認知症で迷子になっても大丈夫。高齢者を守るキーホルダーって?

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認知症で迷子になっても大丈夫。高齢者を守るキーホルダーって?

高齢化の進展により、2025年には高齢者の約5人に1人の約700万人が認知症の人またはその予備群となるとの推計がある(2015年厚生労働省)。高齢者が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けるための一助となる、自治体と関連機関の取り組みを紹介したい。
高齢者の身元が分かる「高齢者見守りキーホルダー」

突然だが、筆者の両親は東京都町田市に住んでいる。二人とも高齢なため、月に2回は顔を見に訪れるようにしているのだが、あるとき、実家を訪れた私に、母が「二人でこれを持つことにした」と見せてくれたものがある。それはキーホルダーだった。

聞けば、高齢者が外出先で倒れたときや、迷子になったときに身元が分かるようにと、町田市が配布しているものだと言う。母が習い事の先生からキーホルダーの存在を聞き、最近、近所で迷子になったことのある父と自分とで一つずつ持ちたいと申請したところ、地域の担当者が「できれば顔を見てお渡ししたい」とわざわざ訪問して手渡してくれたというのだ。キーホルダーや、そのような手厚いサービスの存在を知らなかった私は、大いに感動し、早速、このようなサービスをほかの自治体も提供しているのかどうかを調べてみた。

すると、そもそもこの「キーホルダー」を開発・製作したのは、大田区にある地域包括支援センター入新井(※)から発足した「おおた高齢者見守りネットワーク」であることが分かった。
※地域包括支援センターとは、2005年の介護保険法改正で制定された地域ごとの保健・福祉・医療・介護予防マネジメント等の拠点。高齢者にとってはこうした分野で困ったことがあったときの相談窓口となっている。医療関係者たちの声から見守りシステムが生まれた

医療や福祉、介護の専門職を招いて、隣近所に住む高齢者の異変に周囲が気付くためのセミナーを開いていたこの団体が、医療ソーシャルワーカー(MSW)と打ち合わせを行っていたときのこと。医療現場で、高齢者の身元が分からずに困っているケースが多いと話題になったのだと言う。

「外出先で倒れて意識不明のまま救急搬送されてきた高齢者などは、救命のための高度医療が必要になることから、すぐに家族に連絡を取る必要があるが、連絡しようにもすぐには身元が分からないことが多い。病院では、こういったことが毎日のように起きているという話でした」(「おおた高齢者見守りネットワーク」発起人兼「地域包括支援センター入新井」センター長・澤登久雄さん)

「外出先で何かあったときに身元が分かるものが欲しい」「それならいっそのこと、地域で高齢者を見守るシステムそのものからつくってしまったらどうだろう?」という打ち合わせ時での会話が発展して、『SOSキーホルダー登録システム』というアイデアが生まれた。キーホルダーを、身元を照会するシステムごとつくろうとしたのだ。セミナー時にダンボール製の“救急車”を使った寸劇を参加者に見せ、「こういうシステムをつくったら、皆さん登録してくれますか?」と呼びかけたところ、参加者から大きな拍手が湧き起こったという。

その翌日から、『SOSキーホルダー登録システム』プロジェクトが早速始動した。

【画像1】左:大田区高齢者見守りキーホルダーの表面。登録者それぞれに割り振られた登録番号が記されている。名前や住所等の個人情報が一切ないため、個人情報が流出したり悪用されたりする心配はない。右:同裏面には、キーホルダーの持ち主である高齢者の居住エリアを管轄する地域包括支援センターの名前と電話番号が。医療機関や警察などがここに電話することで、迅速な情報提供が行われることになっている。2015年8月からは、地域包括支援センターが閉まっている夜間や休日もコールセンターの担当者が照会に応じることになり、365日24時間対応となった(写真撮影:日笠由紀)

【画像1】左:大田区高齢者見守りキーホルダーの表面。登録者それぞれに割り振られた登録番号が記されている。名前や住所等の個人情報が一切ないため、個人情報が流出したり悪用されたりする心配はない。右:同裏面には、キーホルダーの持ち主である高齢者の居住エリアを管轄する地域包括支援センターの名前と電話番号が。医療機関や警察などがここに電話することで、迅速な情報提供が行われることになっている。2015年8月からは、地域包括支援センターが閉まっている夜間や休日もコールセンターの担当者が照会に応じることになり、365日24時間対応となった(写真撮影:日笠由紀)反響を呼び、やがては大田区の事業に

登録を申請する用紙の項目は、たたき台をつくって消防署にアドバイスをもらった。警察には派出所の警官にサンプルを配布し、病院にはソーシャルワーカー会を通じて周知を図った。しかし、大田区にある20カ所の地域包括支援センターのうち、呼びかけに応じて参加したのは、発起人である澤登さんが所属する地域包括支援センターを含めた6カ所のみだった。

ところが、2010年8月から申請をスタートしたところ、これが大変な反響を呼んだ。申請に来た人が、友人の分もと申請用紙を持って行く。そのうち、『SOSキーホルダー登録システム』を導入していないエリアの高齢者が「どうしてうちのエリアにはキーホルダーがないのか!」と地域包括支援センターや大田区に苦情を寄せるようになった。

『SOSキーホルダー登録システム』をスタートしてから2年目には、年に1回、登録者自身が地域包括支援センターを訪れて登録内容を更新する仕組みをつくった。緊急連絡先などの情報の更新が目的だが、地域包括支援センターのスタッフが『この人は認知症が少し進んだようだ』といった現状把握ができること、高齢者がまだ元気なうちに地域包括支援センターとつながることができるといったメリットもある。

【画像2】左:登録のための申請用紙。救急搬送の際に救急隊員が知りたい項目を優先し、不要と判断された項目は削除した。右:年に1回登録内容を更新する(画像提供:大田区高齢福祉課)

【画像2】左:登録のための申請用紙。救急搬送の際に救急隊員が知りたい項目を優先し、不要と判断された項目は削除した。右:年に1回登録内容を更新する(画像提供:大田区高齢福祉課)

こうした手応えから、しだいに澤登さんは、「これは一任意団体としてやることじゃない。このままでは、大田区民全員にキーホルダーを渡すことはできない」ともどかしい思いを抱くようになる。一方、大田区も、キーホルダーの効果を認め、大いに評価していた。

「キーホルダーのシステムを導入していないエリアの区民からの要望や、区議会議員からの働きかけなどがあり、キーホルダーのシステムを大田区という自治体の事業として始めることになりました」(高齢福祉課高齢者支援担当係長・遠藤嗣人さん)キーホルダーを「お守り代わり」として積極的に出かけられるように

2012年4月。大田区の事業として『見守りキーホルダー登録システム』がスタートした。65歳以上の区内在住者なら、無料で登録できる。

「お守り代わりに持ってもらえればと考えています。キーホルダーがあることで、高齢者の方々がアクティブに行動され、家族も安心して『出かけていらっしゃいよ』と送り出せるようになったようです。区報で登録を呼びかけると、翌日は電話が鳴りやまないほどの問い合わせがあります」(遠藤さん)

登録者数は、2015年11月末時点で累計3万422人。登録後に亡くなった人も含むため、約2万6000人がキーホルダーを現在保有している。区内の65歳以上の人口が約16万人であることからすると、だいたい6人に1人が登録していることになる。

2014年度実績では、キーホルダーに関わる病院・警察・消防等からの問い合わせ182件のうち、59件が登録者の体調不良や徘徊に関わる照会だった。2015年度では、11月末までの時点ですでに病院等から51件の照会があり、キーホルダーが身元照会ツールとして機能していることがよく分かる。「見張り」「監視」のGPSとは違う「見守り」

「GPS機能のある見守り機器を持たせるのとどこが違うの?」という疑問を持つ人もいるだろう。その疑問には、澤登さんが実に明快に答えてくれた。

「GPSは、高齢者がどこにいるかを家族が把握するといった『監視機能』こそありますが、医療関係者や救急隊員が身元を知って家族に連絡を取りたいと思ったときに役に立つわけではありません。それよりも、この超アナログなキーホルダーの方が、医療関係者や消防、地域包括支援センター、家族といった、高齢者を見守る人同士を確実につなげることができています」(澤登さん)

大田区では、キーホルダーを持ち歩くことに抵抗を感じる人向けに、オプションとしてカード型のツールも用意している。

「お財布の中に入れておけば、万が一、外で倒れたときなどには、すぐに見つけてもらえます。男性の方には、カード型を選択する人も多いですね」(遠藤さん)

また、キーホルダーを忘れがちな高齢者や、何も持たずに徘徊してしまう高齢者には、衣服に必要な情報を貼り付けるアイロンシールもある。2015年度はモデル事業として4つの地域包括支援センターでしか扱っていなかったが、新年度からは大田区全体で配布を始めるそうだ。

【画像3】左:キーホルダーのオプションとして選択できるカードタイプ。右:2016年度から区内全域で配布が始まるアイロンシール。10枚単位で配られる(画像提供:大田区高齢福祉課)

【画像3】左:キーホルダーのオプションとして選択できるカードタイプ。右:2016年度から区内全域で配布が始まるアイロンシール。10枚単位で配られる(画像提供:大田区高齢福祉課)全国に広がるキーホルダーのシステム

現在、大田区に追随する形で全国の自治体がこのキーホルダーのシステムを導入している。中には、有料だったり、要介護度に応じた条件をつけているところもあるが、澤登さんは、「キーホルダーをつくって配って終わり、では意味がない」と力説する。

「本人が『申請』というアクションを起こして、年に1度の更新のために地域包括支援センターを訪れることこそが大事だからです。そうすることで、元気なうちに地域包括支援センターとつながり、さらに高齢となったときのための心構えを徐々に整えることができます。そのために、更新などのシステムごと導入してもらえるようにと実用新案登録も行いました」(澤登さん)

「キーホルダーは、民生委員や地域包括支援センターのスタッフが区内の高齢者宅を訪問する際の良いきっかけにもなっています。『どうしていますか?』と訪ねていくだけではなかなかドアを開けてもらえませんが、『キーホルダーの登録に来ました』と言えば、開けてもらいやすい。高齢者の中には、自分で申請に行くどころか、ポストまで郵便物を取りに行けない人もいるし、配布物に目を通して理解することができない人もいる。そういう高齢者の存在を把握してサポートしていくのも課題のひとつですが、キーホルダーがその第一歩にもなっている。これもキーホルダーの波及効果の一つだと思います」(遠藤さん)

正直、この記事の取材をするまで、「地域包括支援センター」の存在すら知らなかった筆者。高齢の親を持つ身としては、地域にこれだけ頼れるサポート体制があることが分かり、心強い限りだ。実のところ親の老いを正面から受け止めるのはなかなかしんどいと感じていたが、キーホルダーをとっかかりに、親も私も老いへの心構えができてきたように思う。●取材協力
大田区 高齢者見守り・支え合いネットワーク
おおた高齢者見守りネットワーク
元記事URL http://suumo.jp/journal/2016/02/12/105943/

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