーツ枠はもう埋まった可能性に思いを致さないとダメ。ただ、そういうマーケットリサーチ的発想の作品作りは行き詰まりやすい傾向があります。これは小説家の清水義範氏も、なかなかデビューできなかった理由として、挙げています。これなら審査員が喜ぶんじゃないかとか、これが今風の素材ではないかという、迎合ですね。作品というのは、作家の内側にある問題とシンクロしていないと、上滑りしてしまうのです。

一色:自分は、「傾向と対策の検証は必要」と考えます。「検証した上で、自分の描きたいモノを描く」、ということです。そうして描き上げるモノは、「検証もせずに自分の描きたいモノを描く」ときとは異なる振る舞いの作品になると思っています。土竜さんの仰るように、「この雑誌は野球漫画が人気だから野球漫画を描こうとか最悪」なのはその通りです。それは、「傾向と対策の検証」ではなく、「迎合」「おもねり」です。正しく振る舞うためには、自分の立つ舞台を知る必要がある。そのための「傾向と対策」でしょうか。

スチームトム:なるほど、「自分の本当に描きたいものを描いてデビューしろ」ということですね。そう言えば、僕も持ち込みした漫画の中には連載になっちゃったらヤダなぁ……と思いながら持って行った事もありました。

一色:「歓迎されたらヤダな」なんてことを描いた人が思っている漫画を持ってこられても、多分相手も困ります。その行き違いの悲喜劇やコミュニケーションのズレそのものも「売り」にしていくのでなければ、やはり連載になっちゃったら嬉しいと思えるものを持っていくべきでは?

スチームトム:はい、すいません……。

土竜:補足すると、傾向と対策は『自分の傾向と対策』という側面もあるのではないかと思います。孫子の兵法で『彼を知り己を知れば百戦危うからず』は有名ですが、後に続く言葉が重要。『彼を知らずして己を知れば一勝一敗』と続きますが、これをポジティブに捉えたいです。ネガティブに捉えると「勝ったり負けたり」ですが、実際の人生の勝率5割って難しいです。安部譲二先生が、ケンカに負けたことないとかいうやつには必ずケンカを売っていた、と。本当に場数を踏めば、勝率5割さえ難しいので、そういうやつは経験値が少ないだけだと。そして安部先生、そんな人間にはほとんど勝利したと。さすが元プロの格闘家で喧嘩屋。なにか、負けることを異常に恐れる時代ですが、むしろ負けて当然ぐらいに思わないと。名編集者と言われる人でも生涯打率は2割、巨匠でも4割ぐらいのヒット率でしょうから。自分の力量って贔屓目に見ますから、敵よりも見誤りやすいので己を知れというのは大事。

自分の話をしますと、編集者を辞めたとき、いろいろ思う部分があって原作者になりました。まず考えたのが、メジャーな雑誌の原作大賞は、内容が良くても年齢的に厳しい、と。自分が書けるジャンルは何で、その対象となる雑誌の絞り込みをしていく作業が始まります。まずは、自分が書きたい・書ける作品の傾向と合致する雑誌を、絞り込むのは当然。そして原作付き漫画は原稿料が高くなるので、原作者を起用している雑誌以外は候補から外す。原作者を使う雑誌の中で、作品の粒が揃っている雑誌を20誌ほど、半年間追いかける。そうすると、自分から見て疑問符がつく作品が見えてくるので、編集者の粒が見えてくる。粒が揃っていない雑誌は、持ち込んでも外れの編集者に当たる危険性があるので留保。そうやって持ち込み先を5つぐらいに絞っていく作業から始めて、デビューにこぎつけました。

プロ野球のドラフト前に、○○以外なら入団拒否って打ち出す選手が、よくいますよね? でも彼らはプロになってから、拒否なんかせず一日も早くプロになるべきだったと後悔します。プロのマンガ家志望者も、なぜ自分はジャンプなりマガジンなりにこだわるか、問い直すべきでしょう。自分が愛読していた雑誌でデビューしたいというのは、憧れとしては理解できますけども。でも、自分のポジションに若く才能ある選手がいたら、入り込むのは無理ですよね? 自分のポジションが手薄な球団を探して、チャンスを広げる努力のほうが有効ですよね? もちろん、どんなポジションでもこなせるタイプはいるでしょうけれども、それは一握り。自分が捕手をやりたいのに外野しかポジションが空いてなくて、しかも鈍足と。だったら外野に転向するより、正捕手が高齢化した球団を調べたほうがいいでしょう。もし自分に捕手としての才能以外に、多少の長打力があるなら、DHや1塁という選択肢も出てくる。そういう形で、自分に何ができて、出版社には何の空きがありそうか、大まかな対策は練れるはず。長くなってしまいましたが、一色先生がおっしゃることを自分なりに解釈するとそんな感じかなと。

●新人漫画家にとっての最善の道とは

スチームトム:講談社『MangaOpen』では、とてもユニークに作品を募集されていますし、投稿型の漫画サイトもたくさん出来てきていて、もう有名雑誌だけに載ることがメジャーかと言えばそうではないような気がします。他の新人さん達は何処に持っていけばいいのか、何が最善の道なのかわからなくなっているんじゃないかなと思います。

土竜:個人的には、島田英二郎編集長(講談社MangaOpen)の考えには賛成できない部分が山のようにありますけども(笑)。ただ、編集長というのは正しい・正しくないではなく姿勢が一貫していることが重要です。何人かの編集長の話を聞けば、それぞれが他の編集長と正反対のことを口にすることもありますので。それでも雑誌が立ちいくのは、作品作りと同じで一貫した姿勢があれば体系が生まれるから。極端な話、編集方針はコロコロ変えても、編集人としての姿勢が一貫していれば、大丈夫。「売れればなんでもいい」という姿勢も一貫してれば、それはそれで全然問題ないんです。ただ、「じゃあ何が売れるんですか?」と聞かれても、実際に出してみないと分からない。けっきょく自分が好きな物を描くしかないんですが、「好き」の認識には注意が必要です。人気作のコピー品になるのか、コピーの中にでもオリジナリティーが感じられるか、かと。

一色:トムさんの仰る通り、今、「何処に何を」「何が最善の道なのか」を自分のスキルとして身に付けにくくなっていることが、このやり取りにおいても大前提にしたい「志望者の抱える困難」かと。前提を少し崩すと、趣味で漫画を描いて発表したいなら、その機会はウェブ等の普及もあって増えていると思います。反面、多くの「漫画家に成りたい人」がイメージする、「商業漫画誌」で継続的に執筆して生活してゆくのが「漫画家」である、といったポジションに到達するためのノウハウは、口伝レベルで散逸したままの状態に近いと感じています。ただ、自分の周囲でも、「漫画家は育てられるものではなく、勝手に育つものである」という意見もありますが。

土竜:漫画家の中には、それこそ趣味の延長で仕事をしてる人もいますが、それは才能の賜物。商業誌として、自分の生業として漫画を捉える人は、やっぱり真剣度が違います。手塚治虫は赤塚不二夫に、この商売長く続けられないんだから、将来を考えろと言ったとか。たぶん手塚にとっては、漫画というのはどこか、趣味の延長だったのかもしれません。それでも圧倒的な才能があったし、そのアマチュアリズムが国産アニメ製作の突破力になった。そのアマチュアリズムが同時に、虫プロの倒産やアニメ業界の低賃金体質を産みもしました。逆に、横山光輝や藤子・F・不二雄は就職したけれど馴染めず、他に選択肢がなかった。一家を支えるために漫画家にならざるを得なかった平田弘史・ちばてつや先生も、そう。実はこういうタイプのほうが学ぶべき点は多いのですが、どうしても天才型に目が行く。結果的に、そういう努力型(もちろん才能もあった)のノウハウは、口伝レベルで散逸しかけています。編集時代に多くの漫画家に、貴重な口伝を教えてもらったので、それを形に残したいなと。それが今の仕事に繋がっているんですが、それでも墓場に持って行かれた口伝は多いでしょう。もっとも、山上たつひこ先生や小林まこと先生など、直弟子より影響を受けた作家の方が数が多い。けっきょくセンスがある人間は私淑してでも、その作家の本質を盗みとるんでしょうね。勝手に育つというのは、そういうことではないかと自分は思います。ソッチの方が多数派です。

スチームトム:しかし、その「漫画家に成りたい」という言葉も多義性を帯びていますよね。一昔前の漫画家って手塚治虫、赤塚不二夫(敬称略)のように子供に感動を与える存在だったから子供時分にあこがれの職業だった……けれども、子供の頃に深く根付いた習慣は抜けず(丁度、コカ・コーラの戦略のように)、大人も漫画を読む時代が来ると、漫画家が教師になったり、国民アイドルになったり、お笑いタレントになったり、女性にモテモテだったり……。こういった現状を考慮すると「漫画家に成りたい人」というカテゴライズ自体も広すぎて一元性がないために、活路を見出しにくくなっているのかも知れませんね。

土竜:漫才をやらない漫才師が出てきて、コントも含めて『お笑い』のカテゴリーに編入されるような? それは軸足の問題で、そういうマルチな才能を持っていたら、幅が広がるのは当然です。ただ、蛭子能収先生の映画の演技を見て感動したから、マンガ家を目指す人はいないわけで。漫画家になりたい理由が、金儲けや女にもてたいとかでも、自分は問題ないと思っています。むしろ「○○先生と同じ雑誌に載りたい!」とかいう、ただの漠然とした憧れよりも、健全です。少なくとも、目的から逆算して自分が今何をなすべきなのか、プロセスを真剣に考えますから。ただ、気をつけたいのは、そういうハングリー精神は、目的達成したら消えてしまうものです。ボクシングでも、王者になって富と名声を手にして、消えてしまった選手なんて山ほどいます。「Stay Hungry」は難しいからこそ、格言足りえるし、精神的な意味が大きいかと思います。ボクシングの具志堅用高さんは、チャンピオンになって始めてハングリー精神を知ったと語っています。チャンピオンになって手に入れた名声や富を手放したくないという気持ちから、ハングリー精神が生まれたと。才能だけでポーンとデビューしてしまえる漫画家も、そういう意味では似ているかもしれません。けっきょくは才能の話に帰着してしまって、これ読んでいる人には面白くないかもしれませんが。でも、儲かったりテレビに出ている漫画家を見て憧れても、それは単なる憧れのレベルです。サッカー選手はゴールを決めるために、長い時間をかけて地味な練習を繰り返しているわけで。

漫画家も、ひたすら地味な作業の繰り返しですから、そこに耐えられる人間でないとダメ。そこに耐えられるのは、やっぱり好きだからですね。好きじゃないと、とても耐えられない。そこが耐えられなくて文化人になりたがる人もいるかも知れませんが、それって漫画家かな? 漫画家のカテゴライズが広がったように見えても、創作の一点において峻別は可能です。むしろそこで惑わされている人は、真剣に漫画を描いていない投稿者じゃないかなぁ。例えば、鳥山明先生がデビューしてから年間500枚のボツ原稿を描いたという逸話がありますよね。でも、職業としての漫画家を考えたら、月刊連載一本の漫画家でも、それぐらいは描きます。月40ページでも年間480枚、週刊連載なら900枚から1000枚がスタンダードですからね。アシスタントの有無や金にならないボツ原稿を描き続けたモチベーションの凄さは別として。原稿料がページ1万円の漫画家でも、年間480枚ではアシスタント料を払ったらいくらも残らない。退職金があるサラリーマンと違い、明日の保証もないフリーは同世代の2倍稼いでようやく互角。こんな話は漫画の入門書では教えてくれませんが、けっこう大切な視点だと思いますよ。

スチームトム:「漫画家」に成りたい人はとにかく地味な作業と繰り返しの作業に耐えうる才能が必要という事ですね。やはりまんが道はこれに尽きるんですね。でも漫画家以外の文化人を目指す漫画家についても、いつかお話をお伺いたいものです(笑)。

●天才の成功話は「危険」

スチームトム:土竜さん、一色さんは新人作家達は、どのようにして何を信じて描いていくのが最善だと考えますか?少年誌を目指すなら大手雑誌連載を目指し、例えばジャンプ連載を目指すならジャンプ作家のアシスタントになり……という従来の方法が今も最善だと思われますか?

土竜:才能ある作家のほとんどは、自分の好きなモノ描いて、サクッとデビューしちゃいますね。自分がデビューに関わった漫画家も、だいたいが投稿3作目以内にデビューしてますから。志望者には残酷な話ですが、才能がある・ないの二者択一しかない世界だと思っています。なので毎週何百も投稿作があり、誰が見ても才能あってデビューした人間の体験談は危険。長島茂雄さんと同じで、なぜ自分がそれをこなせるのか、自分自身も分かっていないから。努力型と思われる王貞治さんも、なぜ自分の打球が伸びるか分からないと、明言してます。ただ本当の努力型の作家さんもいますから、そこを見抜き師事する眼力もまた、才能かと。立川談志師は、自分が好きな落語家よりも、本寸法の芸が確かな柳家小さん師に弟子入り。三遊亭圓丈師は新作落語をやるため、古典の権化の圓生師に弟子入りし基礎を学びました。

一色:自分が、体系化されるべきと考える「漫画家になるスキル」も、この「努力型」の人に向けて有効であるものが構築できないか、という思いです。

土竜:自分に何が欠けているかを冷静に判断する力と、それを指導できそうな作家を見抜くこと。とは言ってもその作家が天然で上手いのか、努力で上手くなったか見抜くのは難しいです。自分の尊敬するある漫画家は、世間的には知名度は低いのですが、弟子を育てる名人でした。著名な漫画家の中でも、例えば谷村ひとし先生はかなりの育て上手なんですが、それはウィキペディアには書いてない。一色先生の師である細野不二彦先生も、高田祐三先生はじめ、多くの弟子が巣立ってます。高校時代の友人に恵まれたのもありますが、それでも画力アップの努力を重ねられたとか。もちろん数多くのアシスタントの中でも、作家として一本立ちできなかった人もいる訳で。両者を分けたのは、いったい何だったのかを考えるのも、実は重要ではないかと考えます。

一色:師である細野不二彦先生のお仕事ぶりへの、個人的な思いを少々。細野先生は、デビュー時においては土竜さんの仰る「才能ある」デビューだったと思います。しかし当時、おそろしいくらいに「才能ある」作家さんが多数デビューされていましたね。逆に、デビュー後、青年誌に軸足を移すことも含め、今に至るまでの細野不二彦さんのお仕事は、土竜さんの仰る「努力型」の極みのようでもありました。全てを書き切れませんし、自分はその一端を見聞きしただけですが、「生き残るため」「この先も続けるため」に、あらゆる「努力」をしていました。考える。資料を集める。本を読む。映画を観る。人の話を聞く。取材をする。画の描き方を変えてみる。漫画の描き方を変えてみる。必要な努力をしないことに対する「殺意」に近いものを、お手伝いさせていただいていた時は、いつでも感じていましたね。特別なことのように書いていますが、もちろん「続いている」漫画家さんは、皆さんやっていることです。そうした「努力」のスキルは、もう少しだけ言語化され体系化されても良いのでは? というのが繰り返しになりますが自分の意見です。

土竜:やっぱり、一流の人間は『過剰なエネルギー』を抱えて、推進力になっているんですねぇ……勉強になります。漫画家は大人しい人が多いですが、表面的な部分とはまったく別の、内面の熱さですね。そして継続力。何かに感化されて奮い立っても、それを持続できる人は少ないですね。でも、そういう部分はなかなか表面に出てきづらいですね。自慢気に語るものでもないですし。トキワ荘世代も鬼籍に入る方が多くなりましたし、自分らの世代が口伝の散逸を防がないと。まぁ、自分の今の仕事は、言語化・体系化にかなり近いポジションではあるのですが、力不足を痛感してます。

一色:例えば上に書いたように細野不二彦さんは、自分で自分の「マネージャー」「コーチ」「カウンセラー」でもあるように、「何人もの自分」を鍛えた、というように思います。他の作家さんも然り。理想を言えば、誰もがそれを為せば良いわけですが、現状は、例えば担当編集者がそのような「コーチング」「カウンセリング」を兼ねていることが多い。そのウェイトが大きい。その現実が表面化しないことが問題のひとつなのだと思います。不可欠なコーチやカウンセラーが、無能であったり手を抜いたり、上手くいっていたのに異動になったり、何かの拍子に感情的なもつれやその他でやり取りが上手くいかなくなってしまう事があると、「選手」の能力や成績はガタ落ちします。漫画家に「コーチ」や「カウンセラー」が必要という常識が世にないものだから、その「漫画家の変調」は漫画家ひとりのせいになってしまいます。そうした危機に、なかなか備えが出来ない。

スチームトム:一色さんの熱のある文章の起源がわかったような気がします。

土竜:この指摘はものすごく重要なポイントだと思いますね。投稿者よりも現役の人間にとって。漫画家というのは、どちらかといえば一芸入試に近い資質が求められるんですよね。それこそ、100点満点の試験で200点取ってしまうようなタイプが多いわけです。むしろ、5科目で全科目90点取るタイプは、デビューしてから行き詰まる事が多いです。小説家の酒見賢一先生が語っていましたが、伸びる作家は評価が分かれるタイプだと。例えば4段階評価で◎◯△×の場合、審査員三人が◎◎×の評価をする作家だと。全員が◯◯◯の評価タイプは、案外と伸びしろが少なく、編集部の期待と裏腹の結果になる。大きなマンガ賞で大賞や入選の栄誉に浴した漫画家より、佳作デビューが伸びる理由はここです。ただ問題は◎××のタイプ、これが難しいですし、実は漫画家の多くはこのタイプです。100点満点で200点は取れなくても、120点や140点ぐらいの才能がある人は多いんです。でも、5教科中4教科が満点でも、一教科が0点では絶対に合格できませんよね? 編集の役割は、その0点の教科を、せめて弱点にならない程度に引き上げるコーチ役。100点の壁を越えるのは才能であって、これは育てることはほとんどできません

ところが編集者は平均点の高い投稿者の、平均点をさらに上げようとしがちです。もしくは、80点平均の中の90点の科目を「良い部分を伸ばして200点にしよう」としがち。でも、人並み以下の弱点をなんとか平均点並みにするほうが、有効な場合もある。ヒット作を生むコツや人気マンガ家になる口伝は存在しませんし、あっても秘匿されます。でも、弱点を克服する方法は、かなりの数があって、一部には流通もしています。101点でもいいから100点の壁を超えた人間には、こちらのほうが有効だと思います。で、編集者はその貴重な口伝を引き出しにたくさん入れておいて、適宜新人に送る。スポーツのコーチも、選手の適性を見て、いろんなトレーニング方法を提案しますよね? 編集者もそれは同じなんですけれども、イチロー探しに躍起になっている人が多い。そりゃあ、イチロー選手みたいなタイプが投稿してきたら、編集者は楽ちんですよ(笑)。でも現実問題として、イチローはドラフト4位、プロのスカウトも実力を見誤っています。しかも、野茂英雄選手のフォームをいじらなかった仰木彬監督との出会いでブレイクしたわけで。天才は滅多にいないし、その天才も慧眼の人士がいなければ、駄馬と同じ扱いをされる。実際の作家育成では、『部分天才』や『超二流』みたいな作家を鍛えて、裾野を支える必要がある。そして残念ながら、編集者のそういう資質も、やっぱり一種の才能みたいなところがあります。

編集は編集で、これまた『部分天才』や『超二流』タイプがいるので、こちらも口伝が必要。でも、ほとんどの編集部では、先輩の背中を見て学べ・盗めという感じではないでしょうか。頻繁な人事異動で、そもそもその口伝が伝承されづらい部分もありますけども。

スチームトム:オール5をとらない人間の方が伸びる事が多いなんて、なんか嬉しいです。私も極端な生徒だったので……1か5かみたいな(笑)。いずれにしても十分な才能があったところで磨かれなければ、ただの石ですし、それを磨くという最も手っ取り早い方法は、アシスタントになる事のように思えてきてしまのですが、いかがですか?

土竜:外野の憶測ですが、望んで弟子になったアシスタントって、意外に少ないんじゃないかな。たまたま担当になった編集者に紹介された、雑誌の応募を見て応募したらはまった、とか。そういう出会いも含めて、運の占める要素って、この業界では才能以上に大事ですからね。たまたま師事した作家が、自分の欠けた部分を育てるノウハウを持っているって大事です。一般的に、絵が下手なのに生き残ってる作家って、ノウハウを持っていることが多いです。もちろん上條淳士先生のように、画力があって弟子も育つタイプもいるので、難しいですが。

中国にはダメな師の元で三年学ぶより三年かけて良師を求めよという言葉があるそうです。ただ、良師についても才能がないと伸びませんから、まず己を知ることが大事になります。常にセカンドベストを模索する姿勢がないと、才能の壁は越えられないような気がします。セカンドベストというのは、自分が勝てると思って挑んだ勝負に敗北したとき、どうするか。自分の失敗の原因と、逃げずに向きあって、解決策を模索したり別の選択肢を探すこと。保険を掛けるというというのとは、似ていますが意味合いがちょっと違うので注意してください。

スチームトム:ということは、編集者の方は漫画の出来だけでなく、「漫画家志望者がどれくらい努力できる人間なのか」という人間性も見ているという事でしょうか?

土竜:いやだって、「自分はやる気ありません」なんていう持ち込みはいないわけですから(笑)。

スチームトム:ぎくりっ(笑)。

土竜:道は険しいけれどキミは頑張れるかと聞いたら、誰だってがんばりますっていいますよ。問題は、それを継続できるかどうかですから、そこを見抜かないといけないわけです。自分の狭い経験だと前置きした上でですが、そこを見抜くためにまずプロットを出させる。条件は「ジャンルを違えて3本、形式は問わない」ですが、でもこれは実はただの前振り。出してきたものは、よほど出来が良くなければ問題点だけ指摘して、全部ボツにします。その上で「新たに3本出し直すか、ボツになった物を再チャレンジしてもいい」と言います。その再提出を3日以内で持ってくるか、持ってこないか、ほぼ二つに分かれますね。最初の3本は勢いで書けても、ボツを食らった後の3本はそうは行きませんから。投稿者というのは、だいたいが描きたいネタが限定されていて、1本か2本しかない。でも職業としての漫画家を考えた場合、稚拙でもアイデアを数多く出す必要があるので。3本は出せても、6本となるとだいたい5本目ぐらいでネタ切れを起こしがち。それに「ためにするボツ」だとしても、指摘した問題点にウソはないですからね。そこでプライドを傷つけられたとか言い出すタイプとは、長く仕事はできないです。最初のネタを手直ししてきたら、良い部分を残して手直しできるかを見ます。残酷なようですが、そこでこちらの意図を見抜けないようでは、ちょっと厳しい。たとえ見抜けなくても、何とかしようという真摯さが滲むタイプには、事情を説明します。真摯さは、ドラッカーも言うように、教えられない貴重な資質ですから。自分の場合は、最優先していたのは100点の壁を超えた部分があるかどうか。そこを踏まえた上で、生き残るためのプランニングを共に語れるかですね。いくらこちらがプランを提示しても、作家側がそれに納得できないとダメです。

また、従順に従うタイプはもっとダメです。これは孔子が2500年前に言っています。中庸がベストだけど、そういう人間は稀だから、セカンドベストは狂か狷(けん)の人だと。狂というのは過剰なエネルギーで突破する人、狷というのは狷介(けんかい)で慎重な人。編集は温厚篤実で、こちらの提案を何でもハイハイという作家を好みがちです。でも、実際は自分を持っていないタイプだと、生き残るのは難しいですね。ハイハイ言いながら、聞いたふりをするぐらいのしたたかさは必要かな……。

スチームトム:一色さんはどう思われますか?

一色:編集者は「志望者がどれくらい努力できる人間なのか」という人間性も見るべきだと思います。しかし、同時に、商業漫画を描こうとする者は、「この目の前の、編集者と名乗っている人間は、本当に自分の人生のある部分を委ねるに足る人間なのか」と検証する必要があります。その検証能力が絶対に必要なのに、鍛えられていない場合がとても多い。それはおそろしい事になります。それとは逆に、編集者が仮に新人を見る目がなくても、必ずしも会社員としての彼/彼女の将来に致命傷とはならないのかも知れない。これは、現実です。そういう現実を踏まえた上で、商業漫画家に成ろうとする人は、日々を生きる必要があるわけです。

土竜:う……元編集としては耳が痛いですね(笑)。でも、作家の側としては必要な視点です。自分の人生は自分が責任持たないと、誰も責任なんかとってくれませんから。他人に責任転嫁しても、心は晴れても現実はなにひとつ変わらないですから。作家は才能・資質がないとなれませんが、編集者は必ずしもそうではない。そういう資質があるかもしれないという推測の上で採用し、配属されていますから。敵視する必要はないですが、過剰に期待するのも危険だと、言っておきます。

スチームトム:確かに過剰に期待をしている人も見かけますよね。過剰な期待は失敗する……恋愛と一緒ですね。(したり顔)

一色:この、漫画の環境の話をするとき、いつも気を付けたいと思うのは、漫画家志望の方が、今の自身の状況を編集者や出版状況のせいにしてしまうことの片棒を担がないようにしたい……という点です。漫画家志望者はいつどんな状況であれ、最大の努力を必要とされるのは言うまでもないことです。自分の言葉や、土竜さんのお話が、志望者を「知ったかぶり」にさせてしまうことのないように願います。概論と抽象論じみた話ばかりで恐縮です。

土竜:そうですね、出版社批判とかで分かりやすい敵を作ると、なんか精神が安定する人が多い。でも、それで溜飲を下げてる人間は、今投稿作を描いてる人間には及ばないと思います。自分を哀れんだり仮想敵を憎む前に、やれることを探したり考えるほうが健全です。「ピカソの絵は複数の視点から見たパーツをひとつにまとめてる」と言われたら、理解はできる。でも、理論を理解しただけでは、ピカソの絵は描けないわけで。模写や盗作は作品ではないです。また、自分や一色先生が語ったことは、情報としてオープンになった瞬間から、陳腐化するんです。ここに書かれていないことを、自分なりに模索して新発見できなければ、生き残れない。むしろ「俺がせっかく気づいたことをオープンにしやがって、余計なまねを」とか、そう感じるぐらいの人でないと前には進めないんじゃないかなぁ。

一色:「オープンになった瞬間に陳腐化する」のは、仰る通りですね。陳腐化というのは「誰でもそんなの知っている」ということですから。むしろ、自分は(土竜さんも?)出来るだけこういったことが早く「そんなの誰でも知っているよ、何言ってるの?」と言われる事を望んで、発言しています。誰でも身に付けるべきことのあとに、創作の本当の面白さが待っているはずなので。

土竜:最後に、何人も世界チャンピオンを育てた名伯楽のエディ・タウンゼントの言葉を。チャンピオンを育てるコツを聞かれたエディさん、「ケース・バイ・ケースね」と即答。そのケースを最後に見つけるのは、やっぱり自分自身なのではないかと。

スチームトム:「ケース・バイ・ケースね」は、かっこいいセリフですね。「常にセカンドベストを模索する姿勢」「できうる最大の努力を重ねること」私もこれを肝に命じて精進したいと存じます。

とても有意義なお話ありがとうございました。


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●一色登希彦:@ishikitokihiko
●スチームトム:@steamthom

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深水英一郎(ふかみん)

深水英一郎(ふかみん)

トンチの効いた新製品が大好き。ITベンチャー「デジタルデザイン」創業参画後、メールマガジン発行システム「まぐまぐ」を個人で開発。利用者と共につくるネットメディアとかわいいキャラに興味がある。

ウェブサイト: http://getnews.jp/

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