実在する『ベスト・キッド』“ミヤギ道”こと剛柔流空手道でゼロ距離パンチを体験!あの映画の「ワックスがけ」訓練は実在してるんだよ

1984年に公開された映画『ベスト・キッド』と言えば、世界中で大ヒットを記録した名作シリーズの第一弾でした。
いじめられっ子の高校生ダニエル(ラルフ・マッチオ)が、空手の達人ミスター・ミヤギ(ノリユキ・パット・モリタ)と出会い、独特の修行方法で成長していく子弟のストーリーに胸を熱くした人は少なくないはず。
続編やリメイク版、スピンオフドラマ「コブラ会」のストリーム配信など、オリジナルの公開から40年経った今でも愛され続けているシリーズです。
そんな人気シリーズの最新作『ベスト・キッド:レジェンズ』が全国の映画館で絶賛公開中です。今回は、『ベスト・キッド』と実在のモデルについて迫ってみたいと思います。

“ミヤギ先生”は実在した
映画『ベスト・キッド』シリーズを語るうえで絶対に外せないのが、ミスター・ミヤギことミヤギ先生でしょう。このミヤギ先生、実は実在した人物なのです。
宮城長順(みやぎちょうじゅん)という沖縄県出身の空手家がモデルであり、「ミヤギ道カラテ」の元になっているのも「剛柔流」という実在する空手の流派なのです。

剛柔流の流祖である宮城長順氏は1888年に生まれ、中国で武術の修業を積みながら、独自の呼吸法をミックスさせた空手道初の流派・剛柔流を創設します。

今回はその剛柔流の山口剛史(やまぐちごうし)最高師範と赤尾武俊師範に直接お話を伺うことができました。
山口剛史(やまぐちごうし)会長/最高師範
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(一社)全日本空手道剛柔会および国際空手道剛柔会・会長/最高師範
日本全本土における剛柔流の普及を任命され、全日本空手道剛柔会を設立した山口剛玄の三男。その遺志を継ぎ1990年に第2代会長に就任。
宗家として国内外での剛柔流空手道の普及・発展に努める。82歳。
(取材時)
──そもそも、剛柔流というのはどういう流派なのですか。
山口剛史会長:剛柔流は伝統空手四大流派のひとつなんです。空手(唐手)はもともと中国から来た拳法が沖縄に伝わり、独自に発展したと考えられています。沖縄でも、地域によって発展が異なり、大きくは那覇で発展した那覇手、首里の首里手、泊で発展した泊手などに分類されます。私たちの宮城先生は那覇に生まれて那覇で育ったので那覇手からスタートし、それが剛柔流に受け継がれています。

──そういえば初代『ベスト・キッド』でも、ミスター・ミヤギが住んでいたのは沖縄でした。「剛柔」という言葉にはどんな意味が込められているのですか?
山口会長:「剛柔」というのは、「武備志」という昔の教本の中にあった「法は剛柔を呑吐(どんと)す」という言葉(哲学的概念)から来ています。剛と柔は“陰陽”や“裏表”といった、強さと柔らかさのバランスを大切にする意味合いもあるんです。
具体的には円の動きと直線の動きなんかもそうですね。直線の中に円の動きもあり、相手の力を逆利用して相手の力をとらえたり。
あの「ワックスオン、ワックスオフ」は実在
──それじゃあ、もしかして『ベスト・キッド』に出てきた「ワックスがけ」も円の動きですか?
山口会長:そうですね。ワックスをかけてふき取って、息を吐いて吸う。ペンキ塗りの動作もそうですが、手首とひじの使い方がちゃんと(基本動作としての)特徴を捉えているな、と思いました。演出とはいえ、映画の中でワックスがけなどの動作を表現したのは大変画期的な練習法ですね。実際に取り入れている道場もあるんじゃないでしょうか。
──「ワックスオン、ワックスオフ」って小学校のときに良く真似したんですが、あれはエンタメのためだけの脚色じゃなく、実は基本に即した動作だったんですね……!?
山口会長:すごく研究されてると思いますよ。ちなみに空手の基本的な動きとして、肩甲骨を開いたり閉じたるする動きや、骨盤を動かす動作があります。これらは(前述の那覇手では)舟を漕ぐときの動作が元になっていると言われていますね。地方によってはそれが馬の手綱を取る動作だったりしますが、基本は一緒です。
円の動きというのは、相手の力を逆利用できるので、非常に短い距離で破壊力を出すこともできますよ。
──『ベスト・キッド』最新作でも、至近距離からものすごい力を出す技(1インチパンチ)がありました! じゃあ、あの技も実在するんですか。
山口会長:ありますよ。剛の力だけでなく、意外と柔の力というのは強いんです。宮城先生は空手の中でも呼吸というものをひときわ重要視していました。
呼吸って、生きていくうえで最も大事な作業のひとつですよね。生きるうえでは心臓を動かしたり体温を保ったりといったことも重要ですが、我々が自分の意志でコントロールできるのは呼吸、つまり肺なんですよね。肺は自分の意思でコントロールできますが、心臓はできませんよね。剛柔流では、この呼吸の中でも「武術呼吸」というものを大切にしています。
赤尾師範:後で体験してみてください。
──は、はい!
すごく温厚そうで、凄腕の空手使いといった怖さはみじんも感じさせない山口会長。しかしこの後、驚愕の体験が待ち構えていました。
本当に中国に渡っていた“ミヤギ先生”
赤尾師範:流祖である宮城先生は20代のころ、単身中国に渡っておられますね。明治の終わりか大正時代くらいに。
山口会長:2~3回、行っておられますね。
赤尾師範:その時代に中国に一人で修行に行くってすごいことですよね。それで厳しい修行を終えて白鶴拳などを体得して、気功などの呼吸などをミックスして剛柔流が生まれています。
当時、修行をするため中国へ渡った宮城先生。実は最新作『ベスト・キッド:レジェンズ』でも、ミヤギ先生の先祖が中国に渡った際に、ミスター・ハン(ジャッキー・チェン)の先祖と出会い、それ以来代々交流を重ねてきたというストーリーになっています。つまり、本作にも宮城先生のバックグラウンドが劇中エピソードとして反映されているのです。

あの鶴の構えは中国の「白鶴拳」由来
──初代『ベスト・キッド』で印象的なシーンと言えば、ダニエルが体得した「鶴の構え」からの二段蹴りでした。あれも実在するのですか?
山口会長:ええ、ありますよ。剛柔流には“猫足”という立ち方があるのですが、あれは鷺足(さぎあし)という立ち方の変形なんですよ。猫足と鷺脚、違う動物なんですが、元はやっぱり鳥の立ち方から来ているんです。映画の中でもミヤギ先生は猫足を使っておられますね。
赤尾師範:初代『ベスト・キッド』の作中で、確認いたしました(笑)。
山口会長:あの映画は剛柔流を実際によく存じている方が演出されたんでしょうね。そうじゃなければあそこまで要素として出てこないと思いました。


白鶴拳の伝承として、屋根の上に留まっていた鶴が驚いたのか、何かの拍子に急に飛び立つ際、その羽根の風圧で屋根の瓦がバラバラと落ちてしまうくらいの衝撃を生み出したというものがあるそうです。
また、鶴が魚を捕るときの動作。静止している状態から、次の瞬間にはそのくちばしが魚をとらえているほどの速さも由来のひとつ。優雅な反面、その裏には速さや強さを秘めているのです。
求愛行動である鶴の舞にみられる優雅な動きや、前述の静と動、力強さを武術に取り入れたのが白鶴拳なのだそうです。
極意「戦わないために鍛える」
──剛柔流の極意ってなんでしょうか。
山口会長:最終的には、「無事の哲学」ですね。『ベスト・キッド』の映画の中でも言っていたと思いますが、戦うのが目的じゃなく、戦わないことだ、というメッセージです。
宮城先生も、「人に打たれても駄目だし、打っても駄目。何事もないことが一番いいんです」ということをおっしゃられていました。ただ、これは、それだけ強くならないと言えないんです。弱い人が言うだけでは対処することも出来ず、逃げ回ることになってしまう。問題が起きたら逃げるのではなく、解決できるということも重要です。
「無事のために、何かできる」──我々は、技術以上にこれを極意として大事にしています。

──その考え方が基本にあってこそ、成立しているのですね……。
山口会長:はい。空手道、武道というのは、技術である「武」の部分と、精神的な部分である「道」の部分で構成されています。武と道のバランスが重要だと思っています。空手道も、テクニックの「空手」の部分だけだと、競技種目でしかない。技術の部分ですね。宮城先生の唱えておられた「道」の部分が備わって、初めて空手道、武道となります。
もし武道って何ですか、と聞かれたら私は「自分を見つめる道」だと答えますね。
自分を知ること。自分を知らないのが一番、困ったことになる。だから己を知る、自分を見つめるのが武道だ、という風に私は感じていますね。
1インチパンチを体感! 「抜き」の極意で感じたことのない衝撃

では、ここから実際に体験してみたいと思います。
道衣に着替えて、山口会長から剛柔流の一部を教えていただきます。
なお、オサダ記者の黒帯は、今回の撮影用にお借りしているものです。
おそれおおい。
山口会長:では、お腹を(拳で)突くときをやりましょう。こうして力で突いても、(腹筋なんかが)強い人は耐えられちゃう。こうして……力を入れながらギュッと押しても相手はこらえるじゃない?

──(お腹を力で突かれつつも、なんとか耐えるオサダ記者)え、ええ。
山口会長:でも、力を抜く突きをやってみますよ。こうやってね、(押し当てながら)力をここで“抜く”と(フッと、力が抜けたと同時に、お腹に衝撃が走る!)



──!!!(あまりの衝撃に声が出ないオサダ記者)
山口会長:力、結構伝わるんです。今、突いてないです。“抜いた”だけ。抜いた突きも強いんです。強い力じゃなく、上から、フッと。


──ウッ!(再び、腹部に衝撃を受けるオサダ記者)
山口会長:こういう突きを、剛柔は大事にしています。結構押し込まれるでしょ? そういう練習も“柔”の中にはあるんです。
──ハイ。(衝撃の余韻に耐えつつ答えるオサダ記者)

山口会長:人間、歩くっていう動作も(力を入れてから)力を抜いたときに前に踏み出せるんです。同じように、力を“抜く”のをパワーにする。力を抜いて(前に)入れる、というのが“柔”の技です。『ベスト・キッド』のミヤギ道も同じことをやっているんでしょうね。
衝撃でした。
腹筋をつけて力を入れていれば、直線的な突きがある程度耐えられることは経験上知っていましたが、“抜き”の突きを受けた時には、何が起きたのかよくわかりませんでした。ほぼゼロ距離から放たれたのは、内臓に直接響くような衝撃です。『ベスト・キッド レジェンズ』でも登場した「1インチパンチ」は確かに実在していました。![]()
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取材終了の帰り際、「“抜き”の突きは本当に衝撃でした。びっくりしました……」と感想を述べたところ、傍らでご覧になっていた山口会長の奥様が笑顔でサラリと恐ろしいことをおっしゃいました。
「相当、軽くやっていますよ(笑)。まともにやったら、本当、大変なことになりますので(笑)」
82歳の肉体から発せられるパワーとは、到底思えませんでした。会長すごい……。剛柔流、すごい……。驚愕でした。
▼“吹っ飛ばされる”ショート動画▼
https://youtu.be/L4WfgXWp4jA
▼完全版 Youtube動画▼
https://youtu.be/ywsYEOH4CLM
宮城流祖の「空手道」を現在まで実際に受け継いでいる剛柔流
『ベスト・キッド』のエピソードに出てくる動きや技は、かなりの度合いで宮城先生の作った剛柔流に即しているのだということを、今回の取材で学ぶことができました。
そして何より、(失礼ながら)好々爺といった印象で武術とは縁遠い第一印象だった山口会長が繰り出す一つ一つの技は、的確で重く速く、野生の動物のようなしなやかさがありました。
もちろん、完全に手加減してくれているのに、全てが致命傷につながるような怖さです。よく研がれた刃物が、眼前に迫っている感じ、とでも言いましょうか……。

ミヤギ先生がスクリーンから出てきたら、おそらく山口会長のような柔らかくも鋭い雰囲気だったのだろうな、とこれを書いている今でも思います。

そして、今なら断言できます。『ベスト・キッド:レジェンズ』には、作りものではない本物の空手があります。間違いありません。リアルな極上のエンタメを、スクリーンで味わってください。
『ベスト・キッド:レジェンズ』絶賛上映中

・監督:ジョナサン・エントウィッスル(「このサイテーな世界の終わり」)
・脚本:ロブ・ライバー(『ピーターラビット』)
・製作:カレン・ローゼンフェルト(『プラダを着た悪魔』)
・エグゼクティブ・プロデューサー:ジェニー・ヒンキー(『ブレア・ウィッチ』)、ラルフ・マッチオ(『ベスト・キッド』「コブラ会」)
・出演:ジャッキー・チェン(『ベスト・キッド』 (2010))、ラルフ・マッチオ(『ベスト・キッド』(1984))、ベン・ウォン(「アメリカン・ボーン・チャイニーズ 僕らの西遊記」)、ジョシュア・ジャクソン(『オーシャンズ11』)、セイディ・スタンリー、ミンナ・ウェン(「ボバ・フェット/The Book of Boba Fett」)
公式サイト:https://www.bestkid-legends.jp/
X:https://x.com/SonyPicsEiga [リンク]

STORY
最愛の兄を亡くし、戦うことを封印した。
その悲しみから救ってくれた大切な人のために――もう一度、戦う。
17歳の高校生リーは北京でハン師匠からカンフーの指導を受けていたが、最愛の兄を襲った不幸な出来事の後、母親と共にNYに移住。悲しみから抜け出せず、戦うことを封印したリーに手を差し伸べたのは、クラスメイトのミア。唯一心を許せるミアとの友情を育んでいた矢先、ミアの昔の恋人で、NYの格闘トーナメントを制する絶対王者のコナーに恨みをかってしまい、ミアも家族も巻き込む大きなトラブルを招いてしまう。大切な人を守るために再び戦うことを決意するリー。彼に力を貸すのはカンフーの師匠ハンと空手の達人ダニエル。戦い方も哲学も異なる2人のレジェンドから格闘スタイルを学んだリーは、新たな極みに達した〈真のファイター〉として、究極の格闘大会に挑む。

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