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日本からはクラブカルチャーはなくなります。

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今回は@cursed_stevenさんのブログ『Strings of Netlife @ tumblr』からご寄稿いただきました。

日本からはクラブカルチャーはなくなります。

好きなんですよ?私は

以前出していただいた昼間のクラブイベント(ファンイベントと呼んだほうが相応しいような雰囲気でしたが)で「生もの特有のスリル」とか「予期しないお客さんからの反応」を改めて浴びるほど感じて、自分の中のどっかのなんかが蘇ったような感触は確かにありました。アーわしまだそっち側の人間でいられるんだな、と。このときは8年ぶりに人前でDJとしてplayしました。若き日の私が感じた、「あ、DJこれおもしろいぞけっこうガチで実際やってみたいぞ……!!」っていうあのなんともいえないコーフンがそこにありました。

これを、誰かに伝えたくもあり、その入口としてやっぱりplayを見てもらって聴いてもらって、できたら踊ってもらって。何か感じるところがあって、いきなりDJ始めろとは言いません、ちょっとそういう音楽でも聴いてみようかなとか、それでも十分DJ冥利に尽きるところはあります。

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話はがらりと変わりますが、私はいままでいくつかの会社に勤めて、ビルの数にして5,6本が勤務先になりましたが、喫煙者のマナーが問題にならなかったところはひとつもありませんでした。残念ながら世間が喫煙者には厳しい方向に向いてしまっているのだろうとも思います。「全員がそう」なんじゃなく「ひとりでもいたら問題になって全員疑われる」のが常でした。

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話を戻します。

“今回の摘発は、ダンスクラブの深夜営業が原因です。”

「六本木のクラブVANITY(バニティ)が警察に摘発されたらしい」 2013年05月26日 『tokyoSNC~サラリーマンナンパクラブ』
http://tokyosnc.publog.jp/archives/28461657.html
※この記事は現在、公開されていません。

いままで何度となく見てきたこういう「クラブへのガサ入れ」も、なんだか数ヶ月に一度の定例イベントになりつつあるような気さえしてしまっていちいち危機感を持つのも馬鹿馬鹿しくなってきた昨今ですが、正直無理もないなと感じています。大きかろうが小さかろうが、そもそもクラブに興味がない方からすれば

深夜暗い所に男女が集まって身体をくねらせ、ことによっては薬物だの売買春斡旋だのなんかそういうことやってるとこでしょ?

というようなものでして、前半はどこへ行ってもやってますし(ダンスですから/そのすべてが深夜かどうかは別としても)、後半に関しても一部の箱では行われているとみられています。実際に少し大きなところになれば、一般客から見えないところにつくった通称「VIPルーム」みたいなところが用意してあり、中で何をしているかわかったものではないわけです。事実がどうあれ、それくらい簡単にできるんだからどうせやってるよね、と思われるわけです。クラブミュージック/カルチャー、そもそも音楽に対して興味がない人々にそんなの外から見て区別がつくはずもなし。「踊る自由を」とかそういうヌルい話ではないんです。

SAKIYAMA Nobuo/崎山伸夫@sakichan

クラブ深夜営業摘発をめぐる諸tweetを見ていると、認識の甘さがすごいなというか。「夜型社会」というキーワードで行政サイドでどういう議論が積み上げられているかを認識していない。「風営法が時代にそぐわない」では到底乗り越えられない価値観の衝突がそこにはあるのだが。

2012年04月15日
https://twitter.com/sakichan/statuses/191421797890146306

「一部のバカのせいで全体が規制されて損する」という構図は喫煙もクラブ(カルチャー)も同じです。VIPルームなんかもちろんない、薬物だの売買春だのそんなの全く縁がないといくら「なかのひと」がひとりやふたりで内輪で言い張ってみたところで何も変わりません。ダンス議連などはっきり言ってお笑い種です。「踊る自由」をとか “Dance is not a crime” とかではもうどうしようもないところまできてます。「夜の盛り場」のひとつとして発展してきた結果として諸問題が噴出してしまう形になっています。社会と融和する態度を見せずに「私たちは不当に虐げられている!」と大騒ぎしてももうムダです。
折りに触れて書いているのですが、「日本のクラブカルチャーは行政や警察ともうまく握らないとそのものが消滅する」という認識に立脚した動きが出てこないともう20~50年ほどもすれば日本から「音楽に合わせて踊る場所としてのクラブ」は消滅するでしょう。

私自身はああいうダンスミュージックはせいぜいちょっとのお酒でもあれば十二分に楽しめるものだと思っています。暗くなくても。真っ昼間でも。

周辺との軋轢の克服のありようの示し方としてのRe:animation

私は関係者でもなんでもありませんが、先日この認識にしっかり立って5回「完走」した昼間・そして屋外のダンスミュージックイベント “Re:animation” の5回めを先日ちらりとはいえ実際この目で見てきました(※4回めまでは旧コマ劇前広場で21:00までだった)。そこでいくつか驚いた点がありました。

古式ゆかしいクラブイベントには「音は一瞬たりとも止めない」という不文律があって、雰囲気を壊さないようにとDJが交代する際もうまく音をつなげて音を止めないものですが、Re:animationでは周辺の混雑が酷くなってきたら音を止めて混雑整理を優先させていたのです。

……なんだそんなことかと思う方もおられるでしょう。
しかしそうした不文律の多い世界だけに、まずは箱/会場の責任者やイベント主催者がはっきりわかる形で旗を振らないと、クラブカルチャーのほうこそが、これまでのルールを変えて社会と融和していく必要性が理解されません。そこを通すためには周辺地域住民や行政、警察と同じテーブルに、それもいままでとは違う方法でつくのがよいと考えています。たとえばこのRe:animationもそうですし、ビリヤードが競技者団体か何かをつくってロビイングをやって規制の網から抜けた例が参考になるのではないでしょうか。 “Stay Underground” なんて甘えでしかなかったんです。いち文化として生き残るためには、こういう政治的動き……というとダンス議連のような話にも聞こえますが、「クラブ営業」以外の地道な活動でなんとかなるギリギリのところなのではないでしょうか。たとえば地元警察の巡回先にしてもらうであるとか、それこそ4回めまでのRe:animationに全面協力してくださっていた新宿区の担当の方に知恵をお借りするとか。

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カウンターカルチャーだから法令を遵守しなくてよいということはないはずです。が、スレスレのところをフラフラする刺激がある種の厨二病的メンタリティにfitしてしまった感は自分の過去を思い返しても正直認めざるを得ず、いまそれを他人に対して言うのかという葛藤も多少あります。
それでも、法令を無視しようというところまで突っ張って「カウンター」気取るのであれば、表現の自由を「盾」にとらずにむしろそれに殉じる意気、逮捕上等でがんばっていただきたい。「カルチャー」として生き残るか、「潜在的犯罪者集団」としてさらに潜るかの境目はこのあたりにあるのではないかと思います。

堅くやってるお店のひとからすれば、「なにもやましいところはないのに一部のクズ共のせいで規制の網だけかけられる」という意識なわけでしょうし一方的に損だけさせられてる感じもするのでしょう。しかしニーメラー*1をひくまでもなくそんなことを言っていてももう元には戻りません。規制が厳しくなったのはここ1,2年の話などではありません。私が学生時代に何度か行った青山の箱はもうありません。90年代末、私の音楽的素地を固めたというか最後の仕上げ(?)になった場所であり、たいへん思い出深い場所だったのですが。

*1:「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」 『wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/彼らが最初共産主義者を攻撃したとき

あるいはVIPルームに類する機構を持つ箱だけに規制とかならまだマシかもしれませんが、それならそれで、そういうのがない箱の関係者は手を組んで、十把一絡げにするなというアピールをしていく必要があるのではないでしょうか。「行政や警察のような奴らと手を組むなんて!」という方もあるかもしれません。そもそも「反体制」であることがアイデンティティの大きな位置を占めてきた分野だけに、心理的抵抗が根強いということもあるのかもしれません。
しかしそんな彼らのメインももう30-40代、薄々もう後戻りできないことに気がついていて、自分たちも歳とってきています。そんな中で誰が何をどうしたいのか、このまま何もしないならしないでもそれはそれ、さらに潜る道を選ぶこともあるのかもしれませんが。「全共闘時代にできた小劇場でも法律はちゃんと守ってる」というある人の言葉が、私の胸にはわりと深く刺さっています。

結局黙っている

規制目的は、風営法1条によれば『善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため』とあります。この目的自体はもっともだと思いますが、過度に広汎な制約は許されませんし、また恣意的な運用も許されません。風営法が想定するような事実が、実際のクラブの現場にどれほど存在するのかは疑問だと思います。ここで根深い問題として存在するのが、クラブに漠然と漂うイメージの悪さです。
例えば、性的な問題、ドラッグや暴力問題、近隣への騒音などが考えられます。一部にはこのような問題が実際に存在するのかもしれませんが、だからといってクラブ営業全体の規制が直ちに正当化されるわけではありません。クラブに遊びに行っている人は、もちろんそういったことはないと知っていると思いますが、世間の大半の人はそのようには思っていません。
そのように実態とかけ離れ、社会を独り歩きしているクラブのイメージの悪さが、必要以上にクラブに対する強力な規制を招いてしまっているのだと思います

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via. 「特集 風営法について考える」 『CLUB CULTURE MAG.』
http://www.factry.co.jp/floornet/145/c1-5.htm

※ちなみに私は若い頃、ドラッグでアレんなっちゃったひとをクラブで見たことがありますし、近隣から騒音で苦情が来たために自分のいたイベントが途中で中止になったこともあります。暴力問題どころか少し前には殺人事件が起きて報じられたこともありました。性に関する問題も伝え聞くだけなら聞いています。

言ってしまえば、中核を成してきた一団(よくとりあげられるのはTechno/House/Hiphopあたりでしょう)が、その自らが作り上げてきたスタイル/不文律と社会適応の間で動けなくなって腐ってきてるように私には見えています。そんなおっさんたちはそうして時代から切り離され忘れられていくかもしれません。そして繰り返すようですが、VIPルームがあろうがなかろうが、いまのところそのあたりの立法に関わっている人たちにとってはどうでもいいのです。

私自身、先週の「昼間」、「Technoの」DJとしてブースに立ちましたが、ほんとにあれだけ楽しいのは最後だったのかもしれん、という覚悟を決めるときは近いと思っています。

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そして若い方々はどうかというと、規制がどうのとはぜんぜん関係なく真っ昼間に規制の網から遥か遠いところでぜんぜん違うことをして楽しんでいます。そういうおっさんたちとそもそもかかわりたくないのです。
「電子音楽」というところまでくくりをひろげると、ある意味先鋭的な、テンションがガンガン上がらないとダメみたいな価値観を共有する気が全くなさげなイベントも出てきていて、そういう話が耳に入るようになってきています。そういう多様性は案外あります。

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こうして日本からはいままでのような「クラブカルチャー」はなくなります。

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デカい資本をつけたところは物理空間が使える。ほか一般人の居場所はネットだけ、物理空間は一切無理……そういうふうになっていくと思います。大きな公共のホールのコンサートみたいになっていくでしょう。

さらにもしかすると近い将来、何かの面接で「履歴書の趣味欄に音楽鑑賞とは書くな」と指導されたり聞かれても音楽については応えるなと指導されるようになったりするかもしれません……流石に行き過ぎた想像であってほしいと思いますが。

この文章をいつ公開するかそのままお蔵入りにするか相当悩みましたが、たまたま自分の出番が続いたこのタイミングに考えたことを書き留めることだけはしておこうと思います。
また私自身の今後ですが、

・ オールナイトのイベントには一切関わりません。
・ 家にピアノがある人がそれを弾くように、家でぽろぽろとDJを楽しめればそれで十分です。(たまにUstなどするかもしれませんが)
・ もし何かのイベントに関わるとしたら、現行法令は認識可能な限り遵守します。

執筆: この記事は@cursed_stevenさんのブログ『Strings of Netlife @ tumblr』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年06月12日時点のものです。

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