第36回 『吸血の群れ』

第36回 『吸血の群れ』

 8月! 夏休み真っ盛り! 東京23区でアスファルトに囲まれて育った私は、小学生時代の夏休みは毎年、両親の田舎で自然と戯れて過ごした。林では昆虫採集、小川ではカエルを捕まえ、夜になると田んぼから聞こえてくる「ゲコゲコ」を子守唄代わりに眠った。だから私はカエルに夏休みの郷愁を覚えるのだが、マサカの『ど根性ガエル』実写化に際して真っ先に思い出したのが、『FROGS(カエル)』を原題とした『吸血の群れ』だった。

 当時のチラシを見てもらいたい。「右頬に赤蛭ぴたり 首筋に縞蛇ぬるり 胸元に守宮(やもり)ひたひた 内股に蜥蜴 ふくらはぎに毒蜘蛛 助けを求める腕にも蛙が喰いつく!」。いつにも増して絶好調な日本ヘラルド映画の宣伝惹句。ポスターデザインのメインに使われた人の手をくわえたカエルもイイ感じだ。裏の解説には、カエルやヘビやワニなどが吸血生物となり、環境破壊をする人間に復讐を始めるとある。だが劇場に足を運んだ観客を襲ったのは、恐ろしい吸血生物ではなく「恐ろしいほどの脱力感」だった。さらに実写版『ど根性ガエル』よりもマサカな衝撃のラストが!

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当時のチラシの裏面

 避暑地フロリダの湖で公害の取材をするカメラマンのスミスは、生息する生物、投棄されたゴミ、垂れ流される廃水を撮影していた。湖には個人所有の島があり、スミスはそこで車椅子に乗った大富豪の老人と出会う。その島では毎年7月4日の独立記念日に、親戚一同が別荘に集まってお祝いをする慣習があった。富豪の厳格なおじい様を演じているのは、オスカー俳優のレイ・ミランド。この作品が製作された1972年、『Mr.オセロマン 2つの顔を持つ男』では失笑モノの双頭人間で出演している(当コラム第9回参照)。

 島ではヒキガエルが異常繁殖していて、おじい様はスミスにカエルの生態調査と駆除を依頼。森に入ったスミスは、毒ヘビに咬まれた使用人の死体(水溜りに顔を浸けているのが苦しいのか、メッチャ腹が上下している)を発見する。屋敷の窓にはカエルがウジャウジャへばり付いている。「人間は世界の主だ」と驕り高ぶるおじい様は、「もし自然が攻めてきたら?」というスミスの問いに、「座して待つだけだ」と偉そうに答える。

 そして独立記念日の朝、スミスのイフが現実のものとなり、島の生き物達が一斉に蜂起を開始する。タランチュラやヒル、毒ヘビ、カメが群れを成して親族らを殺害し、ある者は利口なトカゲに劇薬の入った瓶を地面に落とされ、その蒸気で窒息死。当家の婿養子はワニに襲われ沼で格闘となるが、ワニは麻酔でも打たれているのか、なんだかダランとしている。そんな脱力ワニと抱き合い「わあ~っ」とか叫びながら転げまわる婿殿。再生ストップで見ると、ワニの口はしっかり縛られていた

 定刻がきても集まらない親族らにおじい様がイラつき始めるが、変死体が発見され祝宴は一旦中止。人が退いたテーブルの上にカエル達が飛び乗り、星条旗が描かれたデコレーションケーキの上をペタペタと土足で(当たり前か)踏ん付けていく。反米ガエルのピョン吉様だ。

 うまい具合におじい様の資産を狙う親戚はすべて生物らに殺され、生き残ったのはおじい様、その孫娘、幼い曽孫兄弟、スミスの5人だけとなる。それでも独立記念日のお祝いをしようとする頑固なおじい様を1人屋敷に残し、スミスら4人は島を脱出する。

 日が暮れると、カエルの群れが窓ガラスを破って屋敷内に侵入し始める。部屋の中を埋め尽くさんばかりのカエル。「ゲコゲコ」と鳴き止まぬカエルの合唱に、精神的に追い詰められていくおじい様。「座して待つだけ」を有言実行するが、心臓発作で苦しみ出し車椅子から転げ落ちる。そこへ容赦なく飛び乗ってくるカエル達。おじい様が何か呻いたと思ったら、そこでもうエンドロールが始まる(え?)。その間、音楽は流れず、ただ静かに「ゲコゲコ」とカエルの鳴き声。カエルは人を喰わなかったし、血を吸ったのはヒルだけだった。

 そして衝撃のラスト。エンドロールが終わり映画も終了と思いきや、画面右の上手から人の手をくわえたアニメのカエルがピョンピョンと跳ねてきて、中央で正面を向き「ン~」という声と共にそれを飲み込み、またピョンピョンと下手へ消えていった。ポスターに偽りなかった(苦笑)。ここ、劇場ではエンドロールの途中で席を立ってしまい、見逃した人が多いだろうね(残念!)。

 この作品は1972年のアメリカ作品だが、日本公開は3年後の1975年で、その年は『ジョーズ』による動物パニック映画ブームの幕開け。機を見るに敏な日本ヘラルドが「ここだ!」と便乗し、とっくに終わっている作品を安く買い付けたのだろう。そしてヒッチコックの『鳥』を真似た『蛙』では迫力ない、かといって『悪魔の蛙』とかでもシックリこない。いっそ「吸血」だ! と大ハッタリかましたのだ。観たくなった? しかし残念なことに日本公開作品にしては珍しく、なぜか日本ではDVDもブルーレイも発売されていない(80年代のビデオのみ)。商品化を待とう。

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