【シェアな生活】『ガケ書房』が『Amazon』に負けない理由――『ガケ書房』山下賢二さんインタビュー(2/4)
京都の『ガケ書房』は、新刊書籍・雑誌を置く「普通の街の本屋さん」でありながら、店内には古本を売りたい人や店に場所を提供する『貸し棚』や、出店・イベントを受け付ける『もぐらスペース』など、店の一部を“シェア”する仕組みもあるユニークな書店だ。『ガケ書房』の店づくりのアイデアはどこから生まれているのか? また、ネット書店や電子書籍についてどんな風に考えているのかについて、『ガケ書房』店長・山下賢二さんにインタビューで聴いた。
※連載シリーズ『シェアな生活~共有・共感・共生がもたらす新しいライフスタイル』関連記事です。
登場人物:
山下=山下賢二(やましたけんじ)。京都市左京区北白川の書店『ガケ書房』店長。
聞き手=ガジェット通信記者・杉本恭子
●『ガケ書房』は“究極の普通の本屋”である
――『Amazon』のようなインターネット書店では「どんな本でも見つかる」イメージがありますが、リアル書店である『ガケ書房』は置ける本の点数は限られますよね。それでも『Amazon』ではなく『ガケ書房』で本を買ってしまう理由って何だと思いますか?
山下:まさに、『Amazon』を一度知っての『ガケ書房』という感じで。『Amazon』の利点は要するに在庫量ですよね。ということは、それだけ隠れている本も多いっていうことですよ。『ガケ書房』に来られたお客さんは「うっわー! 見たことない本ばっかりやぁ」とおっしゃるんですけど、実は大型店に行って時間をかけて探せば見つかる本ばかりなんです。『ガケ書房』は、時間をかけて探す手間を省いてあげているんですね。
それで、お客さんがいい意味でマジックにかかってくれはって「ああ、珍しい本がいっぱいある!」と。もちろん『Amazon』では買えない自費出版の本なども置いていますが、普通に流通している本は『Amazon』にも売っているんですよ。でも、知らないと検索できませんよね。それを僕らが提示してあげる。まさに、個人書店のやることはこういうことかなと思います。
書籍流通には、出版社、取次、本屋という仕組みがあり再販制度があるから、本屋がイニシアチブをとって注文したら「うわっ、本のセレクトショップやぁ!」って言われるんですけど、僕がやっているのはセレクトショップではなくて「究極の普通の本屋」なんです。小売りの基本に立ち返ったら、八百屋さんでも雑貨やさんでも洋服屋さんでも、自分の目で見て品物を置くのはアタリマエです。そういう意味で言えば、小売のアタリマエの業態の本屋バージョンをやっているということですよね。
――たしかに。『ヴィレッジ・バンガード』のような、サブカルっぽい本屋さんをイメージしていたので、初めて来たときは「あれ、意外と普通だな」と驚いた記憶があります。
山下:僕はみなさんに気に入られたいので(笑)。サブカルだと老若男女に喜んでもらえません。僕の理想は、オールジャンルで年齢を問わず楽しんでくれる本屋を作りたいし、町の本屋として機能していきたいというだけなんです。
●架空の版元としてスタートした『ガケ書房』
――山下さん自身のことも聴いてみたいんですけど。『ガケ書房』は何で始めたんですか?
山下:『ガケ書房』という名前は、21歳の頃に友達と作っていたアンダーグラウンドな感じの写真雑誌『ハイキーン』の架空の版元名が由来なんです。『ハイキーン』をやっているうちに、それぞれ進路が固まっていって僕は出版社の雑誌編集部に入ったのですが、編集部が解散したので印刷屋で働くようになり、その後は古本屋さんへと流れ流れていって。古本屋さんで店長を任されたとき、店の空間づくりの面白さに気づいたんです。
古本屋さんで、ずーっと自分は何が幸せなんかなと考えていると、僕は周りの人が楽しんでいる顔やリアクションを見るのが好きなんやと思って。それやったら、自分で空間を作って来る人をもてなすのが僕の幸せなんやしお店をやろうと、だんだんシフトチェンジしていきました。
――古本屋さんではなく新刊書店をオープンされたのはどうしてでしょう。
山下:古本屋さんの買い取りって、本当に要らない在庫ばかりがくるので在庫との戦いやなあと思って。新刊やったら自分で注文できる(笑)。新刊書店ってお金がかかるから、それはそれで大変やったんですけどね。
――お店のシンボルにもなっている車が突っ込んでいるデザインは?
山下:あれにはふたつ理由があって。ひとつは建築物として覚えてもらうことです。『ガケ書房』という名前じゃなくて、おばあさんでも「ああ、あの車が突っ込んでるところやなあ」と映像として覚えてもらいやすいインパクトを作りたかった。もうひとつは、この建物のガラス戸が大きかったので、防犯上の理由から塀を作ってしまったんです。ところが、塀を作ると中が見えないし閉鎖的でいかんなあと思って、車を突っ込むことで「なんやこれ!」というツッコミどころを……。
――突っ込んでいるだけに(笑)。
そうそう、いじりたくなるでしょ(笑)。あそこで、外部との第一コミュニケーションを作っているんです。年配の女性などには「怖い」と思われたりすることもあるんですけど、いざ入ってみたら「なんや、ええやんか」とプラス採点しはるんです(笑)。それで、どんどん気に入ってくれることが多いですね。良くも悪くもあそこでお客さんがふるいにかかっている感じがします。
●仕入れは「お客さんが本を選ぶのと同じこと」
――ふるいにかけられたお客さんたちもまた常連さんになっていくんでしょうね。スタッフや常連さんのアイデアからお店が作られていくのと同じように、お客さんが「本を選んで買う」ことも、お店を作っていくアイデアとして提供されているように思えてきます。
山下:ほんとにその通りです。僕は、毎日届く新刊案内で仕入れる本をチェックするんですけど、この6年間に培われたデータから「こういう感じの本はよく売れたなあ」とか「これなら売れるんじゃないか」とお客さんの顔を思い浮かべながらやっています。そこにはまったく僕の趣味は入っていないですね。
――そのデータは、山下さんの頭のなかにあるもの?
山下:そう、感覚だけです。でも、それが重要なんです。僕は仕入れる本を選びながら、お客さんが本棚からレジに持ってくるまでの工程と同じことをやっているんです。本のタイトルと著者名、出版社名くらいしかわからない新刊案内をチェックして、パソコンで調べるんですけど、発売前だとせいぜい表紙の画像と2~3行の説明しか出てきません。僕が本を仕入れるときの情報の量は、お客さんが棚を見るときとほぼ同じなんです。
だから、僕が最初に本をピックアップするときは、お客さんが棚の前に立っているときと同じ状態で、新刊案内をチェックするのはお客さんが本を手に取ったのと同じです。で、仕入れてみて届いた本を実際に見て「表紙で感じたイメージと違うなあ」と思ったら返品するんです。これは、お客さんが「ちょっと違うなあ」と本を棚に戻すのと同じことです。
お客さんが「面白い。私の思った通りやわ。買おう!」ってレジに来ることが、僕にとって「よし、棚に並べよう」と仕入れること。つまり、仕入れの時にはお客さんの第一印象と同じくらいミーハーなボーダーラインに持っていくんです。
――お客さんの代わりに本を仕入れているようなイメージですね。
山下:最初はそんな風に思っていなかったけど、結果的に「あれあれ? これはお客さんと一緒やな」と発見したんです。仕入れって、自分が書店で本をレジに持って行くまでの工程をやっているだけやなと。最初の情報量とレジに持って行くときの決定権という意味ではまったく同じことなんですよ。だから、お客さんにもお店を作ってもらっていると感じますね(つづく)。
山下賢二さんプロフィール
1972年京都生まれ。21歳の頃、友達と写真雑誌『ハイキーン』を創刊。その後、出版社の雑誌編集部勤務、古本屋店長、新刊書店勤務などを経て、2004年に『ガケ書房』をオープン。外壁にミニ・クーペが突っ込む目立つ外観と、何が起きるか分からないスリル、そしてワクワクする書籍・雑誌、CD、雑貨・洋服などの品ぞろえで、全国にファンを持つ。これからやりたいことは「『ガケ書房』が出版する本を作ること」。
ガケ書房
http://www.h7.dion.ne.jp/~gakegake/
京都市左京区北白川下別当町33
075-724-0071
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京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。
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