軌道エレベーターをめぐる複雑な情報戦〜デュナ『カウンターウェイト』
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デュナは1990年代より活躍をつづけ、いまでは韓国SFを代表する作家と目されている。個人情報をいっさい公表しない覆面作家だ。
本書は2021年に発表されたアクションSFで、東アジアの島国パトゥサンが舞台。パトゥサンは貧しい土地だったが、十五年前に巨大多国籍企業LKがここを軌道エレベーターの建造地に選んだことで、産業も生活も文化も一変した。世界中から多くのひとが集まる国際都市となり、その反面、社会に多くの歪みが生じる。LKがらみの利権をめぐる裏表の策動、形骸化する政治、マイノリティとして周縁に追いやられる元からの島民、広がる格差、止むことのないテロ……。
物語の主人公マックはLKグループの技術企業LKスペースの対外業務部長として、社外からの敵対行為や謀略に対処している。その一方で、LK内部には創業家の入り組んだ血縁事情や、それに関連するドロドロの権力争いがあり、そちらにもマックは気を配らなければならない。また、彼自身もいわくつきの経歴の持ち主らしい。
マックは社内に不審な動きを察知し、そこにチェ・ガンウという新入社員が絡んでいることを突きとめる。チェ・ガンウ本人は軌道エレベーターと蝶が大好きだという、見るからに無害そうなエンジニアだ。しかし、調べて見ると、彼にはおかしなところがあった。エンジニアとして凡庸だった彼が、どうした拍子か、最難関であるLKスペースの入社試験に合格した事実。故人であるLK前会長しか知らない情報を、ふと口にするときがあること。
チェ・ガンウの正体をめぐる謎と、軌道エレベーター建設当時の悲惨な事件とを焦点として、複雑な情報戦が動きだす。そこにかかわるプレイヤーや、LKグループ、パトゥサン政府、パトゥサン解放戦線、スパイ組織グリーンフェアリー。
物語の終盤、登場人物たちが身を張って謎の核心に迫るシークエンスで、軌道エレベーターという設定が意味を持つ。宇宙を背景としたスペクタクルは、大きな見せ場だ。
それ以上に、この物語で重要なアイデアが、〈ワーム〉と呼ばれる情報デバイスである。手術によって脳内に装備され、その用途は記憶保存・学習支援・認知症治療・遠隔監視などさまざまだ。このガジェットを絡めたサスペンス展開は、ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』やウィリアム・ギブスン「記憶屋ジョニイ」といった、往年のサイバーパンクを彷彿とさせる。
(牧眞司)
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