【日曜版】新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第4回 明治時代のベンチャー】
今では、新聞社といえばマスメディアの代表ですが、もちろんはじめからそうだったわけではありません。インターネットが平成初期のベンチャーであったのと同じく、新聞もまた明治のベンチャーだったのでした。
幕末から明治にかけての新聞の企業形態については、資料も多くはなく詳細を知ることは難しいのですが、数人の有志が集まって資本金を出し合い、記事執筆から印刷・販売まで手分けて行いながら新聞を発行していたようです。お金なんかなくても「新聞を作って人々に何かを伝えたい」という彼らの情熱に支えられて、新聞文化はこの国に根付いていったのです。
お金に困って衣類まで質入れ
たとえば『東京日日新聞』は、『江湖新聞』を発行していた西野伝助と粂野伝平が「また新聞を作ろう」と意気投合。友人の浮世絵師を誘い入れて始めました。紆余曲折の末に、ようやく政府から発行許可を得た彼らは、粂野の自宅を発行所にして日報社を設立し創刊にこぎつけましたが、スタートしたときはまだ活字もそろわず、紙面の文字はボロボロ。出し合った資金1000円もすぐに底をついて困窮し、設立メンバー3人は衣類までも質に入れ、外出するときには1枚の羽織を代わる代わる着ていたなどという泣けないエピソードも残っています。
徐々に経営が軌道に乗ると資金調達もできるようになり、全盛期には社主兼主筆であった福地桜痴の月給に250円も払えるまでになりました。新聞は成功すればお金になるビジネスだったのです。おそらく、志を高く掲げて新聞を作った者もいれば、一攫千金を夢見て「金になるビジネス」として手を出した者もいたのではないでしょうか。
当時の物価と新聞の制作費
ところで、福地の「月給250円」というのは、現在でいうとどのくらいの金額になるのでしょうか? 明治から現代までの物価の変動、ライフスタイルの変化を考えると、単純に「明治の1円は、2009年の400円」などと言い切るのは難しいところがありますので、いくつかの指標になりえる物価などを下記の表にまとめてみました。
2004年の総理大臣の給与は、明治15年の2784倍。これから単純に福地の250円という月給を試算すると約69万5000円になり、ざっと年収800万円クラスというところでしょうか。
とはいえ、すべての新聞記者が彼のように高給取りであったわけではなく、ふつうの新聞社員の給料は日当25銭から、せいぜい月給12円~25円くらいまで。社会記事にくわえて「つづきもの」という連載を受け持ことで臨時収入を得てなんとか生計を立てていたようです。
売れ行きを左右した記者の人気
明治初期の新聞は、幕府が倒れたことによって職を失った旧幕臣の文化人たちが作りはじめたものです。新聞は、当たれば大きな利益をあげることのできるだけでなく、新聞記者として名声を得ることができれば政界への道が開かれてもいました。実際に、新聞記者から政府高官へと登りつめた人も少なくありません。
また、新聞記者は世間の注目を浴びる花形職業でもありました。明治7年12月の『読売新聞』には、「新聞筆者を役者に見立大評判」という投書があり、新聞記者の能力や特徴を面白おかしく評しています。新聞記者の人気が売れ行きを左右した時代でしたから、同記事内で「何の芸でも出来ぬことなし」と市川団十郎にたとえられた福地が重んじられ、高給を取ったのは当然のことだったのでしょう。
今のように、戸別販売制度に支えられていなかった当時の新聞は、その記事の確かさ、面白さがそのまま読者の数に反映されていました。新聞社にとって有能な新聞記者を主筆に据えることができるかどうかが社運の明暗を分ける、と言ってもいいほどだったのです。各紙では個性豊かな新聞記者が活躍し、日本なりのジャーナリズムのあり方を模索していきました。
初期の新聞は、作り手も読み手も知識階級の人が中心で、内容もまた政治を論じることが主でしたが、しばらく経つとかわら版の流れをくむ庶民のための新聞が作られるようになりました。それぞれの新聞は、その紙面の大きさの違いから、知識階級向けの新聞が“大新聞”、庶民の新聞は“小新聞”と呼ばれました。次回は“小新聞”についてお話したいと思います。
【参考文献】
興津要『新聞雑誌発生事情:角川選書、1983年
春原昭彦『四訂版 日本新聞通史』新泉社、2003年
秋山勇造『明治のジャーナリズム精神』五月書房、2002年
森永卓郎・監修『明治・大正・昭和・平成 物価の文化史事典』展望社、2008年
■新たに聞く~日本の新聞の歴史~
東京産業新聞社創立記念連載『新たに聞く~日本の新聞の歴史~』【序章】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第1回 かわら版と飛脚】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第2回 新聞あらわる!】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第3回 創刊するもすぐ発禁】
京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。
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