高齢化進む築50年超の団地が大学サッカー部寮になった! 芋煮会や大掃除など、学生と高齢者が支えあう竹山団地 神奈川県横浜市
神奈川県横浜市緑区にある竹山団地。神奈川県住宅供給公社が1960年代に開発した約45haの大規模団地です。築50年を超えた約2800戸を有する建物は、日本の高度経済成長期に建てられたほかの団地と同様に老朽化と高齢化の問題を抱えています。
そこで2020年に竹山団地を所有する神奈川県住宅供給公社は、神奈川大学と「連携・協力に関する協定書」を締結。「学生たちに共同生活や地域貢献を通じて課題解決型の教育を実践したい」と考える神奈川大学と、保有資産やこれまでのノウハウを活かして団地活性化に取り組みたい公社のニーズが一致したのです。大学のサッカー部員が団地の空室に住んで、防災訓練や地域のイベントに参加したり、学生食堂を兼ねるカフェの運営、商店街の清掃などを行ったりしています。
2023年の年末にも、大掃除とセットで芋煮会を実施する予定があると聞き、現地を取材。この取り組みの背景や、約4年間を経てつくり上げてきたもの、入居する学生たちの本音などを聞きました。
「子どもたちにマス食わせてやんべ」の声かけで始まった、大掃除と芋煮会
2023年12月のある土曜日、竹山団地の中央にある竹山中公園には、10代、20代の学生たちと一緒に談笑しながら炭火の準備をする高齢男性たちの姿が。そのひとり、竹山連合自治会の経理局長を務める星川敬博さんは、山形県出身。一昨年、寒い季節になったころにふるさとの芋煮を思い出し、神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さん(60代、大学職員)や友人たちと「学生たちに芋煮食わすか」「じゃあ、マスを焼いて食わせてやんべ」という話になったと笑います。
星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)
竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)
神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)
その日は、朝10時に星川さんたち自治会のメンバーや神奈川大学サッカー部の学生たちが集合して、自治会館周辺を大掃除。集まった人たちや学生の何人かは、自治会館の内外で里芋の皮むきや野菜を切って調理の準備をしています。そこには「ほら、ぼやっとしないで動いて」と学生たちのお尻を叩く、自治会事務局長の高橋明美さんの姿も。高橋さんは学生たちの「お母さん的存在」なのだそう。
自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)
屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)
団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)
調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)
竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)
公園にブロックを置いてつくったかまどで、手馴れた様子で火をおこす学生たち。パチパチと着火用の薪が燃え、白い煙が上がり始めると星川さんや自治会のメンバーが代わるがわる声をかけながら炭を入れて手伝います。聞けば、このような炭の火おこしは数年前から一緒に何度もやって来たのだそう。芋煮も学生たちが大きな鍋にドバドバと豪快に醤油や料理酒を入れて、味見をしながらつくり上げていきます。出来上がったマスの塩焼きと芋煮の味は大好評で、公園内には箸が止まらない学生たちと地域の人たちの笑い声が響きました。
学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)
寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)
「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)
大学のサッカー部が22部屋を学生寮として入居する竹山団地
竹山団地には、サッカー部の学生たち約60人が2DKまたは3Kの部屋に2~3人ずつに分かれて住んでいます。コーチ陣も一緒に入居する、これら22室の部屋は、高齢化によって上層階が空室になっていたものを神奈川大学が所有者である神奈川県住宅供給公社から法人契約で借り受け、学生寮として使用しているものです。エレベーターがないと高齢者には上り下りの負担が大きい上層階ですが、若い学生たちに入居してもらうことで有効活用できるようになりました。
1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
その始まりは2019年。神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さんとサッカー部の監督である大森酉三郎さんが、学生の成長を促す仕組みづくりのために、大学や神奈川県住宅供給公社に団地の空室を学生寮として使用しながら、地域の活性化に寄与する仕組みができないかと相談したことにさかのぼります。相談を受けた神奈川県住宅供給公社の水上弘二さんは、具現化できそうな場として、高齢化率が45%以上に達しながらも地域住民の自治体制が整い、公社と自治会の意思疎通が図られている竹山団地に白羽の矢を立て、社内外の調整をはじめました。
神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)
2020年5月から学生たちの入居が始まり、もうすぐ4年が経とうとしています。これまで、学生たちと地域が一緒に取り組んできたプロジェクトは枚挙に暇がありません。
自治会が主催する防災訓練や花火大会などのイベント運営、休耕地を活用した野菜づくり。団地の空き店舗をリノベーションした学生食堂の空き時間を活用し、横浜市の介護予防・生活支援事業として介護予防体操教室やコミュニティカフェを運営。ほかにも高齢者向けのスマートフォン教室や子どもたちの学習支援の先生役を学生たちが務めています。今後は国の補助を受け、新たな地域活動拠点の整備を進めていくそう。
普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)
学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)
NPOを設立して、アルバイト料を支払い。国や自治体も巻き込むプロジェクトに
これらの事業展開をスムーズにしていくため、サッカー部はNPO法人KUSCを立ち上げました。NPOの運営は、現在、監督の大森さんやコーチたちが中心となって担い、スマートフォン教室の講師や学習支援の補佐役、食堂の運営を行う学生たちには、NPOからアルバイト料が支払われます。
「ちゃんとお金を払っていくことで、活動が継続できるものになります。また、それぞれの仕事に必要な資格を取ると時給がアップする仕組みを取り入れています。学生たちも自分で時間をつくって地域活動に参加するようになりますし、アルバイト料は経済的な支えにもなります」(監督の大森さん)
神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)
さらに大森監督は「部員たちにとっての将来はサッカーだけではない」と続けます。
「サッカーはこの子たちにとってアイデンティティの中心ですが、チームの中でリーダーシップを取ることができるのはごく少数。活動の場が寮生活や地域にも広がることで、それぞれの場所や活動の中でリーダーシップを発揮する学生部員も出てきて、それがサッカーのプレーにも反映されるようになったりする。相乗効果があるだけではなく、これから先の社会や自分の人生を見据えてどう生きるか、という視点の醸成や人間的な成長につながります」(監督の大森さん)
「いいことばかりではないが、自分を知れた」学生たちの視点と本音
サッカー部の学生たちは、原付バイクで下宿である竹山団地とサッカー部の練習場であるグラウンド、大学のキャンパスを移動する毎日。団地で地域の人たちと生活をする中で、苦労していることなどがないかを聞くと、サッカー部のキャプテンである永谷陵之佑さんは「周囲の住民さんとの生活スタイルの違いには常に気をつけるようにしている」と答えます。
「隣の部屋には、一般の方が住んでいたりするので、自分たちの話し声や生活音が騒音として問題にならないかは気になるところです。高齢の方は夜早く寝たりされるので、洗濯機を回す時間を考えたり、門限がなくても、活発に動く時間は常識の範囲の中で周囲に配慮して行動するように心がけてきました」(キャプテンの永谷さん)
サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)
また、学業に部活、寮生活での慣れない家事に加え、地域活動の時間をつくるとなると、学生たちへの負担も懸念されます。サッカー部部長の佐藤さんによれば「この取り組みを始める際にも、大学内の責任者などからはその懸念を指摘された」と言います。毎日、結構大変なのでは?と副キャプテンの蓑輪実潤(みのわまひろ)さんに投げかけると率直に答えてくれました。
「正直に言えば、本当にやるべき学業やサッカーがおろそかになってしまったり、事業がどんどん拡大していく中で人手不足を感じたりと、まだまだバランスが取れていないと感じる部分もあります。いいことばかりではありませんが、活動を通して自分が『誰とやるか』を重視することに気づけたりして、自分を知ることにもつながりました」(副キャプテンの蓑輪さん)
サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)
これからも解決策を模索しながら進む、学生たちと地域の課題
神奈川県住宅供給公社の水上さんも「団地の新しい取り組みとして、多くのメディアで紹介され、全国的に評価されはじめた。一方で、どこででも簡単に横展開できるものではない」と語ります。
「竹山団地は、大森監督から話があったことに加え、自治会の星川さんや高橋さんたちのように家族として、学生たちに関わってくださる方がいるなど、偶然や必然が重なってできたデザインです。同じスキームが他の団地でできるかというと、そうは思っていません。もし他の大学や他の団地で同じような話が出てきたとしても、その地域の思いや環境、資源などを考えながらデザインしていくのでしょうね」(水上さん)
神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)
一方で、この竹山団地での取り組みが、社会問題となっている集合住宅の老朽化や高齢化へのひとつの解決策となりうる期待も込めます。
「今いる4年生たちは、この取り組みの1期生であり、1年生で入学した時から大学4年間を通して活動し続けてきました。1からモデルをつくってきた大変さがあったと思いますが、これから入ってくる子たちは、道がすでにできているところに溶け込めるか、というハードルを乗り越える必要が出てくるでしょう。一方で、住民の皆さんは1年経てば1つ歳をとります。本格的な高齢化のスピードに取り組みが追いつくことができるのか、学生たちの地域活動がどう変わっていくのか、今後も期待をしながら私たちもオーナーとしてできる限りの支援をしていきたいと思います」(水上さん)
芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)
大森監督は「いまの時代、さまざまな形の家族がある中で、学生たちは今まさに家族の経験をしている。今はわからなくても10年後、20年後にこの経験の価値を知ることになるはず」だと言います。
学生たちの将来、そして団地、言い換えれば、日本の社会が抱える課題や将来の姿を見据えて取り組まれるこのプロジェクトが、建物の老朽化や住む人の高齢化への解決策となり得るか、これからもその成長に目が離せません。
●取材協力
・神奈川大学サッカー部
・神奈川県住宅供給公社
・竹山団地 竹山連合自治会
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