財政破綻の夕張市にオープン「くるみ食堂」。空き家リノベから街も変えたい! 故郷にUターンし、住民・農家も応援
人口減少が著しい北海道夕張市の新しい未来をつくりたい。そんな想いを胸にカフェ&バル「くるみ食堂」は誕生し、昨年11月で1周年を迎えた。北海道では馴染みのある築48年の三角屋根の住宅を活用した改修は、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022」の特別賞を受賞し注目を集めた。商店が年々減っていく地域での開店に不安はなかったのか? いかに軌道に乗せていったのか? そこには強い意志と、日々の積み重ねがあった。
生まれ育ったまちに恩返しをしたい。熱い思いを胸に
夕張の中心街から車を10分ほど走らせた沼ノ沢地区の住宅街に三角屋根の家があった。外観は、看板がなければ見過ごしてしまいそうなささやかな佇まい。けれど扉を開くとそこは別世界。ブロックと漆喰の壁、そして木の肌合いが調和した、居心地のよい空間が現れた。
入り口や壁にあるドライフラワーは、開店祝いに贈られた生花を活用したものという。それは室内の装飾というよりも、心を寄せてくれた人たちのことをしっかりと記憶に留めたいという気持ちの表れではないかと思った。
「お店の名前は、みんなでつくる美味しい未(味)来という意味を込めています」(店主・寺江浩平さん)
つくるの「くる」と、みらい「み」で「くるみ」と名付けられた。
くるみ食堂の内観(撮影/久保ヒデキ)
この食堂を営むのは夕張出身の寺江浩平さんと青森出身の妻・あかねさん。おそろいのデザインの服とエプロンで迎えてくれた二人は、「お店を始めてからは喧嘩ばかり」と言いながらも互いに微笑む。穏やかでゆったりとした雰囲気をもつ二人だが、インタビューをしていくうちに熱く揺るがない信念があることに気付かされた。
沼ノ沢は農家が多いエリア。その住宅街にくるみ食堂はある(撮影/久保ヒデキ)
三角屋根の建築とともに北海道各地で見られる平屋タイプの公営住宅が、くるみ食堂の近くにあった(撮影/久保ヒデキ)
少年時代からずっと過ごしてきた沼ノ沢地区に浩平さんがカフェ&バルをつくろうと思った理由。それは幼いころからお店をつくりたいという夢があったこと、そして生まれ育ったまちに自分は何ができるのかと考えてのことだった。浩平さんが高校2年生のとき、夕張市は財政破綻。人口減少が加速し、暗いイメージがまちを覆った。
「高校を卒業し、夕張を出て生活していくなかでマイナスなニュースばかりを目にしました。大切で大好きなふるさと夕張が、このような形で世間に知られることが悔しくてたまりませんでした」(浩平さん)
札幌のホテルのレストランやイタリア料理店で修行をし、その後、知り合いを通じて、三角屋根の空き家の存在を知った。静かな住宅地にある隠れ家的な古民家カフェ&バルがここならできるのではないか。そんな構想が浮かんだという。
「所有者の方にこの家を譲ってほしいとお願いをしました。そうしたら『撤去してしまうよりも、地元に帰ってチャレンジする若い人を応援したい』と言ってくれたんですね」(浩平さん)
開店祝いの生花をドライフラワーにして飾っている(撮影/久保ヒデキ)
限られた予算でも、工夫と熱意でここまでできる!
応援してくれる人がいる一方で、将来を案じる人も少なくなかった。中心地でさえもシャッターが閉まったままの店舗は多く、そこからさらに数キロ離れた立地。心配するあまり、「気持ちはわかるけど、こんなところにお店をつくっても誰も来ないよ」と止められたことも。そんな中で祖母の言葉が支えになった。「『自分たちがやりたいと思ったら、後ろは振り返らず、真っ直ぐに進むんだよ』と言ってくれました」(浩平さん)
DIYが得意な父親が看板を制作。長く役所勤めをしていた父も惜しみない協力をしてくれたという(撮影/久保ヒデキ)
三角屋根の住宅を店舗としてどう改修していくのか。建物はコンクリートブロック造り。ブロックの構造を壁面として活かしたいと浩平さんは考えていた。ネットで事業者を調べていたところ、札幌を中心にリノベーション事業を展開する「スロウル」を知った。
スロウルは、「昔ながらの素朴さとモダンさが共存する現代の北海道らしい家」という独自のコンセプトを掲げていた。壁には安易に壁紙を貼りつけるのではなく、ブロックの質感をそのまま活かすというこだわりがあり、浩平さんのイメージと一致。しかし、住宅の1階の店舗部分と2階の住居部分、すべてのリノベーションを依頼できるほどの予算はなかった。自己資金は700万円。そこにクラウドファンディングにより200万円を調達しようと考えていた。
「CAMPFIRE」で行ったクラウドファンディング
2020年1月、クラウドファンディングを実施。サイトで浩平さんはこう訴えた。
「僕が開くお店に足を運んでいただき、夕張の魅力をたくさんの方々に知ってもらいたい、伝えたい。夕張を見つめ直すきっかけをつくりたい。それが僕にできる夕張への恩返し。僕は夕張の新しい未来をつくりに夕張へ帰ります」(クラウドファンディングの文章より)
128人の支援により202万円が集まり、目標金額を超え、この年の春から施工を開始することとなった。
スロウルの代表・平賀丈士さんは、浩平さんの思いを受け止めた。
「お店をつくることで、夕張を盛り上げたいという熱意をすごく感じました」(平賀さん)
右がスロウル代表・平賀丈士さん。施工終了後も度々ここを訪れ、くるみ食堂の活動を広く発信するための動画制作も(撮影/久保ヒデキ)
経費を抑えるために考えたのが、分離発注方式。設計プランとコンサルをスロウルが手がけ、施工は施主である浩平さんから、地元の各業者へ依頼することにした。平賀さんによると、この分離発注方式は海外では一般的だが、日本ではリノベーションを手がける工務店が各業者との窓口を一括で引き受け、建物の完成や品質を保証するというスタイルがほとんど。分離発注をする場合は、施主自らが責任をもってつくり上げるという強い意志が必要になってくるという。
内装も料理も、あらゆるところを「みんなでつくる」
実際に施工を行ったのは地元の氏家建設。小学校のころから夕張太鼓の保存会で太鼓を叩いていた浩平さん。同じ会のメンバーであり友人が、この建設会社の社長を務めていた。地元を元気にしたいという気持ちは同じ。協力体制を整え、DIYでできるところは自分たちの手で行った。お店の改修には道内各地から友人が駆けつけ、使っていない建材や厨房設備を持ち寄ってくれる人も現れた。くるみ食堂の名前に込めた「みんなでつくる美味しい未来」が徐々に形となっていった。
閉校した小学校の備品を譲り受け、自分たちでリメイク。椅子のパイプ部分にアイアン塗装を行った(撮影/久保ヒデキ)
「応援してくれる人が少しずつ増えていきました。最初は、こんなところで何かやってもうまくいかないというようなムードもありました。でも誰かが動かなければ、まち自体がなくなってしまうと思っていました」(浩平さん)
財政破綻は人々の心に暗い影を落とし、マイナス思考を呼び込むこともあったという。しかし、浩平さんの新たなお店をつくるという前向きな熱意が、徐々に人々の心を開いていった。
壁には漆喰風塗料。家族と仲間とともに指を使って塗っていった(撮影/久保ヒデキ)
天井を一部高くして開放感を出した。三角屋根の住宅は「断熱」「すきま風」「凍上」「すがもり」などの対策を検討する中で、住宅供給公社により建設が進められた北海道遺産ともいえる貴重な建物(撮影/久保ヒデキ)
2021年11月20日、くるみ食堂はオープン。「『こういうお店は今までになかったからうれしい。月に一回は必ず来るよ』と言ってくれる方がいました」(あかねさん)
地元の人たちが笑顔で集う場所が生まれた。
外壁面は既存のグラスウール断熱をそのまま活かし、2階の屋根と天井面には新たにグラスウールを施工、屋根と天井面の木造を感じられるような内断熱施工をした(撮影/久保ヒデキ)
営業を始めてから協力の輪がますます広がった。お店に足を運んでくれた近隣の農家の人々が、「これ食べてみて」と野菜を届けてくれるようになった。
「声を掛けてくれたみなさんとの繋がりを大切にしたいです。地元の食材を知ってもらいたいと、料理にも気持ちが入ります」(浩平さん)
あかねさんは、ホテルのパティシエやカナダのケーキショップで経験を積んだ。キャロットケーキはカナダで学んだレシピ。ドリンクは自家製のレモンソーダ(撮影/久保ヒデキ)
お店は順調に滑り出したが、コロナ禍の緊急事態措置がとられた期間は来店数が少なくなったという。「不安もありましたが、美味しいものを丁寧につくっていれば、きっと来てくれるんじゃないかと思っていました」(浩平さん)
その後、テレビや雑誌で取り上げられる機会があり、徐々に地元にも周知されていき、予約でいっぱいになる日も増えた。道外からやってくる人も現れるようになった。
1周年の記念メニューとして、くるみ食堂を応援してくれた農家の食材をふんだんに取り入れた「ローストビーフサンド」をつくった。地元のポテトやごぼう、ミニトマト。サンドのパンは、あかねさんのご両親が青森でつくったお米を使った米粉を素材に。お皿の上にも「みんなでつくる」というコンセプトを表すことができた。
1周年記念メニュー「くるみ食堂のローストビーフサンド」(写真提供/くるみ食堂)
地元の空き家と出合ってから3年。日々、努力を積み重ねてきた結果によって、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022」の特別賞「ローカルグッド・リノベーション賞」に輝いた。審査員の一人・雑誌『ソトコト』の指出一正編集長は、「リノベーションにDIOのマインドを重ね合わせたローカルグッドな例」と評した。DIOとはDo It Ourselvesの略で、「ほしい未来をみんなでつくる」と意訳されているという。くるみ食堂は地図上で見れば小さな点でしかないが、人口減少が進む地域にポジティブな風を起こす手立てとして、全国からも共感を集めることになった。
レジカウンターにはクッキーやパウンドケーキが並ぶ。「おすすめはありますか?」とたずねると、「すべてです(笑)」とあかねさん。どれも気持ちを込めてつくっていて優劣はつけられないのだという(撮影/久保ヒデキ)
新たな目標、自分たちが夕張の新しい魅力になること
浩平さんに夕張というまちの魅力について聞いてみた。「住んでいる人がお節介なくらい温かいことですね」。新年早々夕張は大雪に見舞われた。除雪機がなくスコップで除雪をしていたところ、ご近所さんや除雪業者の人々が手伝ってくれたという。こんなふうに、いつもみんながくるみ食堂のことを心に留めていて、いざというときは手を差し伸べている。
取材をした昨年末までは雪が少なかった夕張。正月早々大雪となり、1月2日から4日までの降雪量は90センチを超えた(撮影/久保ヒデキ)
年が明け、浩平さんはSNSでこんな発表をした。
「新たな目標は『夕張の新しい魅力になる』です!」
開店当初は夕張の魅力を自分たちが伝える立場と考えていたが、これから地元の人々が自慢できるような場所になりたい、そしてここを目的に夕張に来てもらえるようにしていきたいのだという。季節が巡り、お店が少しずつ軌道に乗り、これからは第二フェーズへと入っていくのだろう。くるみ食堂の挑戦は続いていく。まちの風景がどのように変化していくのか。その展開をずっと見守っていきたい。
●取材協力
くるみ食堂
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