ドラマ『獣になれない私たち』新垣結衣演じる“すり減らし系女子”が、職場ストレスを解決する方法

ドラマ『獣になれない私たち』新垣結衣演じる“すり減らし系女子”が、職場ストレスを解決する方法

新垣結衣さん主演で話題のドラマ『獣になれない私たち』。主人公・深海晶(しんかいあきら)が会社ではパワハラまがいの仕打ちを受け、プライベートでは彼氏やその母親に振り回されてすり減っていく姿に、SNSなどでは「見るのがつらい」「辞めてしまえばいいのに」といった声が上がっています。

男性学を専門とし、男女の生きづらさについて様々な問題提起をしている大正大学・心理社会学部准教授の田中俊之先生に、なぜ職場でこのようなことが起こってしまうのか、どう対処すればいいのか、実際に主人公・晶が遭遇したドラマシーンをもとに伺いました。

大正大学 心理社会学部 人間科学科 准教授 田中 俊之氏

1975年生まれ。男性学・社会学を専門とし、働く男性のつらさにフォーカスしたジェンダー問題を研究。武蔵大学・学習院大学・東京女子大学等非常勤講師、武蔵大学社会学部助教を経て、2017年より現職。単著に『男がつらいよ』(KADOKAWA)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社+α文庫)他。Twitter: @danseigaku

上司や同僚から面倒な仕事を押しつけられるのに断れない

第一話では、朝から社員を大きな声で怒鳴りつけ、早朝から深夜まで「仕事が遅い」「やる気あんのか」など高圧的なLINEを送りつけてくる社長の行動がパワハラではないかと話題になりました。

また、主人公・深海晶は営業アシスタントなのに、社長にお茶くみや出張時の飛行機手配など秘書的な仕事を押し付けられ、同僚や後輩からはプレゼンやクライアントへの謝罪など営業職としての仕事を求められます。どう対応したらいいのでしょうか?

【現状からの脱却法】周りを巻き込んで自分の身を守り、声を上げ続けよう

かつてアラフィフ以上の男性にとっては当たり前だった、上意下達のコミュニケーションは職場に女性が増え、ライフイベントを経た後も働き続ける人が増えたことによって通用しなくなっています。

この社長にとっては、「これぐらいでパワハラ?」という感覚なのだと思います。

この状況に一人で立ち向かうのは、得策ではないでしょう。周りの女性スタッフや同僚を巻き込んで身を守り、声を上げ続けることで一歩一歩前進することをお勧めします。

これまで日本は、男性中心のメンバーで社会を築いてきました。この社長のような上意下達のコミュニケーションが横行し、同質的な集団の中では、上の言ったことに下が従うことが善とされていた企業もありました。

国立社会保障・人口問題研究所が発表した「第15回出生動向基本調査」によると、1980年代後半は結婚・妊娠・出産で仕事を辞めてしまう女性が約73%。この時、20代だった人が今の50代です。この社長が50歳前後と仮定すると、30代だった1990年代も、管理職になった2000年代も、70%近くの女性が結婚・妊娠・出産で辞めています。女性はどうせ辞めるという状況で、社会人生活を送ってきたわけです。

それが2010年代になって急に、第一子出産後に仕事を辞める人が減り、育休を取って復帰する人が増えてきました。必然的に職場に女性が増え、それとともに男性中心のコミュニケーションが通用しなくなっています。

これからは会社の構成メンバーも変わるし、女性自身が仕事に臨むマインドも「やめればいいや」から「働き続けよう」へと変わります。これまで当たり前だった男性中心のコミュニケーションから脱却しなければならない時にきているのです。

こうした男性目線のコミュニケーションに違和感を覚え、異議申し立てをしたくなるのは正常なこと。一人で戦わずに、周りを巻き込んで自分を守ることも有効ではないでしょうか。

【現状からの脱却法】「優しい・真面目・気がきく」タイプは損しがち

彼女がこの状況から逃げられない理由は二つあります。一つは、頼れる親がいないこと。もう一つは、正社員で働きたいと考えていること。会社を辞めたら生計が成り立たなくなるリスクがあるからです。今の会社を辞めても十分働けるスキルやキャリアがなければ、逃げたくても逃げられない。「辞めちゃえばいいじゃん」というのは、強者の意見です。

とはいえ、このまま放っておいたら状況は悪化するばかり。あえて「優しい・真面目・細かいことに気がつく」特性を抑え、違うスキルを磨くのも一つの手だと思います。

まず彼女にはよりどころとなる家族がいません。これが彼女が逃げられない最も大きな理由です。今の時代、誰しもこういう会社にめぐりあうリスクはありますが、家族が健在で関係性が良好なら「しばらく実家暮らしをしたら」とアドバイスしたいところです。

ところが晶の父は亡くなり、母とは縁を切っています。ドラマからは彼女の貯金額はわかりませんが、一人で生計を立てているため、辞めた途端に家賃の支払いに困り、生活できなくなる可能性だってあるのです。

もう一つの理由は、ようやく正社員になった彼女にとっては、理不尽な要求をされても「せっかく正社員になれたのだから」という気持ちが働いてしまいます。もともと正社員だったのなら「次も正社員として転職できるだろう」と予想でき、退職しても大丈夫という安心材料になるでしょう。しかし、彼女はそういうマインドになれないだろうということが予測できます。

こうした状況の彼女に、安易に「辞めちゃえば?」とはとうてい言えません。

次に、「優しい・真面目・細かいことに気がつく」という彼女の特性について考えてみたいと思います。これは一般的には「女らしい」とされている能力で、協調性が高く、いざこざを起こさないタイプの性格であると言えます。

この会社の社長のような「乱暴・不真面目・大雑把」な人物は、彼女のような「女らしい」能力を持っている人にこまごまとした、面倒くさい仕事を押し付けがちです。そして彼女が辞めたとしても、また若くて従順な「優しい・真面目・細かいことに気がつく」女性を採用して、同じことを押し付ける。

これが「女らしさ」の弱いところです。その場の雰囲気を悪くしないために、トラブルを起こさず振る舞うということは、職場の中でどんどん下に見られてしまうということなんです。この関係性が固定化してしまうと、下に見られている人が異議申し立てしても聞いてもらえないという状況が生まれてしまいます。

これまでは専業主婦の人たちが、「母の愛」という名のもとにこういうことを無償でやらされてきました。その特性を職場に持ち込むと搾取される。何を言っても、何も頼んでも聞いてくれる、みんなの「お母さん」的なポジションになってしまうのです。

言いたいことをはっきり言えて、相手に伝える能力がある人は「競争向き」の人。こういう人は仕事でもきっと成功します。しかしこの主人公は「協調向き」。そもそも、「競争向き」の人の方が世の中には少ない。性別を問わず、なぜこんなにないがしろにされるのだろうとつらい思いを抱えている人はたくさんいるはずです。

競争原理に強い人の見方で「もっとはっきり主張しなさいよ」「辞めちゃえばいいじゃん」なんて言われても、彼女は困ってしまいます。これからの時代は、「女らしさ」というものを職場で発揮すると面倒くさいことになってしまいます。過度な「女らしさ」はかえって不利になってしまうこともあると、心に留めておくとよいでしょう。

取引先の異性の担当者から、土下座や食事を強要されたら?

取引先の担当者から土下座を強要される晶。さらに頭をなでなでされ、あげく「食事に行こう」「晶ちゃ~ん、晶ちゃんはお肉とお魚、どっちが好き?」と電話までかかってきた。こういうハラスメントにはどう対応すべきなのでしょうか。

【現状からの脱却法】思い切ってイメチェン武装するのもあり?

こういうことはきっと、企業社会では日常的にあることなのだろうなと思います。取引先と仕事を依頼されている立場で、競合企業とコンペになっている状況で、取引先は選べる立場。その立場や上下関係を利用して、食事に行くことや土下座を強要する。これは言うまでもなくパワーハラスメントです。彼女は「見た目の良い」という設定になっているため、それを逆手にとって、アヴァンギャルドな服装をしたり、派手な髪の色にするなど思い切って「見た目」や「職場でのキャラ」の”イメチェン”をするのもありかもしれません。

ドラマ上で、彼女が「見た目の良い人」という設定になっていることも、ハラスメントのターゲットになる要因のひとつです。男だらけの社会では、男性は「見る側」、女性は「見られる側」という関係性が当たり前でした。「見た目の良い人」は、「きれいな人に担当してほしい」という異性の欲求にさらされてしまうのです。女性活躍が叫ばれ、いかにも時代が変わったかのような気がしますが、実は何も変わっていないのではないでしょうか。

ここで彼女が、取引先の担当者を平手打ちして「何するんですか!」とこの仕事を放り出せれば、状況は変わるでしょう。しかしそれができないのが、90年代以降に大学生活を送った若者の特徴です。

90年代以降の若者は、トラブルを起こしたくない、自分が抱え込みさえすればそれで丸くおさまると考えがちです。「優しい」ため、短期的ないざこざは起こりませんが、重大な決定から逃げ続けるため、長期的には問題が大きくなってしまいます。彼女も、この職場を辞めないことで、どんどんつらい状況に追い込まれていきます。

強引な手法を避け、あらゆる人の意見や状況を尊重すると、ものごとの解決に時間も手間もかかるようになり、閉塞的な状態で身動きがとれなくなってしまいます。

これを早期に解決したければ、誰かが強引に一手を打たなければなりません。しかも自分ではできないから、他力本願になる。国によっては強烈な指導者が支持されたり、「カリスマ社長」がもてはやされたりする背景には、こうした状況があります。これが民主主義の手詰まり。とても現代的な問題です。

一話の最後で彼女は、がらりとファッションを変え、サングラスをかけて出社するという思い切った”イメチェン”をします。「見た目」で判断されてしまうのなら、こうした”イメチェン”によって武装するのも一つの手ではないでしょうか。

このドラマのタイトルは本当に秀逸です。いざこざを起こしたくない優しい生きもの、すなわち「獣になれない私たち」が主流になった社会で、どうすれば物事を動かしていけるのか。今こそ問わなければならないことを扱うすばらしいドラマだと思います。

<番組情報>

『獣になれない私たち』(日本テレビ、水曜22:00~)▼

主演・新垣結衣×脚本・野木亜紀子の「逃げ恥」コンビが再び手を組んだ「全ての頭でっかちな大人に送る」ラブかもしれないストーリー。ECサイト制作会社に勤める営業アシスタント・深海晶は、周りのあらゆる人に気を遣うあまり、身も心もすり減らしている。行きつけのクラフトビール店「5tap」で会計士・税理士の根元恒星(松田龍平)と出会い、彼女の日常は変わっていくのか…? 晶の煮え切らない彼氏役に「おっさんずラブ」で人気沸騰の田中圭、晶が「5tap」で出会うアパレルブランドデザイナーに菊地凛子、晶の彼氏、京谷の元彼女役に黒木華。晶の周りで起こるエピソードのリアルさ・生々しさが、多くの人の共感を呼んでいる。

WRITING:石川香苗子

新卒で大手人材系会社に契約社員として入社し、2年目に四半期全社MVP賞、年間の全社準MVP賞を受賞。3年目はチーフとしてチームを率いる。フリーライターとして独立後は、マーケティング、IT、キャリアなどのジャンルで執筆を続ける。IT系スタートアップ数社のコンテンツプランニングや、企業経営・ブランディングに関するブックライティングも手がける。学生時代からシナリオ集を読みふけり、テレビドラマで卒論を書いた筋金入りのドラマ好き。

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