「満員電車のトラブルを自分たちで解決できれば日本が変わる」 漫画家・しりあがり寿<インタビュー「3.11」第8回>
『真夜中の弥次さん喜多さん』『流星課長』などの作品で知られる漫画家・しりあがり寿さんは、その独特の作画や言い回しのギャグ漫画で親しまれ、時事問題に鋭く切り込むことでも有名だ。文化庁主催の「メディア芸術祭」では、独自の視点で震災や原発を描いた『あの日からのマンガ』で2011年度マンガ部門・優秀賞を受賞している。
東日本大震災が起きた「あの日」からまもなく1年が経とうとしている今、こうした震災をテーマに描いた漫画の裏側に作者のどんな思いがあったのか、改めて聞いてみた。すると、そこには作品や震災に向きあう、しりあがり寿さんならでは考えや葛藤があった。そして、しりあがり寿さんが「日本が変わる」復興のキーワードとして挙げたのは、驚いたことに私たちが普段目にする「満員電車」だった。
・東日本大震災 3.11 特集
http://ch.nicovideo.jp/channel/311
(聞き手:大塚千春)
■被災地ボランティア「ムズムズするなら、とにかく行ったほうがいい」
――しりあがり寿さんの作品『地球防衛家のヒトビト』には、登場人物が「被災地でボランティアをする」様子が描かれていますが、こうした表現の背景には何があるのでしょうか?
これは自らの体験をもとに書きました。描いてあることは本当にあったことばかりですよ。というより、現実にあったことしか描けなかったね。
もともと僕はボランティアとか縁のない性格で・・・。よくないとは思うんだけど、照れちゃってダメというか・・・。でも、「地球防衛家のヒトビト」に登場するキャラクターって、正義心の強い人なわけです。だから、ボランティアについて描かないわけにはいかないし、そのためには自分が行かないわけにはいかない、と思って。
それで、どうしたら被災地へボランティアに行けるかと考えたんだけど、たまたま高校時代の友人が岩手でボランティア活動をやっていて、連絡をしてみたら「何の手伝いもできなくてもいいから、とにかく来て、いろいろ見て伝えてくれるだけでいい」と言ってくれたんですよ。
――被災地でのボランティア活動はいかがでしたか?
(2011年)4月に太平洋沿岸で津波被害の大きかった大槌町(岩手県)に行って、避難所訪問・絵描き教室・避難所の掃除などをしました。もちろん、まだ新幹線も動いてない時期でしたし、ちょっと不安だったんです。
ただ、ちょうど僕が行く前の週かな、静岡に住んでいる義理の弟が、岩手までボランティアに行ったというのもありまして。道路も通ったばかりの時期だったかな・・・「静岡おでん」100人分を持って。勇気づけられましたね。
それで、被災地に何を持っていけばいいか聞いて、「味噌汁とかおにぎりとか、しょっぱいものはいらない」と言われました。じゃあ、甘いものがいいかなって思って、東京でマカロンなんかをいっぱい買って、保冷しながら一生懸命車を走らせたんだ。だけど、盛岡市内は思ったよりは被害が少なくて大丈夫なんだよね(笑)。
――そのエピソードは『地球防衛家のヒトビト』にもありましたね。
そうそう。「じゃあ東京じゃなくて盛岡で買えよ」っていう(笑)。わざわざ東京からマカロンを保冷ながら必死で車飛ばして持っていったのに・・・でも、みんなすごく喜んでくれてね。それが本当に嬉しかった。
――読者のなかには被災地でのボランティアに関心がある人もいると思います。そのような人たちに何かアドバイスはありますか?
とにかく行けばいいんじゃないの。最初は邪魔になるかもしれないけど、次第に慣れていくんじゃないかな。あと、東北は酒も美味しいし、温泉もある。ボランティアじゃなくて、経済支援の形でお金を落とすのもいいんじゃないかな。
3回目に行ったときは漫画家さんたちと16名くらいで2泊3日の予定だったんだけど、僕は用事があって最初からは参加できずに、みんなのボランティア活動が終わった2泊目の温泉宿から参加したんだよね。酒だけ飲んで帰ってきましたよ(笑)。そんなのでもいいから、なんかムズムズしている人はとにかく行ったほうがいいと思うんだ。
でも同時に、みんなが被災地に行く必要もないとも思う。日本列島全体を一人の人間に例えると、いわゆる傷口に集まる白血球のように被災地に集まって復興支援をする役割の人もいれば、全体に血液を循環させる心臓のみたいにその場に残って働き続ける役割の人もいるわけで。それぞれの役割に応じて、身体が熱を出した時みたいに普段よりもちょっと頑張ればいい。特別なことはやらないで、いつもの自分がしていることの1.2倍頑張るだけでもいいと思う。
■原発は、いつか無くなったほうがいいけれど・・・
――震災をテーマとして漫画を描くにあたって、何か気を付けた点はありますか?
デリケートな時期でしたし、いろいろなことを断定的に描けなかった・・・。例えば、原発事故での影響について、「危険」とか「安全」とは簡単には言えない。自分なりに一生懸命調べましたけど、今振り返ると間違った情報で描いていたものもあります。
また、『地球防衛家のヒトビト』は4コマ漫画ですから、当然のように”笑い”も出てきます。特定の誰かが笑いの対象になって傷つかないよう、「抽象的なもの」や「漫画の主人公」を笑いの対象にするなど、充分ではないけど気は配りましたね。
被災者の感情を害しないように、「主人公を笑いの対象にする」など気を配りましたね。
――読者から「不謹慎だ!」といったような反応ありましたか?
その反応はけっこう怖かったんだけど、まったくなかったです。多分漫画を見て不謹慎とか言っている場合じゃなかったんじゃないと思います。
――原発についても漫画のなかで描いていますが、現実問題としてはどうお考えですか?
そりゃあ、いつかは、原発はなくなった方がいいに決まっていますよ。いくら安全対策をしても、大きな地震が起きないとは限らないし、そのリスクが何百、何千年とほとんど永遠に続くわけだし。
でも、じゃあ原発を今、全部止めるべきかというと実は僕はよくわからない。変な話、次に震度7の地震が起きて大規模な原発事故になるのと、ホルムズ海峡(中東産原油の主要輸送ルート)が封鎖されて石油が日本に来なくなるのと、どっちが先か分からない。
最悪の事態に備えるっていうのは、必ずしも地震だけでなく、国際問題とかいろいろ目配りしないといけない。その上で「リスクのない道はない」と腹を決めて、その中の「本命」なのか「大穴」なのか、何かに賭けないといけないわけだ。でも分かんないよね。こんな議論している間に東海地震が起きて、「だから早く止めておけばよかったんだ」ってことになる可能性もあるし。
■「良い人100人」が「悪い人1人」に負けてしまう日本
――東日本大震災から、まもなく1年となります。この1年の日本をどう見ていますか?
まだ震災の借りを返してない感じがするよね。被災地の復興だけじゃなくて、「新しいエネルギー技術ができたね」「すごく良い仕組みができたね」「政治がよくなったね」とか、震災前以上のものを取り返したい。そういうふうに見ると、1年たってもまだ日本は変わってないよね。だから、ちょっと悔しい気がするんだ。
――どうなれば私たちは「日本が変わった」と実感できるのでしょうか?
一言でいうと、満員電車の中のトラブルを自分たちで解決できるようになったら変わったって感じするよね。満員電車で誰かと誰かが喧嘩したりするとしたら、みんな近寄らない。タバコ吸っている人がいたとして、何も言わない。警察や駅員の人が来るのを待っているじゃない。
電車のなかに悪い人が1人いたとして、それに対して良い人が100人くらいいる。だけど悪い人を抑えられない。なんでなんだろうと思う。すごく不思議な感じがするよね。良い人の方が悪い人よりも絶対的に多いし、みんなの知恵を集めればきっといい方にいくはず。警察や駅員の人に頼らずにその車両の中で問題を解決できるようになったら、日本は変わるんじゃないかなあ。
――「良い人100人」が「悪い人1人」を注意することができないのは、なぜなのでしょうか?
良い人100人全員が注意したら悪い人1人なんかに絶対負けない。それでも注意できないのって、周りにいる隣人に対する「信頼」が足りてないのかも。注意しても、注意した人が孤立するみたいな。
でも、そうは言っても僕だって怖くて注意できないと思うし、それぞれの個人にとってはそれが正しいわけ。自分の身を守るためには、それぞれが正しいことをしているけれど、全体として見るとそれが正しくない方向に行っている。
例えば原発政策で、みんなまずいなって思うことがあっても言わないじゃない。言うと仕事をクビになったり、仲間から孤立したりするからさ。それをそのままにして、ただ同調するみたいな、リスクをとらない利己的なものをどう打ち破るかっていうのがあるような気がしていて。うーん、勇気かなあ?その象徴が満員電車だなって気がするね。
――個人としては正しい判断が、全体として正しくない方向に行っていることは、現代の日本に多いように思います。
僕が考えるに、子供が減っていることもそうだよね。今、子どもに関して、1人産んですごく大切に可愛がる風潮があるでしょう。それは子供を育てるという経済的負担から考えると、個人としてはすごく正しいことなんだけど、子供を産み育てるコストが上がって1人しか産めない。あるいは未来を憂いて子供をつくらないことが正しいと考える人もいて、ますます子どもが減っている。
もっと気楽にたくさん産んだほうがいいと思うんだよね。そうすると競争も起きていい子は伸びる。
ただ、同時に0点の子どもも許容する社会だといいよね。最近は無理やり平等にする風潮があるでしょう。それって不自然だと思うんですよ。人は平等じゃなくて、リーダー向きの子もいれば、サポートするのが得意な子もいる。リーダーはみんなの面倒を見るかわりに、メンバーはそれぞれの力を共通の目的のために使う。そういう関係性を経て「信頼」が生まれて、のぺーっとした平等主義ではなく、それぞれが自分の得意なものは何かを見つけていく。
子どもがいっぱいいると、その辺のことが自然にできると思うんだよね。だから、やっぱり子どもはたくさんつくったほうがいいと思うよ。
(了)
◇関連サイト
・ほーい! さるやまハゲの助 – しりあがり寿HP
http://www.saruhage.com
・東日本大震災 3.11 特集
http://ch.nicovideo.jp/channel/311
(聞き手:大塚千春、写真:山下真史)
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