【シェアな生活】雑談から生まれるアイデアで作られる書店――『ガケ書房』山下賢二さんインタビュー(1/4)

ガケ書房店長 山下賢二さん


東京から京都に来る人は、口をそろえて「時間の流れがちがう」と言う。新しさを追いかけて目まぐるしく変化する東京と、変わらないもののなかに新しさを見つけようとする京都では、街のスピード感は当然違う。また、見知らぬ人との“すれちがい通信”的な関係を繰り返すのが東京であるなら、狭い町のなかでつながりあうアメーバ的な関係を重ねていくのが京都である。

モノの所有と消費が幸福の条件であると考えられ、個人の欲求を満たすことへと駆り立てていたとするならば、“シェア”は他者との関係を楽しみながら、そのなかに自分の喜びを見いだしていくことではないだろうか。他者との関係を楽しむには、リラックスしてオープンになれる“場”であるかどうかがひとつの条件になるはずだ。京都的な時間と関係性の在り方は、“シェア”的な空間や関係性を作りだす土壌があるように思う。

京都のなかでも独自のカルチャーシーンを作るエリア・左京区に、『ガケ書房』というユニークな書店がある。新刊書籍・雑誌を置く「普通の街の本屋さん」でありながら、手作り雑貨やリトル・プレスの雑誌、CDなどが並ぶ。また、店内には古本を売りたい人や店に場所を提供する『貸し棚』や、出店・イベントを受け付ける『もぐらスペース』などがあり、店の一部を“シェア”する仕組みもある。

『ガケ書房』の『貸し棚』は、本連載シリーズ『シェアな生活~共有・共感・共生がもたらす新しいライフスタイル』の第一回にお話をうかがった、東京・高円寺の『ブックシェアカフェ』の菅谷氏が店づくりの参考にしたアイデアとして挙げられたことも記憶に新しい。『ガケ書房』ではどんなふうに『貸し棚』のように“シェア”的なアイデアが生まれ、店づくりに生かされているのだろう。また、『ガケ書房』の在り方と、京都という土地ならではの風土に関わりがあるのだろうか。店長の山下賢二さんにじっくりお話を聴かせていただいた。
※連載シリーズ『シェアな生活~共有・共感・共生がもたらす新しいライフスタイル』関連記事です。

登場人物:
山下=山下賢二(やましたけんじ)。京都市左京区北白川の書店『ガケ書房』店長。
聞き手=ガジェット通信記者・杉本恭子

山下賢二さんプロフィール
1972年京都生まれ。21歳の頃、友達と写真雑誌『ハイキーン』を創刊。その後、出版社の雑誌編集部勤務、古本屋店長、新刊書店勤務などを経て、2004年に『ガケ書房』をオープン。外壁にミニ・クーペが突っ込む目立つ外観と、何が起きるか分からないスリル、そしてワクワクする書籍・雑誌、CD、雑貨・洋服などの品ぞろえで、全国にファンを持つ。これからやりたいことは「『ガケ書房』が出版する本を作ること」。

●店内に25の“古本棚”が存在する

――『ガケ書房』は書店でありながら、書籍だけでなくCDや雑貨・洋服まで幅広く取り扱っておられますね。この品ぞろえは開店当初からですか?

山下:最初は、本とCDと手作り雑貨という3本柱だったんですけど、お店に出入りする人たちと雑談していくなかで、いろんなアイデアが生まれてきたんです。たとえば、「古本を置かせてくれ」と言う人が現れて『貸し棚』ができたり、「ライブをさせてくれ」という人が現れてライブをやったり、「自分の本棚をプロデュースさせてくれ」「庭を作らせてくれ」とか。僕も、そういうのをすごく面白がるので、どんどん定着していって『ガケ書房』の新たな側面を作っていっているという感じですね。

ガケ書房 古本の貸し棚

――じゃあ、今やお店の真ん中にかなりのスペースを占めている『貸し棚』も最初はお客さんのアイデアからスタートしたんですか?

山下:そうです。近くに住んでいらっしゃる古本ライターの山本善行さんがいきなり「よかったらここで本を売らせてほしい」と。古本は一期一会的なところがあってすごく魅力的なアイテムだし。絶版本を安い値段で置くことができれば、新刊書籍にはない奥行きが出るんじゃないかと思って「ぜひお願いします」と始まりました。それが、どんどん拡大して約25くらい出店するコーナーになったんです。

――『貸し棚』は絶版本限定なんですね。

山下:基本は絶版本です。新刊書店に流通している書籍を置いてしまったら、本当にセカンドセールになってしまうので。

――『貸し棚』の仕組みについて教えてください。

山下:棚代はまったくなくて、売上の30%を手数料としていただいています。本が売れなかったら棚の内容を入れ替えてもらったり、場合によっては辞めてもらうこともありますよ。

――出店者には古書店も個人もいらっしゃるようですね。

山下:両方ですね。出店希望者は多いですし、遠隔地からも送ってくださる方もいらっしゃいます。ただ、誰でもいいわけではなくて、絶版本で『ガケ書房』のお客さまのラインに合う品ぞろえで、自分の味が出せる人が希望です。

『ガケ書房』の貸し棚。全国の古書店・個人からの出店数は25!

――かなり大きなコーナーですが、あのスペースに新刊書籍を並べるのと同じくらいの売り上げはありますか?

山下:『貸し棚』の古本はけっこう売れているんですよ。マージンも古本のほうがいいですし。

――じゃあ、お店にとっても困らないコーナーなんですね。

山下:困らないですね。今は、ガイド本やかわいい本を“見る”人は増えているんですけども、小説やエッセイ、評論集のような本を“読む”人は減っています。“読む”本を揃えたくても、新刊は委託と言いながらも仕入れたら請求が発生するので、売れなかったら入れ替えをしなければいけません。その点、古本は請求が発生しないからいつまでも置いていられるんですよ。売れていくものはちゃんと売れて行くし入れ替えもできる。

それに、みなさんは僕のキャパシティを超えたところにある本を持ってくるんです。それぞれの人生のなかでの一冊を。みなさんの人生は僕の人生とは違うし、僕の知っていること以外のことを知っているわけですから、在庫に奥行きが出ていいですね。

――つまり、“読む”本のニーズに『貸し棚』で応えているということですよね。

山下:そうです。“読む”本の新刊については、短編集やアンソロジーなど入り口になるものを中心に置いています。いきなり長編でガッツリという本は置いてもなかなか売れないし、外国文学なんかは特に売り方が難しくて。ただ、入り口になる本とはいえ、何か商品にスリルがあるものを選んで場を作っています。

●“みんなで作る本屋さん”になったワケ

――ところで、入り口脇にある『もぐらスペース』も、やはり誰かが「使わせてほしい」と言ってこられたんですか?

山下:『もぐらスペース』については、僕たちスタッフ間の雑談で「もったいないなあ」ということになって「じゃあ、何かやってもらおうか」という会話のキャッチボールからです。

ガケ書房 手作り雑貨の棚の下にも古本がある

――なにかと雑談がアイデアの素になっているようですね。

山下:そうですね。もしくは、熱い思いを持ってくる人がいて、それをいかに僕が面白がるかっていうところですね。僕、最初は本当に一人でやっていたんですけど、すぐに自分のキャパシティの限界を知ってしまいました。一人で頑固にやっていたら半年くらいでつぶれていたかもしれない。

オープンしてすぐにお客さんがつくわけでもなく、売り上げも全然悪かったし。始める前ってね、テンションが上がっていて良いように考えようとするんですけどね、実際に自分で旗を立ててみたら世間の風は本当に強くって。簡単に、ふわっと飛ばされるんですよ。それで僕、「始めてしまったけど家族もいるしどうしよう?」って鬱っぽくなってしまって。その時も、やっぱり友達が近所にチラシを配ったりして助けてくれて、がんばっているお店があるとかいろんな話を聴いてきてくれたんです。「店主の顔を出しながら横のつながりを大事にしていかなあかんよ」と教えてもらって、発想を転換しまして「どうも!」って急に愛想も良くなってね(笑)。

それでまあ、スタッフを入れていろんな人と一緒に店を作って行こうと思いました。スタッフも僕の持っていないものを持っているので、すごくいい感じにお店のなかをマイルドにしてくれて。どんどん、どんどん相乗効果でいろんな人たちが店を作っていってくれました。

――みんなで作る本屋さん、なんですね。

山下:ほんとにそうです。ほんとにね。

――「みんなで作る」とはいえ、初めての自分のお店だし「絶対こういう店にしたいんだ」というようなこだわりはなかったんですか?

山下:僕のこだわりは表に出さないんです。いろんな人たちの「やりたい」気持ちをまず聞いて、アレンジして僕が仕上げていく感じですね。僕はあまり「ノー」とは言いませんが、「イエス」の場合でも受け取ったそのままではなくて、いったん口にいれて「もぐもぐもぐ」とやって別のものにして「出す」感じです(笑)。「あ、この人は僕のやりたいままをやってくれはるわ」と思ったらそのまま置くんですけど、結果が出なければ僕が改良することもあります。もしかしたら、そこに僕のこだわりが入るかもしれませんが。

ガケ書房 壁には手書き(?)フリペも

――「これは『ガケ書房』ではちょっと……」という話が来ることは?

山下:最近はそういうこともあるんですけど、必ず「何か違うものができたら持ってきてくださいね」とか、「今回はうちのテイストに合わないけど、こういうテイストで作れるならまた作ってくださいね」とか言いますね。

――『ガケ書房』に合う/合わないという基準は何でしょうか。

山下:すごく抽象的な基準なんですけども、言葉にするとしたら「ロマンティックとユーモアが同居しているもん」です。どちらかが欠けていても過剰でもダメです。すごくいいバランスで両者が共存しているものが、すごく『ガケ書房』的なんじゃないかと思って。それは、書籍や雑誌を選ぶときも同じですね。

――そのキーワードはどうして見つけられたんですか?

山下:僕は、基本的にお客さんのニーズに合わせて品ぞろえをしているんですけど、うちの店で売れるものはこういうものだと気づいていったんです。ちょっとユーモアがあって、でも面白いだけじゃだめで、なにかこうキュンとする。女子で言うならほんとにロマンティックで、男子ならちょっとレトロ的なものとかそういう意味でロマンティック。単純にロマンティックなものではなく、ちょっとウィットに富んでいて発想の転換を促すような物を、みなさんは『ガケ書房』に探しに来ているんじゃないかと思うんです(つづく)。
 
ガケ書房
http://www.h7.dion.ne.jp/~gakegake/
京都市左京区北白川下別当町33
075-724-0071
 
 

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Kyoko Sugimoto

京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。

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