『童貞。をプロデュース』強要問題の“黙殺された12年”を振り返る 加賀賢三氏インタビュー<2019年12月12日追記あり>

加賀氏が見た、松江監督と直井氏の“嘘”

▲SPOTTED PRODUCTIONS 公式サイトより引用

――舞台挨拶事件の後、松江監督と直井さんは、連名で性行為強要を否定する声明を発表しました。松江・直井両氏の主張について確認させてください。「加賀氏は、本作品の趣旨について松江監督から説明を受けた上で、出演に同意しました。さらに本作における映像の多くは加賀氏自身による撮影素材によって構成されています。加賀氏が強要を受けたと主張するシーンについても、加賀氏は一貫して撮影に協力的でした。松江監督は何ら強要行為などしていません。このことについては、撮影現場にいた複数の人物の証言もあります」という部分は?

「趣旨について説明を受けた上で、出演に同意しました」だと、“性行為強要”のシーンも説明していたことになりますよね。それは嘘です。もし、仮にそういう意図がないとしたら、もっとちゃんと明記しないといけない。これは卑怯だと思います。あと、「撮影現場にいた複数の人物の証言もあります」という部分の“複数の人物”って、加害者の人たちですよね。加害者本人の言葉を“証言”と表現するって、メチャクチャですよ。

――“協力的だった”理由として「同作が上映された2006年1月の第1回ガンダーラ映画祭に参加し、2007年3月の第2回ガンダーラ映画祭に向けて作られた本作品の続編に主演した梅澤氏を松江監督に紹介した上、加賀氏自身も出演、音楽担当としても山口美甘子という別名で参加しています。また加賀氏が作詞作曲した「穴奴隷」をミュージシャンが歌うシーンでも現場に立ち会っています。そして『童貞。をプロデュース』以外の松江監督の作品にもスタッフ、または出演者として参加していた事実があります」とも主張しています。

「音楽担当としても山口美甘子という別名で参加しています」というのは、ギターを弾いてくれと言われたので、公園で演奏しただけです。「山口美甘子」というクレジットは、松江さんがぼくの許可をとらずに、勝手に名前を変えてクレジットしたものです。一番やってはいけないことだと思います。

――続編(梅澤氏が主演した第二部「ビューティフル・ドリーマー」)への出演はどんな経緯で決まったんでしょう?

2の時は、「関わりたくない」と言っていたんですけど……ある日、松江さんが知らない女性を連れてぼくの家に来たんです。「いやです」と言っても、松江さんは聞かず、「じゃあ、インタビューするから」と強引に進めました。松江さんはぼくの隣にその女性を座らせて、カメラを回しはじめ、「隣の女の人はだれなんですか?」と聞かれたので、ぼくは「知らない人です」と答えました。

――そりゃそうですよね。

それから、「前の彼女はどうしたの?」と聞かれました。当時、彼女(『童貞。をプロデゅ―ス』で加賀氏が思いを寄せていた女性)とはまだ付きあっていたんですが、これ以上関わらせたくなかったので、そこでは「別れました」と言いました。その後に、「隣の人は誰なんですか?」「知らない人です」というやりとりがあって、本編の映像は切られています。これで本編を観た人は、「加賀は彼女と別れて、別の女性と付き合っている。それを『知らない人』と言う遊び人になった」と思うわけじゃないですか。そういうやり方で、作られたシーンです。

――「梅澤氏を松江監督に紹介した」というのは?

これは、松江さんが撮った『ほんとにあった!呪いのビデオ―儀式の村―』のロケハンで梅ちゃんの家に行ったときのことでしょう。梅ちゃんは当時実家に住んでいて、そこが山奥だったんです。松江さんがそういう画を撮りたいというので、一緒に彼の家に行きました。ただ、梅ちゃんは別に用事があったので、家にはいなかったんですけど。梅ちゃんの部屋には色んなものがあって、松江さんは彼が書いた脚本とかを見つけて、面白いと思ったみたいです。「梅澤くんで『童貞。をプロデュース2』を撮ろう」みたいなことを言い出しました。

――積極的に梅澤さんを紹介したわけじゃなく、流れで松江さんが興味をもったということですか。

そうです。上手く説明できないんですけど、「梅ちゃんには酷いことはしないだろう」と思っていました。なぜそう思ったかは上手く説明できないんですけど。あとは、梅ちゃん自身が嫌じゃなければ、出演は本人の意思で決めればいいと思っていました。

――「『童貞。をプロデュース』以外の松江監督の作品にもスタッフ、または出演者として参加していた事実があります」というのは、1年目の上映時と同じく“消極的な協力”ですか?

そうですね。これは、ロケハンで梅ちゃんの家に行った『ほんとにあった!呪いのビデオ―儀式の村―』のことだと思います。たぶん、『童貞。をプロデュース』と同じような体制の作品だったら、関わりませんでした。ほかにも、知り合いが何人も参加していたので。はっきりと「嫌です」と言えない、ある意味で松江さんのいいなりだった時期のことです。これも、ノーギャラでやっています。

――「シネマ・ロサで公開すると決まってからも、2007年8月の公開直前イベント(Naked Loft/『童貞。をプロデュース』をプロデュース)や、東京(8月/シネマ・ロサ)、大阪(10月/PLANET+1/公開記念オールナイト『童貞・ばんざい!』に於いて加賀氏の監督作品『ムゲントイスペス』も上映)、新潟(11月/シネ・ウインド)などでの舞台挨拶等に1年10ヶ月にも渡って登壇し、劇場公開向けに撮影された予告編にも登場しています」も同じく、“消極的協力”の時期ですか。ロサの後の、1年目のイベント上映ですよね。

そうです。この期間中も裏ではずっと話し合いはしていましたし、大阪や新潟での登壇は、ロサでの口論の後で話し合いがこじれて、連絡が途絶えていたタイミングなので、松江さんとは現地でしか話が出来ない状態でした。だから、大阪には別々に現地入りしています。確か、ぼくと梅ちゃんと直井さんで行ったと思います。

――イベントでは、お客さんに説明はされたのでしょうか?「一部に演出がある」とか。

覚えている限りだと、大阪のイベントでは説明したと思います。「あれはヤラセだ」「言わされている」とか。松江さんは、「お前、よくそんなこと言えるね」と言って、ごまかしていたと思います。ぼくは、「この人はこんな風に平気で嘘をつける人なんだ」と思っていました。その頃、松江さんには「お前も何か言いたいことあるんだったら、舞台上で言えばいいじゃん」と言われていたので、そこがお客さんに対して何か伝えられる唯一のチャンネルだったんです。

――「本作品は、先にも挙げた通り、加賀氏自身の手によって数十時間にもわたり記録された映像素材を、松江監督が構成・編集するという共同作業によって作成されたものです。このような共同作業には加賀氏も能動的に関わっており、本作品の中には、松江監督と加賀氏が共にアイデアを出し合って撮影されたシーンもあります。本作品の撮影現場は、暴力的な演技指導や、実際の暴力が行使される現場では決してありませんでした」という主張には、納得できますか?

全体的に、卑怯な文章だと思います。「共同作業には加賀氏も能動的に関わっており、本作品の中には、松江監督と加賀氏が共にアイデアを出し合って撮影されたシーンもあります」というのは、それはそうでしょう。ただ、「本作品の撮影現場は、暴力的な演技指導や、実際の暴力が行使される現場では決してありませんでした」というのは、嘘です。演技指導はしていないので、「暴力的な演技指導」ではないでしょう。でも、羽交い絞めにして性行為を強要するという“暴力”自体はありました。

――なるほど。演出や編集のあった部分と、なかった部分を混同させる意図があるとすれば、問題ですね。10周年記念上映が中止になった後、松江さん側からコンタクトはありましたか?

後日、T監督経由で、松江さん側から連絡がありました。T監督はぼくがお世話になっている方で、松江さんとも仲がよかったので、連絡係にされたんでしょう。T監督とお会いして、お店に入って「松江さん側には“謝る意向”がある」というようなことを聞きました。ぼくは、「じゃあ、ロフトプラスワンかどこかを抑えて、イベントをやりましょう。公開の場で謝ってください」とお伝えしましたが、その後、松江さん側からは返事はありませんでした。

――なぜ公の場での話し合いを提案されたのでしょう?

松江さんが自分の過ちを認めるなら、公の場でないと意味がないんです。ぼくは、ずっと公の場で名誉を毀損されてきたわけですから、公の場で言ってくださいよ、と。ぼくは、松江さんと気持ちのやりとりをしたいわけじゃない。松江さんに「ごめんなさい」と言われて、ぼくが「松江さんの気持ちはわかりました」と言って終わる話ではないんです。松江さんも「謝りたい」ということは、自分が悪いということは理解しているんだと思います。「あの時は同意があったと思っていた」とか、「嫌がっているとは思わなかった」とか、自分の立場や意見・解釈があるなら言えばいい。それを公の場でやりたくないのは、コンプライアスの問題とか、色々あるんでしょう。でも、それは保身でしかないですよね。わかっているのに嘘を吐いてる。それはちょっと、都合がよすぎる話だと思います。

――なるほど。

ぼくは、この12年間は自分すら疑い続けていました。松江さんは「お前、頭おかしいんじゃねえか?」とか、「お前が悪い」とか、そういうことを平気で言う人です。周りの人にもこの件は相談していたんですが、「もっと大人になりなよ」みたいなことを言われました。ぼくは自分の素直な気持ちを話しているのに、「わかるけど、男がやられても大したことはないでしょう」という感じの言葉が返ってくる。理解されないから、ぼく自身も「間違ってるんじゃないか?」と思うようになって。松江さんを疑うのはもちろん、自分も信じられなくなりました。「空気を読む」という意味では自分が間違っているという結論に達してしまうし、手触りで言うと、「もしかして、自分が違うのかもしれない」。でも、理屈では、どう考えても自分は間違っていないはずなんです。

――第三者の反応が知りたかったということですか。

そうです。2年前の舞台挨拶では、それも知りたかったんです。もし、「加賀、お前はおかしい」とお客さん全員が言うのなら、それは受け入れようと思っていました。ある程度わかってくれる人もいたので、状況は違いましたが。

――ただ、松江監督と直井氏の「性行為強要を否定する声明」はネットニュースになりましたが、その後に加賀さんが公開したブログなど、『童貞。をプロデュース』の詳細についてはメディアはほとんど取り上げられていません。松江監督に近しい映画監督や俳優、評論家やライター、配給・宣伝会社も、ほとんどこの話題には触れていません。言わば、映画業界から“黙殺”され続けているこの状況ですが……。

あの舞台挨拶までの10年が、すでにその状態だったんですよ。誰も味方がいないし、腹を割って相談しても肩透かしを食らってしまう。そんな状態がずっと続いていたんですが、今は少なくとも理解したり、共感してくれる人がいます。だから、2年前よりは上向いている気がしています。言ってしまえば、ぼくは配られたカードを全部知っている状態なんです。松江さんも直井さんもこんな嘘を吐くんだな、とか。こんな方法がまかり通ってしまうんだ、とか。誰がどういう振る舞いをするのかを、観察している。そして、彼らがなぜそんな行動をとるのかも、なんとなくわかります。世の中、悪い人は松江さんだけじゃない。限りなく黒に近いグレーも白とされてしまうし、とんでもない嘘がまかり通ってしまう。そういうことを、『童貞。をプロデュース』で改めて知りました。

■『童貞。をプロデュース』上映時系列
○2005年『童貞。をプロデュースvo.1(俺は、君のためにこそ、死にに行く)』撮影
・2006年1月26日『第1回ガンダーラ映画祭』下北沢LA CAMERA『童貞。をプロデュースvol.1(俺は、君のためにこそ、死にに行く)』上映
○2006年『ほんとにあった!呪いのビデオ―儀式の村―』撮影※松江監督、加賀氏が参加
○2006年~2007年『童貞。をプロデュースvol.2(ビューティフル・ドリーマー)』撮影
・2007年3月15日(木)~3月25日(日)『第2回ガンダーラ映画祭』下北沢LA CAMERA『童貞。をプロデュースvol.2(ビューティフル・ドリーマー)』上映
・2007年7月21日 新宿ロフトプラスワン『童貞。をプロデュース』公開前イベント ※松江監督、加賀氏、梅澤氏、北村ヂン氏、長澤つぐみ登壇

『童貞。をプロデュース』1年目の上映
・2007年8月25日(土)池袋シネマ・ロサ レイトショー上映(3週間)
・2007年9月22日(土)~大阪プラネット+1 上映
・2007年10月6日~19日渋谷ユーロスペース 上映 ※16日松江監督×森達也監督登壇
・2007年10月20日(土)大阪プラネット+1 追加レイトショー(2週間)※オールナイト上映(10月27日)に松江監督、加賀氏、梅澤氏登壇
○2007年10月31日加賀氏、告発ブログを公開
・2007年11月23日(金) 新潟シネウインド 上映 ※松江監督、加賀氏、梅澤氏初日登壇
・2007年11月24日(土)~11月26日(月) 名古屋シネマスコーレ 上映 ※11月24日松江監督登壇
・2007年11月24日(土)~12月7日(金)広島・横川シネマ 上映 ※11月25日松江監督登壇
・2007年11月 ~2008年5月ごろまで各地で上映

『童貞。をプロデュース』2年目の上映
○2008年7月2日 加賀氏、電話で松江監督に無許可上映中止を求める
・2008年8月23日 公開1周年記念上映 池袋シネマ・ロサ※松江監督、梅澤氏、前野健太(ミュージシャン)登壇
・10月29日(水)、30日(木)、11月2日(日)KAWASAKI しんゆり映画祭 ※11月2日松江監督登壇
・11月24日(月・祝)多摩シネマフォーラムなど各地で上映

『童貞。をプロデュース』3年目以降の上映
・2009年9月5日 公開3周年記念上映 ※松江監督、岡宗秀吾氏、藤原章氏、梅澤氏登壇
・2010年9月4日(土)~10日(金)公開3周年記念上映
・2011年9月3日(土)~9日(金)公開4周年記念上映
・2012年9月8日~14日 公開5周年上映
・2013年8月24日~30日 公開6周年上映
・2014年9月6日~12日 公開7周年上映
・2015年9月5日~10日 公開8周年上映
・2016年8月20日 公開9周年上映
○2017年8月25日 公開10周年上映※松江監督、加賀氏、梅澤氏登壇/上映中止

取材後記

私、ライター・藤本洋輔が『童貞。をプロデュース』の性行為強要問題に関心を持ったのは、同作の10周年記念上映イベント(2017年8月25日開催)の様子をYouTubeで見たのがきっかけだ。舞台上で下半身をさらし、自身がされたという“性行為の強要”の再現を松江監督に迫る加賀氏の姿に驚き、いたたまれない気持ちになった……というのが当時の感想だが、それ以上に松江監督が「この場でお前の言い分だけを言うのはズルい」「奥で話そう」と公の場での議論を徹底的に避ける姿に違和感を覚えた。

イベントの約1週間後、8月31日に発表された松江監督と直井氏による声明を読み、違和感はさらに大きくなった。そこには、性行為強要を否定する旨だけでなく、「本作品の上映を継続すれば観客の安全を担保できないおそれがあります。そこで、劇場と配給会社が協議した結果、残念ながら翌日以後に予定されていた本作品の上映は中止することとしました」と、加賀氏が観客に加害しようとしたかのような主張が展開されていたからである。動画を見る限り、加賀氏は上映中止を求めていないし、観客を加害する素振りも皆無だった。むしろ「面白いですか?」と落ち着いた様子で声を掛け、客席を気遣ってさえいたはずだ。私は声明から、松江監督側が指摘された問題点ではなく、別の過失で相手を攻撃することで立場を逆転させようとする意図を感じたのである。翌日9月1日には、加賀氏が「性行為強要シーン」や上映の裏側を事細かにつづったブログを公開。SNSで拡散されたこのブログで、『童貞。をプロデュース』の問題を知った方もいるだろう。

松江監督と直井氏の声明には「今後も加賀氏との和解を目指し、話し合いの努力をしていく予定です」との宣言もあったため、私は成り行きを見守っていた。しかし、その後何ヶ月経っても松江監督側と加賀氏の話し合いが進んでいる様子は確認できなかった。松江監督は一時SNSの更新をストップしたが、しばらくすると何事もなかったかのように自身の宣伝や日常を投稿し始めるようになっていた。さらに不可解だったのが、映画業界の反応である。折しも、米映画業界ではハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行・ハラスメントに対する告発を発端に、「#me too」運動が盛り上がり始めていた時期。世界中に波及したこの運動は日本にも影響を与え、映画雑誌やWEBメディアはワインスタインらを批判する記事も多数掲載された。ところが、同時期に持ち上がった『童貞。をプロデュース』の問題に対し、評論家・ライター・編集者・あるいは映画製作者らのほとんどは、不可解なほどに沈黙したのである。一部の書き手がブログやコラムで取り上げることはあったが、その数は片手で足りる程度だった。ワインスタインやケヴィン・スペイシーについて、疑惑の段階ですら「見て見ぬふりをするべきではない」と声をあげた人々は、なぜ『童貞。をプロデュース』には触れようともしなかったのか? 

そんな中で、松江監督の友人でもある映画評論家・町山智浩氏は、Twitterで『童貞。をプロデュース』の問題について見解を求められ、次のように回答している。

「事実関係はいろいろ聞いているが、被害者とされている人物の主張はかなり一方的なので事実関係を把握しようとしています。」「あの後、自分の意見をまとめて、松江監督に伝えました。調べた結果、これは監督と抗議者の間の問題だと確信したので、僕の意見の内容については公表すべきではないと考えます。すみません。」(2017年9月4日投稿)

「成人した子供が不祥事を起こしても親は世間に謝罪する義務はない。友人ならなおさらだ。世間から自分を守るために、不祥事を起こした友人に石を投げて見せることなどしたくない。彼自身がどうしたら本当に責任が取れるか、その方法を助言するのが、友人である自分のやり方だ。」「ドキュメンタリー映画作家としてけじめをつける方法を既に彼には助言したが、その内容について自分が世間に言う必要はまるでない。」(2018年2月8日の投稿)

<以下、2019年12月12日追記>

2019年12月12日のヒアリングで、町山氏は松江監督に助言したという「責任の取り方」の詳細も明かしている。町山氏は、電話で松江監督に「二人とも映画作家なのだから、今度は加賀さんにカメラを持たせて、君を追及する映画を撮らせてはどうか。そこで君自身がしたことを自問して、業界の風土まで見つめ直せば、単に謝罪するよりもっと有意義なものになるだろう。それが、映画作家としてのけじめのつけ方ではないか?」と伝えたという。つまり、松江監督自身を被写体として、加賀氏によるドキュメンタリーを共同制作することを勧めたというのだ。その上で、「この件を放ったままドキュメンタリーを撮り続けても、嘘になってしまう。映画を続けたいなら、映画でけじめをつけてくれ」とも助言。ただ、2019年12月現在まで松江監督はこの提案を実行している様子はない。町山氏は、松江監督が責任をとるまで断交することを決めているため、現在も連絡を絶っているという。

<追記ここまで>

『童貞。をプロデュース』公開時にバックアップしたライターや編集者、影響を与えた映画制作者らも、町山氏同様にTwitterなどで意見を求められることがあった。しかし、彼らは貝のように黙り込むものばかりで、公に見解を明かすことはなかった。松江監督は映画制作者としてだけでなく、プロデューサー、ライターや評論家としても活動しており、業界での顔も広いため、公私で繋がりを持つ評論家・ライター・編集者や、恩義を受けた俳優や制作者も多い。そうした関係者が、友人・知人がハラスメントを行った可能性に触れたくない気持ちもわからなくはないが、あたかも問題が存在しないかのようにふるまうのは、他人事すぎやしないか。加賀氏のブログを読んだだけでも、カンパニー松尾氏ら撮影に関わった人々、配給・宣伝を担当した直井氏、興行会社など「監督と抗議者」以外の関係者も多数登場していることがわかるはず。「当事者が被害を名乗り出ている」「業界の構造が絡んだ」「身近な」事件を、議論も検証もせず無視し続けるのは、あまりにも不自然だ。

また、映画配給・宣伝会社の動きも不可解だった。その一例が、広告の一環としてメディアに掲載される「応援コメント」である。応援コメントとは、監督や演出家、俳優、作家、インフレンサーなど、各分野で影響力のある人々に数十文字程度の言葉で映画を褒めてもらうというもの。松江監督は現在「ドキュメンタリー監督」の肩書で、非常に多くの作品に応援コメントを寄せている人物だ。私はある日、松江監督が“出演俳優が性的暴行で告発された映画”に応援コメントを寄せているのを見つけることになる。“性行為強要”の疑惑を抱える監督が“出演俳優が性的暴行で告発された映画”に賞賛の言葉を贈るのは、宣伝としては軽率だろう。同作の映画宣伝マンに「性行為強要問題が解決していないことは、気にならなかったのか?」と質問してみたところ、得られた宣伝チームの見解は、「(松江監督の)週刊文春などでのコラム連載が続いているから」。つまり“騒がれていないから”問題がないというのである。「問題が解決するまで、松江監督の応援コメントは一切使うな」とは言わないし、信念を持ってコメントを掲載しているのならば理解もできる。しかし、「他もやっているから大丈夫」と自らは判断を下さず、問題が存在しないかのようにふるまうのは、あまりに無関心が過ぎるのではないか。こうした“相性の悪い作品”に松江監督がコメントを寄せたのは、1作や2作ではない。

私が恐れているのは、意図しようとしまいと“触れないこと”で、問題自体が黙殺されてしまうこと。そして、加賀氏だけでなく、被害を訴えられずに苦しんでいる人々の声まで封じられてしまうことだ。真偽はさておき、勇気を持って声をあげた人が「どうせ誰も取り合ってくれない」と絶望してしまうことだけは避けなければならない。ワインスタインは過去30年以上にわたってパワハラ・セクハラ・性暴行の疑惑を持たれていたが、彼の権力を恐れ、恩恵にあずかった俳優や制作者たちは声をあげなかった。被害者がこうした黙殺を打ち破り、声をあげるために#me tooやTime’s Upといった運動が生まれたことを、忘れてはならない。 

そして、残念ながら私自身も“黙殺”に加担してまったことは否定できない。「映画本編を観ていない」ことを理由に、長らく取材を行わなかったからだ。当事者の言葉に耳を傾け、撮影や上映の過程で起きた出来事を提示するだけでも、わかることはあるはずなのに。実際に話を聞き、加賀氏が性行為強要シーン以前や上映期間中の松江監督の様々な言動にも苦しんでいたことがわかった。加賀氏が共同制作者・表現者としての意識から「上映に協力しながら、松江監督と直井氏に抗議し続ける」というアンビバレンツな状況に陥ってしまったこと、その延長線上で“無断上映”という権利の侵害を受けた可能性も浮かび上がってきた。そのほかにも、撮影後に加賀氏が勃起していることを嘲笑されたり、被害を訴えても「男だから我慢するべき」と無視されたりしたことは、男性ゆえに受けた二次被害と言えるだろう。明らかに個人間の問題ではないし、検証・議論すべき要素も山積みだ。その上で、私は『童貞。をプロデュース』の撮影中および上映期間中の一連の出来事は、映画業界というコミュニティで起きた、複合的なハラスメントなのではないか、と考えている。

2019年5月29日にハラスメント防止法等が成立し、労働者保護のための措置義務が事業者に課されてから、“事業主側の責任”も考慮されるようになった。しかし、加賀氏のようなフリーランスについては法規定がなく、防止の配慮や措置の責任者があいまいなまま。現状では、相談窓口や支援制度では門前払いになるケースも珍しくないという。フリーランスを救済するため、2019年9月以降の厚生労働省・労働政策審議会雇用環境・均等分科会で「指針等」という形で必要な防止措置が講じられることになった。この分科会に要望書を提出するため、日本俳優連合など3団体が合同でフリーランスを対象にアンケート調査を実施。1,218名からハラスメントの実態について得た有効回答のうち、「パワーハラスメントを受けたことがある」のは61.6%、「セクシュアルハラスメントを受けたことがある」のは36.6%、「その他のハラスメントを受けたことがある」のは18.1%にものぼっている。さらに、自由記述形式のアンケートでは、以下のような訴えも記入されている。

「10代の女優の卵(フリーでまだ学生だった)が出演していたのだが、下着姿で舞台に上がることを強要し、泣き出したその娘に対して主宰が『女優ならこれくらいやれなければダメだ』という旨の発言を怒気のこもったような口調でしていた。結果、彼女は赤いレースのガータとブラジャーで舞台に上がった。」(女性40代 女優)

性別や細かな状況こそ異なるものの、加賀氏の訴えと非常に似通った事件がほかにも存在しているのである。このアンケートからは、直接的な暴力行為だけでなく、様々な状況で非常に多様なハラスメント行為が現在進行形で行われていることもわかる。『童貞。をプロデュース』のようなケースは10年前の特殊な事例というわけではなく、現在進行形だ。

厚生労働省による指針の最終案は、年内にも発表されるという。しかし、11月20日の厚生労働省審議会でのフリーランスについての指針は「注意を払うよう配慮する」という実効性の薄い表現にとどまっている状況。もし、法律では十分にハラスメントを取り締まることができず、相談窓口も設けられなかったら、被害を訴える人々は何を頼ればいいのか?「声をあげたら誰かが耳を傾けてくれる」という空気を作り上げるためにも、『童貞。をプロデュース』のようなケースを“個人間の問題”として黙殺せず、検証や議論を行うべきではないだろうか。

当然ながら、加賀氏側の言葉だけを事実として取り上げるのはフェアではない。だからこそ、誤解や行き違いがあるというのであれば、松江監督側も詳細を明らかにすべきではないか。私は加賀氏への取材を行った数日後の2019年7月末日、面識のあった直井氏あてに取材申し込みのメールを送った。残念ながら直井氏からの返信はなかったが、松江監督からは電話で連絡があった。ただし、松江監督は「現時点ではインタビューに応じられない」と取材を拒否している。また、加賀氏によれば、2019月8月下旬ごろ、松江監督から「第三者を交えた非公開の場での話し合い」の提案があったという。しかし、あくまで加賀氏は「公の場での話し合い」を条件としており、2019年11月現在も議論は平行線のままだ。

『童貞。をプロデュース』の問題については、映画業界内にも疑問を持ち、行動を起こす人々が現れはじめている。カメラマン・満若勇咲氏が編集長を務める雑誌『f/22』(2019年1月に創刊)では、『童貞。をプロデュース』を取り上げており、第2号では加賀氏へのインタビューも行っている。こちらでは、本記事では触れなかった作り手側からの視点で議論が進められているので、機会があれば手に取ってみてほしい。

最後に、私の病気療養のため記事の公開が大幅に遅れたことを、インタビュイーの加賀氏と、掲載を許可してくれたガジェット通信編集部に対して心から謝罪したい。

インタビュー・文=藤本洋輔

引用:

・『童貞。をプロデュース』硬式BLOG:http://virginwildsides.blog111.fc2.com/
・松江哲明監督、よしもと芸人からのラブコールにタジタジ : 映画ニュース – 映画.com:http://web.archive.org/web/20160510110258/http://eiga.com:80/news/20130327/11/
・土下座100時間:『童貞。をプロデュース』について – livedoor Blog(ブログ):http://blog.livedoor.jp/onosendai/archives/52771115.html
・土下座100時間:2007年10月 – livedoor Blog(ブログ):http://blog.livedoor.jp/onosendai/archives/2007-10.html
・8.25(金)「童貞。をプロデュース」 10周年記念上映中止の経緯・ご報告につきまして | SPOTTED PRODUCTIONS:http://spotted.jp/2017/08/25_dtproduce/
・【NEWS】フリーランス・芸能関係者へのハラスメント実態アンケート調査結果 | フリパラ:https://blog.freelance-jp.org/20190910-5309/
・フリーランスへのハラスメント防止対策等に関する要望書:https://blog.freelance-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/190910_Freelance-Harassment_Prof-Murao.pdf
・190910_Freelance-Harassment_Prof-Murao.pdf:https://blog.freelance-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/190910_Freelance-Harassment_Prof-Murao.pdf
・190910_Freelance-Harassment_Survey-Free-Answer.pdf:https://blog.freelance-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/190910_Freelance-Harassment_Survey-Free-Answer.pdf

(執筆者: 藤本 洋輔)

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