インディーズならではの雰囲気、キノコのようにひっそり犇めいて
キノコをテーマにした怪奇・幻想小説のアンソロジー。原書は一巻本だが、邦訳は二分冊で本書はその第二巻。第一巻は、以前に紹介した。新しいアンソロジーを読むひとつの楽しみは未知の作家との出逢いだが、『FUNGI』はその度合いが甚だしく、ぼくが知っていたのは第一巻ではジェフ・ヴァンダミア、ラヴィ・ティドハー、W・H・パグマイア、第二巻ではニック・ママタスぐらい。
英米では—-このアンソロジーの版元はカナダだけど—-マイナーな半商業誌やウェブジンがたくさんあり、本書に作品を寄せている作家の多くもそれら媒体を足がかりに活動している。そういう消息は日本にほとんど伝わってこないのだけど、このアンソロジーや雑誌〈ナイトランド・クォータリー〉はそれを知る貴重な機会を提供してくれる。
本書ではそれぞれの作品の末尾に作者紹介が付されているのだが、それを読むとインディーズ感がひしひしと伝わってくる。まさに、ひっそりと、しかし犇(ひし)めいて繁茂する菌類のようだ。
そのなかに奇貨が埋もれている。本書のなかでは、フリオ・トロ・サン・マーティン「ど真ん中の怪物」が思わぬ拾いものだった。設定はルイ十六世とマリー・アントワネットの時代だが、別の世界線のスチームパンク世界だ。饒舌に綴られシーンごとの異様な描写は細密なのに、シーンとシーンを結ぶ経緯はバンバン飛んでいるし、世界の全体像はいっこうにわからない。ただ、キノコが蔓延がして危機的状況らしいとだけわかる。そのありかたが至極奇妙だ。キノコは燃料であり、食料であり、忌避すべき幻覚剤でもあるらしい。語り手は科学者ないし発明家らしく、キノコの大本をつきとめるべく、フランス海軍から蒸気駆動の大型飛行船を借りて冒険の旅に出る。
ジュール・ヴェルヌ流の「驚異の旅」を、妄想的なまでの極彩色で彩り、もの凄い勢いで早回ししたような作品。しかも、尻上がりに幻覚性の度合いが高まっていく。
サイモン・ストランザス「再びの帰宅」は、主人公アイヴズが幼いころに住んでいた家を訪れる。その昔、彼女は母に連れられ、病気で気むずかしくなった父から逃れるように、家を出てきたのだ。アイヴスの記憶のなかには、父の陰険な目つき、すくみ上がった母を怒鳴りつける声、酸っぱい口臭が染みついている。長い年月を経て戻った家は、たたずまいこそ変わらないが、すべての部屋に有毒なカビがはびこっていた。恐るおそる、家の奥へと進んでいくと……。
帰郷による過去との対峙。怪奇小説のひとつの常套だが、この作品の力は雰囲気の出しかたにある。古びた家の空間に胞子が充満している、その息苦しさ、肺の奥から自分がじわじわ浸蝕されていくイメージが、その先に待ちかまえる恐怖を予感させる。
チャドウィック・ギンサー「やつらはまずブタを迎えに来る」は、このタイトルがまず印象的だ。これは物語冒頭の台詞から取られており、このあと「それから主人たちを迎えにくる」と続く。やつらとはキノコ人間のことだ。人間のように歩き、人間のように狩りをする。語り手はキノコ人間に執事を殺され、蓄えを収奪された。しかし、それははじまりにすぎない。やつらはまたやってくる。
それに備えて、屈強な者どもが雇われた。砂漠の民コール、謎めいたシーオワ人のウェイ、北海から来たヴァルキューラ人の巨漢ハラキ、そこに「盗賊で嘘つき」とも「死んだ男」とも「腕の良い仕立て屋」ともいわれるニードルが加わる。このアウトローたちが、地下都市に棲むキノコ人間の討伐に向かう。西部劇みたいな展開だが、彼らの行く手には予期せぬ陥穽、そしてキノコ人間のおぞましい秘密が待ち構えていた。テンポの良さとドンデン返しが鮮やかな作品。
レアード・バロン「ガンマ」では、冒頭に置かれたシビアな出来事が、エコーのように作品にまとわりつく。語り手の少年時代、父親がガンマという名の雌馬を酷使したあげく、使いものにならなくなると銃で撃って殺した。語り手は自分のその後の人生について、また、生物学や人類史やCIAがおこなったマインド・コントロール実験についてなどその断片的に記しながら、繰り返しガンマのエピソードへ立ち返る。ガンマの死骸に菌類が繁殖していく。
結末で示されるアイデア/ビジョンは、SFではそう目新しいものではないけれど、そこに至るドライな語り口が効果をあげている。
そのほか、幽霊探偵が活躍するイアン・ロジャーズ「青色のへきれき」、菌類との往復書簡の形式で語られるポレンス・ブレーク「菌真者への手紙」、飛行機嫌いの小説家がいやいや搭乗した飛行機で事故に遭い、あわやというときにキノコにすがってしまうポール・トレンブリー「われらが物語は永遠に」など、都合十二篇を収録。
(牧眞司)
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