『千日の瑠璃』315日目——私は竜だ。(丸山健二小説連載)

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私は竜だ。

まほろ町の夏祭りの主役を演じる山車の四本の立派な柱をぎゅっと締めあげて、あくまで我意を張り通す、竜だ。私は如何にも旧弊家らしい自慢の眼をかっと見開き、耳まで裂けた口からは金色の火焰と紫色の暴論を吐く。鋼の爪は偽善者と懐疑論者の不浄の魂をいつでもぐさりと突き刺せるよう鋭く尖っている。私は、あざとい人間どもの魂胆をすべて看破していることを思い知らせてやるために、熱気を帯びた町内や、顔を上気させた通行人をいちいちぐっと睨みつける。

酒なんぞどんなに呑んでみたところで、三日三晩重い山車を引き回したところで、がらがら声になるまで威勢のいい掛け声を発してみたところで、どうにもなりはしないことをはっきり悟らせるために、私は大いに凄む。依然として人々は蒙昧でありつづけ、できることなら、自堕落で放漫な生活を送り、徒事をして日を過したいものだと願っている。

かれらは深酒をやめられず、唯々諾々とした日々を延々とつづけて恬として恥じず、仕来りに身を任せ、それ以上道を踏み外すことは滅多にない。頑是ない幼童が私を見て泣いたのは、遠いむかしのことだ。近頃では、「はったりはよせ!」と私を威喝する少年さえ現われる始末だ。傲岸にもその少年は私のみならず、己れの病も認めず、己れの底無しに深い孤独も認めていない。彼はきょう、味がなくなるまで噛んだガムを私の口に詰めこんだ。
(8・11・金)

丸山健二×ガジェット通信

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