『童貞。をプロデュース』強要問題の“黙殺された12年”を振り返る 加賀賢三氏インタビュー<2019年12月12日追記あり>

▲加賀賢三氏

2017年8月25日、東京・池袋シネマ・ロサで行われたドキュメンタリー映画『童貞。をプロデュース』の10周年記念上映舞台あいさつのステージ上で、ある事件が起こった。同作に「童貞1号」として出演した加賀賢三氏が、劇中で「同意なしにAV女優に口淫される」という性行為の強要があったと訴えたのである。加賀氏は、“性行為強要”の再現として、同じく登壇者の松江哲明監督に対し、自身の男性器を咥えるよう迫った。この一部始終は観客の一人が撮影しており、現在もYouTube上で視聴することが出来る。事件を受け、池袋シネマ・ロサは1週間を予定していた同作の上映を中止。その後、松江監督と配給元SPOTTED PRODUCTIONSの直井卓俊氏は、連名で同作劇中での“性行為強要”を否定する声明を発表している。

当時、複数のWEBサイトがこの事件を報じたが、そこには「加賀氏が乱暴を働いた」「安全のために上映を中止した」「松江監督と直井氏が性行為の強要を否定している」といった、声明に準じた事柄が取り上げられたのみ。しかし実際には、加賀氏は舞台上で『童貞。をプロデュース』撮影中の性行為強要だけでなく、その後のほとんどの上映が自身の許可なく行われたことなど、作品の裏側で受けた様々な被害を訴えていたのである。また、加賀氏が事件後に公開したブログでは、撮影前後に松江監督から受けたハラスメント行為や、制作上のヤラセなども暴露されている。

加賀氏の主張はSNSで拡散はされたものの、メディアが取り上げることはなかった。その後、松江監督はこの事件に触れることもなく、ドラマ『このマンガがすごい!』(テレビ東京系)といった作品を世に送り出し、雑誌などでの文筆活動も継続している。2019年、事件から2年たった今、当事者は何を思うのか? 残念ながら松江監督・直井氏は取材に応じてくれなかったが、加賀氏はインタビューで『童貞。をプロデュース』制作開始から現在まで、12年の間に何が起こっていたのかを振り返ってくれた。

『童貞。をプロデュース』あらすじ
「あんにょんキムチ」「セキ☆ララ」の松江哲明監督が、2人の青年を“童貞”から脱出させるべくプロデュースするドキュメンタリー。片思い中だがキスの経験すらない半ひきこもり青年に、ある荒療治を施す第1部、80年代のB級アイドルに思いを寄せ、自主制作映画まで作ってしまったサブカルオタク青年が主人公の第2部から構成される。さらに人気バンド・銀杏BOYZの峯田和伸が第1部と第2部の間に特別出演。※映画.comより引用

『童貞。をプロデュース』制作のきっかけ

▲『童貞。をプロデュース』予告編(ニュー・ヴァージョン)より

――松江哲明監督と初めてお会いになられたのは、いつごろですか?

バンタン映画映像学院の学生だった頃です。3年制で、松江さんは1年目にはぼくがいたのとは別のクラスを担任として受け持っていました。ただ、その時にはほぼ関わりがなくて、作品の発表会で松江さんが講師としてコメントしているのを見ていた程度です。バンタンでは2年目から色んな講義を選択できるんですが、松江さんは当時ドキュメンタリーのクラスを教えてらっしゃいました。ぼくは松江さんのクラスを取りましたが、最初の1回しか講義を受けなかったので、在学時にはほぼ繋がりはありません。

――その後は?

調布映画祭のショートフィルムコンペティションに作品を出したんですけど、その時に松江さんが見に来ていて、打ち上げで知り合いました。当時のぼくはバリバリの童貞で、打ち上げでも周りの童貞の友達とテーブルを囲んで“童貞の島”を作っていました。そこで、「童貞とは〇〇だ」みたいな『童貞論』を語っていたんです。(『童貞。をプロデュース』の)童貞2号の梅ちゃん(梅澤嘉朗氏)もいて、酔っぱらって荒れてました。ぼくが「やめろ!」とたしなめてパワーボムをかけたり、そんなことをして騒いでいたら、松江さんが「何してんだ?」と見に来たんだと思います。そこから、松江さんとは上映会などでも顔をあわせるようになって、会えば話をする関係になっていきました。その頃には、仕事を一緒にした記憶もあります。たしか、松江さんが撮ったAVにアニメをつけて欲しいと頼まれたこともあったと思います。

――加賀さんは「童貞をテーマにした作品」を作ろうと考えていたと聞いていますが。

当時、真利子哲也監督がセルフドキュメンタリーのような作品を撮ってらっしゃったんです。体にヒモをくくり付けて、ビルの屋上から飛び降りたりする『極東のマンション』(03年)とか。ほかにも、椅子に縛り付けられて殴られたりする、特殊メイクなしのリアル『デストラクション・ベイビーズ』みたいな作品を撮っていらして。その影響で、ぼくも手習いとしてドキュメンタリーをやってみようと思って、自分の周りのことを撮っていました。真利子さんはブログもやっていたので、それも面白いと思っていました。当時はまだブログが新しい時代で、自分の身の回りのことを言葉にしていくとか、あるいは映像に収めて整理していくという作業に、何か学びがある気がしたんです。だから、ぼくは自分が童貞であることを、ブログに書くようになりました。21歳とか22歳くらいでまだ若かったので、何となく自分の“イタさ”みたいなものも自覚していて。真利子さんのようなフィジカルな“痛さ”に替るものとして、人間的なダサさとか、カッコ悪さをむき出しにするのがエンターテインメントになるんじゃないかと思ったんです。そこで、「好きな子が出来た」とか、そういうことを馬鹿正直に書いていたら、松江さんから電話がかかってきて、「セルフドキュメンタリーをやってるんだって? 俺もやろうと思ってるから、一緒にやらないか?」と誘われました。

――ブログと並行して撮っていた映像は、『童貞。をプロデュース』に使われたのでしょうか?

いいえ。最初に松江さんから「これまでに撮ったのを持ってこい」と言われたので、撮り溜めていたものを渡しましたが、採用はされなかったと思います。

――『童貞。をプロデュース』の映像は、新しく撮ったものということですね。

一緒にやることが決まってから撮ったものですね。それも、具体的に指示を受けたわけじゃなくて、松江さんに「適当に面白いものを撮ってきて」と言われて、撮影していっただけです。『童貞。をプロデュース』は、基本的にはぼくが勝手に撮って、テープを松江さんに渡すスタイルで作ったものです。松江さんはいろんなところで、“遠隔演出”をしたと言っているようですが、それは嘘です。一つ指示があったとすれば、小岩かどこかのベンチに落書きがあったので、その写真をブログに載せたということがあったんですけど……その記事を松江さんが読んで、「これを撮ってきて」と言ったくらいです。

――加賀さんは単なる出演者ではなくて、共同制作者でもあったんですね。

そうです。基本的にはぼくの自撮りなので。セルフドキュメンタリーとして独りで撮っていたときって、「何のためにやっているのか?」と疑問を感じたり、迷いがあったりしました。そこに第三者の視点が入ることによって、作品になる確信が得られると思ったので、松江さんの話に乗ったんです。当時のぼくは、ドキュメンタリーをやっている人に対して怖いイメージを持っていたので、「騙されるんじゃないか」という不安もありました。だから、当初から松江さんには「話をしながら進めていく」「嫌なことはしない」と念を押して、慎重に進めることを確認していました。そういう経緯があったので、最初は安心して参加していました。

――完成した作品をどこで上映するかは、話し合ったのでしょうか?

最初は、『第1回ガンダーラ映画祭』に出すという話でした。『ガンダーラ映画祭』は、当時イメージリングス(自主映画上映団体)を主宰していたしまださん(しまだゆきやす氏/故人)が始めた上映イベントです。いまおかしんじ監督とか、山下敦弘監督も参加されていたと思います。ただ、“第1回”なので「『ガンダーラ映画祭』ってなんだろう?」という疑問はありましたけど。だから、「しまださんの上映会に出す」程度の認識です。

――ギャラや経費、制作費の話はしましたか?

完全な自主映画なので、そういう話は全くしなかったです。のちにネットニュースで知ったことですが、松江さんは色んなところで、「制作費はテープ代の1~2万円です」とおっしゃっているようです。その金額と同じかどうかはわからないですけど、カメラもぼくのものですし、テープもぼくが買ったものです。交通費も、自分周りのものはぼくが出しています。(性行為強要が行われたという)ホテル周りの経費はわからないですけど。そこはドッキリのような形で撮られていて、ぼくが準備したわけではないので、わかりません。

――具体的には、どういう映像を撮ったのでしょうか?

当時の自分の日常や、ルームシェアしていた仲間との生活を撮ったりしました。クリスマスに男ばかりで『明石家サンタ』を観ているところだったり、バッティングセンターに行くところを撮ったり。“童貞”を軸にして、自分が抱えていたルサンチマンみたいなものをわかりやすく撮っていこう、と思ったんです。作為的にお芝居をするわけではなくて、わかりやすいものを嘘のない範囲で撮ってくる。そういうことを続けていたら、ある日、松江さんが「AVの現場に取材に行こう」と言い出しました。

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