上野動物園でマヌルネコの高次元オーラとモフモフに包まれ、異世界へ……(辛酸なめ子)

人間界は毎日事件や災害、炎上など不穏な事象が発生していますが、猫たちの世界、猫次元は毎日平和で天上界に近いように思えます。モフモフに包まれる雲の上の世界……。そんな猫界でも最古と言われる存在がマヌルネコです。どこか崇高な存在感のマヌルネコは、思慮深そうな表情や、フワフワして丸い姿形も特徴的でファンというか信奉者も多いです。約600万年前から地球に生息している人間の大先輩で、もはや神といっても良いくらいです。

マヌルネコの赤ちゃんが上野動物園で誕生したという寿ぎのニュースが流れたのが、今年4月のこと。オス1頭、メス2頭の計3頭で、7月から2頭の赤ちゃんが公開されています(1頭は骨折で療養中)。上野はスマトラトラの赤ちゃんも5月から時間限定で公開されていて、ネコ科マニアにとってはかなり熱いスポット。SNSを見ると土日は混んでいるようなので、平日朝に向かいました。

開園してからすぐに急ぎ足で西園の小獣館へ。こちらは10時オープンだそうで少し列ができていました。会話が聞こえてきたのですが、前の女性数人はそれぞれ各地の動物園に推しマヌルがいるようです。「私はレフくん推しなんです」「この前アズちゃんを見に行きました」といった声が。一番目の地方から来た女性は、某動物園で監視カメラの映像を24時間流してほしいと職員に直談判した話をしていました。「手が動いた、口が開いた、眼が光っただけでもみんな見たいんです!と訴えたんですが、虚しく終わりました」。推し動物への尽きせぬ想いが伝わります。

そうしているうちに開館時間が来て、一同は一階のマヌルネココーナーへ流れました。広めのスペースに、お母さんとマヌルネコの赤ちゃんが2頭。

お母さんは、うちの子たちかわいいでしょう、と言いたげな誇らしい表情です。2頭のマヌルネコは元気よく走り回り、じゃれ合っていました。母マヌルはちょっと高いところから見守ったり、しつけるように子マヌルたちに寄り添ったりしていました。

赤ちゃんは時々お母さんのお腹に顔を埋めて、マネルミルクを飲んでいるようでした。2頭がお母さんのお腹の良いポジションを取り合っています。また、飲んでいる間は、猫によく見られる「ふみふみ」という動作をしているのもかわいいです。授乳しているマヌルネコは、母親の優しさと気高さを漂わせていて、思わず自分も子マヌルと一緒に顔を埋めたくなりました。子マヌルをときどきなめていて、愛情深いです。

隣のスペースにも1頭だけマヌルネコがいたので、どういう関係なのか係の人に聞くと「血縁関係はちょっとわかりません」とのこと。でも近くにいたマヌルネコマニアの女性が「埼玉の動物園にグランドマザーがいて、赤ちゃんはその猫のひ孫で、この子は孫です」と教えてくれました。それぞれの名前も把握していて、ネコ科マニア界隈の情報量に驚かされます。

ちなみにそのあとスマトラトラのコーナーに行ったら、そこにはまた別のトラマニアの方々がいて、炎天下に2時間いるとか話していました。動物園に年パスで通うネコ科マニアは、毎日広い園内を歩き回ったり、立ちっ放しで推しの姿を眺めたり、適度な運動で体が鍛えられそうです。

「池の水が流れていないからぬるくなってる」とか素人は気付かない指摘もしていて、動物たちが快適に過ごしてほしいという思いが伝わります。

マヌルネコが繰り広げる、あらゆるかわいい動作を眺め続けて、時々後列から見て場所を譲りながらも気付いたら数十分経っていました。双子パンダのコーナーのように時間で区切られていないので、思う存分マヌルネコのかわいさを吸収できます。

ただずっと前列を占有するとひんしゅくなので、最前列で良い写真が撮れたら後ろの方から見るのがおすすめです。やはりガラスで仕切られているので撮影の時はピントを合わせるのが難しく、蛍光灯の写り込みも気になります。マニアは写り込みを防ぐため、暗い色の服を着るのが暗黙のルールになっています。

マヌルネコを眺めていたら、ちょっとしたアクシデントが。天井に近いキャットウォークで、気付いたら母猫が子マヌルの首をくわえてぶら下がった状態に。「あれ? もしかしてこのまま落ちる流れ?」と、きょとんとした子マヌルは、そのまま落下。でも猫なので無事に着地し、そのあとも元気に走っていてホッとしました。

マヌルネコたちの世界に起きるささやかな事件。こんな穏やかで優しい世界線で生きてみたいです。しばらく猫次元に没入して現実逃避できました。

(イラスト・文:辛酸なめ子)

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