『千日の瑠璃』306日目——私は紅炎だ。(丸山健二小説連載)
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私は紅炎だ。
凄じくも美しい爆発によって高々と舞いあがり、従う惑星に多大な影響を与え、フィルター付きの望遠鏡を覗く者に畏敬の念を抱かせる、恒星の紅炎だ。私が放出するエネルギーのほんの一部は、太陽の自慢の息子である青い星に達し、そして、吊り眼で、ずんぐりとした背恰好の、心の狭い人々が誇る、悶絶中の車海老のような形の島国にも届き、そのなかの一点に過ぎない、山上湖の辺りにある、群衆の喚声や、沸騰する世論や、情勢の変化に即応した処置や、繁劇の日々といったことにはまったく無縁な田舎町へも降り注ぐ。
それから私は、腑抜け揃いのその町を見おろす三角の丘と、その丘の頂きにあっても煩累からは決して逃れられない一軒家と、その古い家で業を煮やしたり肝を冷やしたりして生きている家族と、その家族が間違っても見せびらかしたりしない少年と、その少年が愛してやまない飼い鳥のオオルリとに、ありのままでいい、そのままではいけないという背理の見解をこめた、熱い力を送りつづける。
きょうの私は、拾った望遠鏡を使って朝日を見る少年の父親に、向後は心を入れ替えると己れに誓ったり、躍起になって改善の方途を捜したりすることの愚かしさと空しさとを諭してやる。すると彼は、「ああ、何もかもが燃えているんだなあ」と小声で言い、今度は私に向って、「おれの代りにせいぜい派手に燃えてくれや」ともっと小さい声で呟く。
(8・2・水)
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