『千日の瑠璃』318日目——私はトウモロコシだ。(丸山健二小説連載)
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私はトウモロコシだ。
人間用ではなく、家畜の飼料用として作られた、ばかでかいトウモロコシだ。背は高く、茎は太く、葉は広いが、しかし実のほうは貧弱で、緑色に埋もれてしまっている。それでも私に眼をつける物好きがいた。炎天下半裸になって力仕事をする身体強健な、事の本義は言葉よりも自由自在に操れる肉体にあるとする若者、彼はくたくたに疲れて土蔵の家へ帰る途中、私に気づいて、にっと笑った。
彼は畑へ飛びこんできた。待ち構えていた虫どもがどっと群がって、煩悶は多々あっても前途を憂えるまでには至っていない若者の血を吸った。虫など相手にしない彼はせっせと私をもぎ取り、激しく臭うシャツにくるむと、曲りくねった挨っぽい道へと戻った。塒へ辿り着くまでに私の皮を剥ぎ、毛をむしった。それから私は火のなかへ投げこまれ、ぱちぱちと爆ぜた。待ち切れなかった彼は、生焼けの私にかぶりつき、むしゃむしゃ食べながら、傾いたとはいえまだまだ荒くれている太陽を前にして、脂肪のかけらもない手足や胴や頭に調子のいい韻律を与えた。彼は先祖代々の系譜を踏みにじり、世に処する道を蹴とばし、醜を晒して恥と思わぬ己れを抱きしめ、ただ生きているだけでいいという意味の踊りを踊った。「おれを食うからにはモウと鳴け」と私は言ってやった。すると彼は「モウ」と鳴き、何もしなくても踊っているように見える少年に向って、私の芯を投げつけた。
(8・14・月)
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