奇妙な全体主義の成立と凋落、孤独と想像力をめぐって

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奇妙な全体主義の成立と凋落、孤独と想像力をめぐって

 ケイト・ウィルヘルムの代表長篇。単行本刊行の翌年(1977年)にはヒューゴー賞とローカス賞を受賞している。1982年にサンリオSF文庫から邦訳が出たものの、ほどなく絶版。若い読者にとっては「名のみ聞く名作」となっていたので、こんかいの復刊は好企画だ。

 この作品が扱っているのは、同調圧力によって支えられた奇妙な全体主義社会である。しかし、ストレートに「ディストピア小説」だとは言いにくい。そもそも同調圧力かどうかは受けとる者しだいであって、すべての者が同調するなら、それは人間社会ではなく蜜蜂や蟻のコロニーに近い。

 はじまりは世界的な環境破壊や感染症の蔓延だった。農業・漁業がダメージを受けて食物供給が減退し、他の物資もまたたくまに不足、経済は崩壊する。この人類存亡の危機に際し、サムナー家の祖父は一族が暮らすシェナンドア川の谷に研究所を設立した。研究の眼目は人間のクローニングだ。若き生物学者デイヴィットが中心となってプロジェクトは進む。目下の課題は、クローンを繰り返すと世代が進むほどに生殖能力が低下することだ。

 それ以上に気がかりなのは、クローンによって誕生した世代が備えている奇妙な能力だ。クローンの兄弟姉妹のあいだで、近距離ならば何かに隔てられていても相手の状態を察する共感が働くのだ。つまり、彼らは本質的な孤独を知らない。

 そのため、先行する世代とのあいだに違和が生じる。ただし、世代間闘争のような事態が起きるわけではない。クローンたちが旧人種に抱くのは、恭敬と憐憫がないまぜになった感情なのだ。

 クローンのひとりウォルト1がこう言う。以下の引用のうちで、「われわれ」はクローン、「あなたがた」は旧世代である。

「ずっとむかしにあなたがたの女性のひとりがわれわれの仲間のひとりを殺したのを覚えていますか? ヒルダは自分に生き写しの子供を手にかけたのです。われわれはみなでその死をわかちあいました。そして、あなたがたがそれぞれひとりぼっちだということを実感したのです。われわれはあなたがたとは違うんですよ、デイヴィッド。(略)」

 デイヴィッドは、クローニングによって人類の種としての多様性が失われると危惧するが、ウォルト1は「そうした現象に対処できるようになるまで、子を産む力のある仲間を頼りにすることができる」と反論する。

『鳥の歌いまは絶え』は三部構成になっており、第一部がデイヴィッドを主人公とする物語だ。

 時が過ぎ、クローン世代は、妊娠可能な女性が共同体のために子を産む「繁殖員」を制度化する。恐ろしいのは、彼らにとってこれが強権的な人権制限ではなく、当然の社会システムとして受けいれられていることだ。なにしろ、繁殖員になった女性たちすら、この制度に満足している。共同体を維持するための長時間労働からの解放と、甘やかされるほど充分なケアの享受。さらに麻薬という慰めもある。

 シェナンドアの共同体は、全世界が荒廃しきったのち、人類の種をつなぐシェルターとして機能する。インフラ維持と生活必需品の確保のため、多大な努力を払わなければならないが、共同体としては安定を保っていた。しかし、そこに疑問を持つ者があらわれる。

 かつて共同体の外へ調査隊が派遣されたことがあった。そのメンバーたちは兄弟姉妹からの隔絶という、生まれてこのかた晒されたことのない感覚を知る。隊がシェナンドアへ帰還したのち、メンバーのひとりモリーは「個人」として生きることを決め、共同体から離れた場所で、ひそかに子どもを産み育てる。

 第二部はこのモリーの物語だ。モリーはほかのクローンが欠いている興味・才能を持っていた。それは絵を描くことだ。おそらく、個人であることと創作への志向はつながっている。

 そして、第三部はシェナンドアの共同体に連れ戻されたモリーの息子マークの物語だ。母が絵画の才能があったように、マークは神話的イマジネーションがあった。ほかの子どもは自分でフィクションを紡ぐことができぬため、彼の話に魅了されてしまう。マークはトリックスターであり、シェナンドアの共同体を徹底的に擾乱する。指導陣はマークの創意や知性の有益性を認めつつ、しだいに彼をもてあますようになる。

 マークは何を目ざしているのか? そして、多様性を欠いた共同体に未来はあるか?

(牧眞司)

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