「最善を尽くしたら、待つしかない。家康の気分ですよ」構想から7年かかることも!?【“1冊の写真集”が出来るまで】――写真家・西澤丞の仕事論(2)

「最善を尽くしたら、待つしかない。家康の気分ですよ」構想から7年かかることも!?【“1冊の写真集”が出来るまで】――写真家・西澤丞の仕事論(2)

“立入禁止の向こう側”に入り、日本を支えている重要なヒト・モノ・コトを伝えることをライフワークにしている写真家・西澤丞さんの仕事論に迫る連載インタビュー(→)。第2回は独自の写真集の作り方を語っていただいた。

第1回記事はこちら

プロフィール

西澤丞(にしざわ・じょう)

1967年愛知県生まれ。愛知教育大学美術科卒業後、自動車メーカーのデザイン室、撮影プロダクション勤務を経て2000年、フリーの写真家として独立。「写真を通じて日本の現場を応援する」というコンセプトのもと、科学や工業に関する写真を撮影し、自身の著作物や雑誌などで発表している。日本における工業写真の第一人者。2018年3月、福島原発を撮影した写真集『福島第一 廃炉の記録』(みすず書房)を出版。現在も福島第一原発に通い、撮影を続けている。

公式Webサイト http://joe-nishizawa.jp/index.html

──メインである写真集を作る仕事について詳しく教えてください。工程ってどんな感じなんですか?

ざっくり順番と主な作業の割合を説明すると以下のような感じになります。

(1)「こういう目的のためにこんな現場の撮影がしたい」という企画を考える

(2)それを企画書に落とし込む企画書作成(10%)

(3)取材先やクライアントの説得(取材許可の取り付け)・打ち合わせ(50%)

(4)写真集の構成案の作成(撮影前のたたき台として)

(5)撮影(10%)

(6)現像などの後処理(10%)

(7)出版社に写真集企画を提案

(8)構成、ラフデザインの作成(10%)

(9)デザイナーや編集者、取材先との打ち合わせ

(10)入稿・校正・取材先チェック

(11)完成

通る企画書の書き方

──ではそれぞれの仕事のやり方の詳細を教えてください。まず最初のスタートである、こういう現場を撮りたいという企画はどうやって決めるんですか?

だいたいテーマから決めることが多いですね。元となるテーマは常に僕の頭の中にいっぱいあります。どれから行こうかなという感じ。さっき話した撮影のコンセプト(※第1回参照)をベースに、その時の自分の興味でおおまかにリストアップします。その中から、撮影がOK出るかどうかとか、撮るだけじゃなくて写真集として出版できるかどうか、商業ベースに乗るかどうか、タイミングなど、いろんな要素を検討して、実現性が高そうなテーマを決め、それに沿って取材先を決めます。

──企画書を書く時はどのような点を大事にしているんですか?

順番としては、写真を全部撮り終わってから出版社に写真集の企画を出すんだけど、最初から写真集として出版することを前提にしているので、企画書は取材先に提出する用と出版社に提出する用の2通りを作成します。もちろん取材先用の企画書を先に書くんだけど、要素としてはまず、趣旨、先方にとってのメリット、不安を拭うような対策、実績、この4つ。

一番重要なのは現場を撮影することのメリット。これをしっかり書く。例えば、「御社の現場を撮影することには大きな社会的意義がある。その写真を世の中に出すことによって、御社のブランドイメージが向上する」という感じで。もう1つ大事なのは、いかに取材先の不安を払拭するかということ。僕が撮影したいのはこれまで取材を受け入れたことがないような現場(会社や団体)ばかりなので、受け入れた時のデメリットを重視するんですよ。前例がないから安全対策はどうするんだとか何か事故が起きたら誰が責任を取るんだ、みたいなことをすごく気にするので、「それに対してはこうするので大丈夫ですよ」ということを書く。これらの要素のエッセンスだけ抽出して、A4、1枚で収める。あんまり多く書いても読んでもらえないからね。

──特にこだわっている点は?

泣ける企画書を書くこと。“泣ける”ってのは、最初に企画書を読んだ広報の担当者が「この企画を断ったらバカだと思われるな。上司に見せなきゃ」と思うような企画書。そのためにメリットを書くわけです。あと、企画書を書く時は、窓口の広報担当者だけを向いて書くんじゃダメなんですよ。部長や社長が読んでもOKと言うような企画書を用意しないとダメ。つまり、誰が読んでも理解できる企画書。

こういう企画書を窓口の広報担当者が読んで興味をもってくれたら、その人が社内で進めるにあたり少しでも負担が軽くなるように、上司にプレゼンしやすい資料を作って送ります。上司との想定問答に答えられるような資料で、具体的には、これまでの実績を元に、「他にも似たような現場の撮影を何度も経験しているので基本的なルールはわかっています」とか、「他の危ないと思われているような現場でも問題なく撮っているので安全面でも不安はありません」ということを、文字で書くだけじゃなくて実際のサンプルを資料として追加で送ります。あとは直接顔を合わせての打ち合わせで詳しく話していきます。

撮影まで7年もかかったロケットの写真集

それでも企画がなかなか通らないことが多いんだよね。だから僕の場合は企画書提出から実際に撮影するまでにめちゃめちゃ時間がかかるんです。撮影期間より全然長い。例えば福島第一原子力発電所の廃炉現場の撮影には1年、核融合科学研究所は撮影の許可を得るのに1年、撮影可能なタイミングを待つのに1年で、撮影するまで2年もかかった。ロケットの製作現場を撮った『イプシロン・ザ・ロケット』は7年、製鉄所の写真集『鋼鉄地帯』に至っては構想から10年もかかりました。だから写真集として世に出るまでにも時間がかかる。取材先の撮影許可と出版社の企画採用などの必要な条件が整い、ようやく実現できたんです。

──割合的にも取材先やクライアントの説得に一番時間がかかるようですね。なぜそんなに時間がかかるのですか?

それは取材先によって様々。相手がどういう人かによって違います。例えば7年かかった『イプシロン~』は3回目の企画書でOKが出たんだけど、1回目は、取りつく島がない感じだった。2回目は、検討はしてくれたんだけど、結局、通らなかった。3回目は、2回目の交渉の時に賛同してくれた人が僕のことを覚えていてくれて、内部で調整をしてくれたらしいんです。それでようやく撮影が実現したんです。やっぱり組織が大きくても結局は人なんですよ。内部に味方をしてくれる人がいると実現することがありますよね。

──逆にいうと味方してくれる人をいかに作るかが大事ってことですね。

そうですね。味方になってくれる人は話をしたらすぐわかりますから、キーパーソンをどう見つけるかが大事かな。

──計3回の企画書はどのくらい時間を開けたんですか?

担当者が同じ人だとまた弾かれる可能性が高いから、担当者が異動になる頃を見計らって出したんですよ。そろそろ異動してるかなあって(笑)。だから3年くらい空けました。

──ということは企画書の内容を変えるとか攻め方を変えるとかではなく……。

そう。何も変えない。だから家康の気分ですよ。鳴くまで待とうってやつ(笑)。最善を尽くした後は待つだけ。それしかない。

──すごい長期戦というか、粘り強さですね。

写真家ってね、しつこさ、あきらめの悪さが大事なんですよ(笑)。そうじゃなきゃ生き残れない。

ビジョンが大事

企画書が通ったら、取材先に行って、広報や現場責任者などと打ち合わせをします。そこで僕が話すのも基本的には企画書に書いてあることで、より詳しく説明します。あとは事前にこちらの意図や撮りたいシチュエーションをきちんと伝えます。これが撮影をスムーズに行うためには欠かせません。そして、具体的な撮影場所や日程を詰めていきます。中にはこのタイミングを逃したら二度と撮れないものもあるので、現場の人との打ち合わせで撮れるタイミングを決めてもらいます。現場作業ではスケジュールが半日とか一日ずれることなんてザラですから。

それでようやく撮影の日取りが決まります。撮影が決まったら、撮影するまでの段取りが超重要なんです。最初に必要なのはビジョン。どういうものを作れば読者に伝わるのかということですよね。例えば一枚の写真を撮る時も、こういう写真が撮りたいというビジョンを元に、そのためにはどういう段取りをすればいいのかを考える。ここからすべての作業が始まるわけです。

こちらに明確なイメージあって、それを現場の人に確実に理解してほしい時には、事前にラフスケッチを作成して渡すこともあります。機密や安全の問題で撮影できない場合もあるので、事前にそれがわかっていれば代替案を相談できるし、当日のスケジュールも組みやすくなるんです。例えば、ロケットの打ち上げの写真は、音でシャッターが切れるような装置を自作して撮ったんだよね。それは、ここで撮りたいということを取材先に伝えて、どういう条件ならOKということを引き出して、それを元に撮影方法を考えて、実行しました。それは最初にビジョンがないと実現しないわけです。

──本番の撮影までにロケハンはするんですか?

たまにすることもあるけど、ほとんどしない。なぜならこういう現場では全く同じシーンって2回は撮れないからです。ロケハンしてこの場所いいねと思っても、次に行った時、そこがいいねとなるとは限らない。だからあんまり意味がない。行ってみてその日に一番おもしろいと感じるところから撮るのがいいの。

──でも現場に行って見たことがなければ、そのビジョンというか撮影のイメージって想像のしようがないと思うんですが。

それがね、僕の場合、現場に行った時、あそこに行けばいい写真が撮れるというのがその場所に立たなくてもたいがいわかるんですよ。あそこにカメラ立てるとこういうアングルでこういういい写真が撮れるって、行かなくても立体的に想像できる。昔3DCGをやってたからかもしれない(笑)。誰でもできると思ってたんだけど、ある時人に話したら、そんなことができるのあんただけだよって言われました(笑)。

もちろん実際に行ってみないとわからない部分もあります。僕も一般の人とほとんど同じ、情報がない状態で現場に行くので。そういう時は臨機応変に対応します。それもビジョンがないとできないんですよ。

▲首都高の工事現場(撮影:西澤さん 撮影地:首都高速道路株式会社)

撮影は全体のほんの一部にすぎない

──そしていよいよ現場での撮影ですね。まず撮影の割合が1割程度しかないことに驚きました。

写真家というと毎日のように撮影していると思われるかもしれないけど、僕の場合は、撮影は仕事のほんの一部で、仕事全体で見ると1割くらいでしかないですね。写真を撮影するという行為は、料理でいえば野菜を育てるとか魚を獲ることと同じで、素材を仕入れているにすぎないんですよ。

──現場ではどんな感じで動いているんですか?

まず、これはどの現場に行っても担当者に言われるんだけど、めちゃめちゃテンション高い(笑)。だって普段、関係者以外入れない現場に入れて、僕自身が見たい、撮りたい、知りたいという欲求が全部満たされるわけですからね。

それと同時に、すごくいろんなことを高速で考えてます。一番重要なのは事前に考えてたビジョン通りにどう撮影するかってこと。一口に写真といっても、いろいろあるので、優先順位を考えます。まずは、あらかじめ決めた写真集全体のだいたいのストーリーを的確に表現できて、かつ“絵”になるかっこいいシーンが一番大事。

例えば『鋼鉄地帯』の表紙の写真は、絵的にすごくかっこいいのと同時に、成分が調整されて鋼鉄として初めて出てくるシーン。製鉄のキモともいえる象徴的な写真なので表紙としてはこれしかない。『イプシロン』の表紙の写真はロケットの全景にしようと決めていたんですが、ロケットは完成した状態で外に出ているのはわずかな時間しかないわけです。なので、この表紙の写真は、打ち上げのリハーサルの時に2回、15分ずつしかない中、現場担当者に急かされながら大急ぎで撮りました。こういう一発勝負のシーンは絶対に失敗できないからプレッシャーもすごいですね。

▲『イプシロン・ザ・ロケット』の表紙に使用された写真(撮影:西澤さん 撮影地:JAXA 内之浦宇宙空間観測所)

でもそれだけじゃもちろんダメで、映画でもそうだけど、常にクライマックスだと感動は得られないですよね。つまりメリハリが大事。例えば1枚だと地味な写真でも、構成上すごく効いてくる写真や、デザイン上の都合や施設を説明するためにどうしても必要な写真などいろいろある。でも、このようにあらかじめ決めた写真だけではつまらないので、それ以外の偶然の出会いも探します。

難しいのは、それらを限られた時間内でいかに押さえるかということ。実際の現場では撮影時間がタイトなことが多いんですよ。撮影が入るからといって、現場での通常の作業の流れを邪魔できないから、その中で必要な写真をすべて撮らなければならない。しかも、何のトラブルもなく当初のスケジュール通りに実際の作業が進むとは限りません。むしろ現場では例えば機械が故障して止まるなど、往々にしてトラブルが起こります。そこで撮れなかった分をどこでカバーするか、空いた時間をどうするか、ダメだったら次の段取りも組まなきゃいけないし、そういうことで頭がいっぱい。夢中になっているように見えて、計算もしてる。右脳と左脳がいっぺんに動いてる感じです(笑)。

安全第一と作業優先

──現場で撮影を行う際に、心がけていることは?

「安全第一」が一番大事で、その次が「作業優先」。この2つだけ。“安全”は、自分のためということではなく、取材先に迷惑をかけないため。「作業優先」は、現場の方々の仕事の真っ最中に入る取材は、彼らにとっては邪魔でしかないので、現場の方々の負担を最小限に抑えるため。

──ではいい写真を撮りたいがために、現場の人に「こうしてください」という要望は言わない?

例えば撮りたいカットを安全に撮るための「こうしてください」はあります。ただ、普段の作業と違うことをやってもらうことはありません。また、先方はとりあえずダメって言うことが多いので、そこであきらめるんじゃなくて「撮るためにはどうすればいいのか」っていう話をして、妥協点を見出していく。それは交渉ですよね。

──1日の撮影でどのくらい枚数を撮るんですか?

僕はあまりたくさんのシャッターを切りません。無駄なもの撮ってもしょうがないから。

──保険のためにいっぱい撮っとこうとは考えないんですか?

頭の中に撮るべき被写体やシーンが明確にあるから、撮っても使わないなと思うようなものは構えてる時間がもったいないから撮らない。とにかく時間がないからね。ただ、シャッターを切るまでには最大限時間をかけます。特に、被写体が人の時はとにかく時間がかかる。アングルはここでいいんだけど、この人にこの時、こういうポーズをしてほしいというのが頭の中にビジョンとしてあるんですよ。そうなるタイミングってなかなか来ないから。だからそのタイミングが来るまでカメラ構えて待つしかない。作業員さんに「そこに行って、こういうポーズをしてください」と言うとその通りにしてくれるとは思うけど、絶対嘘っぽくなるから。

▲『福島第一 廃炉の記録』の中の一枚。ビジョンに沿って長時間粘り、作業員がベストの位置に来た瞬間、シャッターを押した(撮影:西澤さん 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社)

──それも時間の制約の中でやらなきゃいけないわけだから撮影の時間配分もめっちゃ難しいんじゃないですか。

そうなんだよ。人は撮りたいんだけど、時間がかかっちゃうから、待ってめちゃくちゃかっこいい写真になるんだったら時間をかける価値はあるんだけど、可能性が低くて写真の上がり的にもあまり期待できないなら次に行った方がいいかもしれない。すごく悩むんだけど、未来のことはわからないじゃない。だから残り時間との兼ね合いで決めます。

一番撮影回数の少なかった写真集では、こんな感じの撮影を14、5日行いました。もちろん、もっと時間のかかった写真集もあります。

──数としてはだいたいどのくらい撮影するんですか?

だいたい実際に写真集に掲載する点数の4倍くらい撮ってます。例えば掲載する枚数が100点だったとすると、400点くらいのOKカットが必要。

──少ないですね。

だって僕の写真集って14、5日くらいしか撮影に行ってないんですよ。その期間内で全部撮らなきゃいけない。例えば100点を15日で撮るとすると1日にOKカットが7枚くらい必要。かなりのいい率で撮らないと成立しない。そうすると1日に撮影できる時間は7時間くらいだから、1時間に1枚、写真集レベルのカットが必要になる。これはけっこうハードル高いと思うよ。そのために事前の準備、段取りが重要になってくるわけですよ。

▲福島第一原子力発電所の廃炉現場にて(撮影:西澤さん 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社)

──その他に重要な点は?

一番は取材先の人とのコミュニケーションだよね。窓口の広報の人が撮影意図を理解してくれてても、現場の人が理解してくれないことはよくあります。例えばある現場では、最初から超不機嫌な担当者がいた。思わず、うわ、恐いって思ったくらい。だけど現場を案内してくれる彼を何とかしないとその日の撮影がパーになってしまうので、そもそもの企画趣旨や、撮影目的などを朝からこんこんと話しました。そうすると、帰る頃には、「西澤さん、あそこに行ってもいいよ」とか、普通なら行かせてくれないようなところまで行かせてくれたりと、すごく協力的になった。だから現場ではいかに彼らに、僕の撮影に協力しようという気持ちになってもらえるかが一番大事。そうならないといい写真は撮れないんです。

一番おもしろいのは作業員の話

──難しい点は?

例えば研究施設の場合、この設備は必要なのか必要じゃないのか、この先日本が世界との戦いに勝つためにはどこへ投資するべきなのか、ということも考えながら撮ります。この研究は何を目的にやってるかっていうことは自分で把握しておかないとダメ。なぜなら僕が理解しないと読者にも伝えられないから。

あと、撮影以外にも、写真の解説文も書くので待ち時間や移動時間中に現場の作業員さんに取材しなきゃいけない。現場ではやること盛りだくさんで大忙しです。でもこの作業員のおっちゃんの話を聞くのが一番楽しいんですよ。往々にして世の中に出ている情報は氷山の一角にすぎなくて、本当に一番おもしろい話は現場のおっちゃんが知ってる。でもおっちゃんはその話をおもしろいと思っていないところに問題がある。それを世の中の人たちに伝えてあげたいんです。

──カメラやレンズなどの撮影機材についてのこだわりは?

正直言ってこだわりはないです。ちゃんと写れば何でもいいくらい(笑)。ただ、現場では狭いところを通るから、機材は極力コンパクトにするように心掛けてます。取り回しやすいボディを2台とレンズを4本、あと三脚が1つ。いかに少ない機材で最大の効果を上げるかにこだわっています(笑)。

▲このカメラバッグ1つに収まる機材と三脚でほぼすべての現場で撮影している

撮影しつつ構成・ラフデザインを決める

最初に写真集全体のラフデザインを作ってどのページにどんな写真を入れようかを大まかに決めておくということは話したけど、そのラフデザインに撮影した写真をはめ込んでいきます。撮影が進むにつれて、隙間だらけだったラフデザインが徐々に写真で埋まっていく。そうすることで、まだ撮れていない箇所が把握できると同時に、ぼや~っとしていた全体像がだんだんシャープになっていくわけです。

なんでこういうことをするかというと、現場に行ったから全部のシーンが撮れるわけじゃないんですよ。それは現場に行ってみるまでわからない。担当者から「そこは撮っちゃダメ」って言われる箇所もあるから、どこがOKでどこがNGかを把握していないと、写真集を完成させることはできないんです。

過剰な加工はしない

──撮影がすべて終了した後の現像などの後処理はどのようにするんですか?

今は、写真はパソコンでいろいろな加工ができるんですが、例えば派手な絵のように加工するということはしません。絵のようにしたければ最初から絵を描けばいいのであって、絵のような写真は僕にとっては意味がない。写真のもつ価値って、記録なんですよ。そのためにはいじりすぎると記録という価値がどんどんなくなっちゃう。どんどん作り物に近くなっていくから。

一番大事にしているのは、僕が感じた現場の雰囲気をそのまま素直に写真で再現したいってこと。僕の写真を見ることで、読者にあたかも現場にいるように感じてもらいたい。そのためにも、あんまりいじっちゃうとダメなんですよね。ただ、読者に興味をもってもらうために、嘘くさくならない範囲で色調やコントラストの調整はやります。

──でも以前、「僕が撮った写真は現場そのものではないから、僕の写真を見た後にその現場を見るとがっかりするかもしれない」って言ってましたよね。これはどういうことですか?

確かに『Build The Future』の帯でも、ガメラシリーズやシン・ゴジラの監督を務めた樋口真嗣さんが「残念ながら実物が見学できてもこの衝撃や感動は見られない」というコメントを寄せてくれてます。でもこれは、現場をどういうタイミングでどの部分を切り取るか、人と背景、構造物の絡みのバランスという問題なので、後の加工でどうこうという話ではないんです。人だって笑ってるところを撮るのとぶすっとしているところを撮るのとでは、印象が別人のように違うでしょ? それと同じことです。

撮影してから出版社に持ち込む

──写真を全部撮り終えてから出版社に売り込むことにも驚きました。普通の本って、出版社で企画が通ってから取材が始まることが多いですよね。

なぜなら、現場で撮った写真を見ないと、出版社の編集者がどういう写真集になるか想像できないから、企画検討ができないんですよ。そもそも、製鉄所とか核融合施設ってどんなところでどんな絵が撮れるのか、僕自身も自分の目で見ないとわからないわけですからね。

──ということは出版のあてがないままスタートするわけですよね。

そうです。だから取材先に提出する企画書も「撮影した写真は写真集としてどこかの出版社から出版するつもりですが、どうなるかわかりません」と書いてます。

──これまで、全部撮影した後に出版社に写真集の企画を持ち込んでボツになったものってあるんですか?

今のところないですね。全部通ってます。当然企画書はいろんな出版社に出すので、A社がダメでもB社はOKって感じで。これまでに8冊出しているんですが、そのうち5冊が重版がかかっているんです。

──この深刻な出版不況でなかなか重版かからないのに、すごい高確率ですね。

おかげさまで(笑)。僕の本作りの考え方としては、関わった人がみんなハッピーにならないと嫌なんですよ。もちろん1番ハッピーになってもらいたいのは読者なんだけど、重版がかかると出版社も取材先もデザイナーとか制作者もみんなが喜んでくれる。そこを目指しているんです。それは企画を立てる段階からある程度見込んでいます。

──とはいえ、撮ったはいいけど写真集にならない可能性もあるわけじゃないですか。そのリスクは気にしないんですか?

それはね、もしそうなったとしても、雑誌なんかで使ってくれることもありますし、自分の講演などでも使えますので、全く使えないということは、あんまりないですね。

──出版社に企画が通った後は?

もう写真は撮り終えているし、あらかたの構成、掲載写真のセレクトも終わっているから、あとはタイトルを考えたり、写真の解説文やまえがきやあとがきを書いて担当編集者に渡すだけですね。その後は一般的な本づくりと同じで、2回くらいの色校正や取材先のチェックを経て、出版されます。

──立入禁止の現場だけに、やっぱり取材先からのチェックは厳しいんですか?

チェックの厳重さの度合いは撮影テーマや取材先によって様々ですが、基本的に厳しいです。特にテーマが国家機密に類するものは撮影した写真はすべて厳重なチェックを受け、問題があると判定された写真はすべて破棄します。中にはその日撮影したデータのほとんどを破棄しなければならなかったことも。ロケット製作の現場を撮った『イプシロン~』などは使えなかった写真がかなりあります。

ただ、理由がはっきりしている絶対掲載NGな写真以外は、交渉します。もう一度企画主旨から、なぜこのまま掲載した方がいいのか、掲載しなければならないのかを取材先の担当者に説明して、NGをOKにひっくり返すことも多々あります。ものすごくエネルギーが必要な作業ですけどね。

──写真集だけにやはり色校正にはかなりこだわるんですか?

いや、限られたスケジュールと予算の範囲内で最善を尽くすという感じでしょうか。やはりいくら指定してもイメージ通りの色味・質感になることは難しいのですが、こだわるあまり写真集が世の中に出ないと意味がないので。自分の中の優先順位を決めて、それに従って時には断腸の思いをしつつ、作っています。

まえがきとあとがきに苦労する

あと、まえがきやあとがきを書くのも毎回すごく悩んで時間がかかるんですよ。

──なぜですか?

まえがきは曲でいえばイントロだから、一番重要に思ってることを書くのですが、それを正しく読者に伝えるためには、さらに読者を引き込むためにはどういう書き方がいいのかを考えるのが難しいんです。何回も書き直すから時間がかかる。例えば『Build The Future』では最初に「どういう立場でどういうことを伝えたくて撮ったか」ということを書いておかないと写真の意味合いが違ってくるから難しかった。でも一番気に入ってるのもこのまえがきです。あとがきも全体の締めだから同じく難しいですよね。

──苦労して本ができあがった時の心境は?

物体としてできあがってきた時が一番うれしい瞬間ですよね。かけた時間が長ければ長いほど、苦労が大きければ大きいほど、喜びも大きいです。でも当然できて終わりじゃなくて、今度は売っていかなければならないので、頭を切り替える必要はありますけどね。

 

西澤さんは2014年7月から現在に至るまで、廃炉作業が行われている福島第一原子力発電所に継続的に入り、現場の作業を撮影しています。その写真をまとめた『福島第一 廃炉の記録』が2018年3月に出版されて大きな反響を呼びました。その裏には写真家生命を懸けるほどの覚悟や並々ならぬ苦労がありました。次回はその『福島第一 廃炉の記録』の企画・撮影・制作秘話に迫ります。こうご期待。 取材・文:山下久猛 撮影:守谷美峰

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