アルゴリズムの支配を逃れ、なお生き延びるすべ

 2068年、グーグル(をはじめとするデジタルの覇者である巨大企業)が世界を掌握していた。日常に浸透したネットワークにより、市民のあらゆる情報は集積され、徹底した――しかし体感的にはマイルドな――常時監視社会が完成している。私たちの行為や嗜好はすべてグーグルに筒抜けだ。それが「透明性」というタイトルの意味だ。

 独裁的な全体主義とは違い、直接に弾圧されるわけでもない。また、個人情報もプライバシー侵害や思想の選別に用いられるのではなく、ただデータとしてアルゴリズムで処理される。多くのひとびとは情報を提供するかわりに、経済的報酬、広範な無料サービス、行きとどいた健康状態チェックが得られるため、むしろ喜んでこの状況を受けいれていた。国家さえもグーグルに依存しなければ立ちゆかない。もはやグーグルが法なのだ。その支配に与しないのは、信念のあるごく一部の人間だけだ。

 しかし、その状況を一挙にくつがえす計画が、周到に準備されていた。物語はその計画を首謀するひとりの人物の視点で綴られる。

 彼女はデジタルデータ活用の才覚を持ち、以前はグーグルに在籍し、めざましい成果をあげていた人物だが、現在は「エンドレス」という企業を経営している。「エンドレス」は極秘裏に、人工の身体によって不死を実現する技術を完成させていた。

 グーグルもバーチャル空間に人格を移植することでの不死性獲得の研究に着手していたが、それはまだ途上にすぎず、そもそもその恩恵を得られるのはひとにぎりのエリートだけだった。「エンドレス」の不死は、物理的身体を伴う点、適性を持ったひと全員に与えらえる点、これらにおいてグーグルとは対極だった。

「エンドレス」は、大掛かりな株式の先売りを仕組んだうえで、不死技術の完成を公表。人類史をくつがえす「不死」の実現。そのインパクトに株式市場は暴落し、先売りをおこなっていた「エンドレス」は莫大な利益を得て、グーグルさえも手中にする。

 主人公の彼女がこの途方もない計画を実行した動機には、グーグル支配がもたらす圧倒的な格差拡大(社会低層はベーシックインカムの保証はあるもののずっと低層にとどまり、富裕層はますます富を得て特権をほしいままにする)の是正と、ドミノ倒しのように進む環境破壊/気候変動への懸念があった。

「エンドレス」がおこなった荒療治に対し、ビジネス界からの反発、政治的介入の動きもあったが、「不死」という切り札がすべてをねじ伏せる。

 だが、思わぬ側からの批判もあった。主人公の夫である火山学者エルファー(彼はグーグル支配に与しない人物でもあった)が、こう言うのだ。

 

「君はもう神様扱いされているんだよ。誰よりも強く、永遠の命を与える神だ。君は、世界的に有名な新しい女神というステータスから逃れられない。そして僕は君の隣でそんなものを生きたいとは思わない。(略)僕に不幸があっても、僕を生き返らせることは禁止するよ、いいね?」

 

 物語のなかでは誰もはっきりと口にしないが、「エンドレス」が設定した「不死の適性(永遠に生きつづける価値のある人物の判定)」は、それが誰かの恣意ではなく公平なアルゴリズムによるものであるにせよ、許されることなのか? 人間がつくったアルゴリズムに人間の運命を委ねる点において、グーグルがおこなっていた常時監視と同列ではないのか?

 そうした議論をおこなう間もなく、事態は急峻に変化する。主人公が恐れたよりもずっと早く地球環境の激変が起こることが、地学的観測から判明したのだ。「エンドレス」の不死技術はそれを乗りこえられるのか? そのための道筋は?

 ここまでの物語展開はあっけないほど早い。長引く葛藤、視点の切り替え、伏線など、ストーリーを膨らませる工夫は、ほとんどない。そのぶんテーマが直截に伝わってくる。

 小説としてはいささか素朴では――との印象を受けるが、終盤でそれが大きくくつがえる。予想せぬどんでん返しが待ちうけているのだ。しかも二段階。この効果を最大限に引きだすうえで、素朴な物語展開が生きてくる。

 二段階のどんでん返しをここで明かすわけにはいかないが、単純にサプライズを狙ったものでないこと、「第一段階」と「第二段階」では、どんでん返しの質がまったく異なっていることは強調しておこう。「第一段階」はミステリでいえば「意外な真相」であり、「第二段階」は物語を超え小説構造にかかわっている。

(牧眞司)

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