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「汚名挽回」という言い方は間違っている、とする主張の根拠が分からない

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今回はyunishioさんのブログ『こりゃ、ほたえな』からご寄稿いただきました。

「汚名挽回」という言い方は間違っている、とする主張の根拠が分からない

「汚名挽回」という言い方は間違っている、という指摘をたびたび目にすることがあります。

オレ自身がこの言葉をつかう機会はいままでなかったのですが、他のブログなどでこの言いまわしを使ったところ、コメント欄で「汚名は挽回するものでなく返上するものだから、その言い方は間違っている」と指摘されているという場面にたびたび出くわします。

オレが最初にこうした指摘を見たのは20年くらい以前、朝日新聞が出した記者向けのハンドブックでした。(記者ハンドブックというと共同通信のものが定番で、他紙の記者もよく使っているそうです。おそらく共同ハンドブックでも同様の指摘があるのではないでしょうか。)
しかし、この時点ではあくまでも記者向けに書かれたもので、一般的にそのような指摘をするようなひとは見かけませんでした。テレビのプロ野球ニュースなどでも「汚名挽回」といった言いまわしは多用されていたように記憶しています。

ただ、テレビアニメ『Zガンダム』(85~86年のアニメだそうです。)の登場人物がこの言いまわしを用いたところ、アニメ雑誌『月刊OUT』で批判されていた、という指摘もいただきました。

間違いの指摘がいつから始まり、それがどのように広まっていったかはよく分かりませんが、オレが日常的に目にするようになったのは今世紀に入って以降、おもにインターネット上でのことです。

最近になって、間違いの指摘を目にするようになったということは、それ以前に「汚名挽回」という言いまわしが少なかったか、あるいは以前から「汚名挽回」という言いまわしはされていたけども間違いだと考えるひとが少なかったか、そのどちらかだと考えられます。

過去の用例を調べるのに、いちばん簡単な方法の一つは、『青空文庫』で近現代文学の用例を調べることだろうと思います。

以下、Googleで『青空文庫』を検索した結果を示します。現時点で「挽回」は50件の該当がありました*1(坂本龍馬「船中八策」はなぜか2つのページがあったので除外しています)

*1:「挽回 site:www.aozora.gr.jp」検索結果『Google』
https://www.google.co.jp/search?q=挽回+site:www.aozora.gr.jp&pws=0

坂本竜馬「船中八策」
『苟(いやしく)も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並立するも亦敢て難(かた)しとせず。』

内村鑑三「デンマルク国の話」
『自由宗教より来る熱誠と忍耐と、これに加うるに大樅(おおもみ)、小樅(こもみ)の不思議なる能力(ちから)とによりて、彼らの荒れたる国を挽回(ばんかい)したのであります。』

横光利一「静かなる羅列」
『SとQとの二城の争闘が根絶されたときには、天下は再び王朝の勢力を挽回した。』

服部之総「新撰組」
『公武合体派を抑制しつつ一挙「鎌倉以前の大御代を挽回」するというのが、寺田屋に憤死した「浪士」派の、粒々半カ年にわたる工作の荒筋だった。』

坂口安吾「訣れも愉し」
『老婦人は私の訪れによつて幾分勇気を挽回したらしい。』

永井荷風「上野」
『俳優沢村氏新戯場ヲ開カントシテ未ダ成ラズ。故ニ温泉場ヲ開イテ以テ仲街ノ衰勢ヲ挽回セントスル也。』

豊島与志雄「父の形見」
『その頃君の父は、土地の思惑売買に失敗し、更に家運挽回のための相場に失敗し、広い邸宅を去って、上野公園横の小さな借家に移り住んでいた。』

長塚節「商機」
『彼の一家は以前から衰頽に傾いて居た。此の家運を挽回しようといふ希望は常に彼の心を往來して居た。』

福沢諭吉「徳育如何」
『しかのみならず論者が、今の世態の、一時、己(おの)が意に適せずして局部に不便利なるを発見し、その罪をひとり学校の教育に帰(き)して喋々(ちょうちょう)するは、はたしてその教育をもって世態を挽回するに足るべしと信ずるか。』

小栗虫太郎「一週一夜物語」
『つまり、四十碼(ヤード)スクラムからスリークォーター・パスになって、それを、私がカットして好蹴(キック)をタッチに蹴出す。一挙これじゃ、三十碼(ヤード)挽回ね』

斎藤茂吉「双葉山」
『これは確に双葉が自己の悪い体勢を挽回せんが為にやつたものとのみ考へられる。』

辻潤「錯覚した小宇宙」
『自分は今日の十中八九までの日本の不幸な現状は所請欧米の文明を盲目滅法に模倣した結果だと考えている。今に至ってはとうてい挽回の道もなさそうだが、一応忠告だけはして置きたい。』

太宰治「善蔵を思う」
『これでよし、いまからでも名誉挽回が出来るかも知れぬ、と私は素直に喜んでいた。』

宮本百合子「平和への荷役」
『軍人としてさえ恥を知らないジェスチュアによって東條の人気を挽回することで、その努力の一歩前進させることを期待したファシズム勢力があることこそ、わたしたちの警戒しなければならない最大の危険である。』

中島敦「斗南先生」
『もし我をして絶大の果断、絶大の力量、絶大の抱負あらしめば、我は進んで支那民族分割の運命を挽回(ばんかい)せんのみ。』

与謝野晶子「私の貞操観」
『父が株券などに手を出して一時は危くなった家産を旧(もと)通りに挽回(ばんかい)することの出来たのも、大抵自分が十代から二十歳(はたち)の初へかけての気苦労の結果であった。』

森鴎外「かのように」
『無論この多数の外に立って、現今の頽勢(たいせい)を挽回(ばんかい)しようとしている人はある。』

水野仙子「醉ひたる商人」
『かうした心掛に立脚した、家運の挽回といふ常に止む事のない念は、みじめな目に遇ふ程煽りたてられ、艱難が烈しければ烈しい程強いものになつて、三十年の年月をまつ黒になつて燃えつゞけた。』

原勝郎「東山時代における一縉紳の生活」
『荘園制度の持ち切れないものなること、頽勢の挽回し難きものなることは、この征伐の不成功によっていよいよ明白になった。』

正岡子規「俳人蕪村」
『和歌は万葉以来、新古今以来、一時代を経(ふ)るごとに一段の堕落をなしたるもの、真淵(まぶち)出でわずかにこれを挽回したり。』

福沢諭吉「日本男子論」
『また人の口にし耳にするを好まざる所のものなれば、ややもすれば不知不識(しらずしらず)の際にその習俗を成しやすく、一世を過ぎ二世を経(ふ)るのその間には、習俗遂にあたかもその時代の人の性となり、また挽回すべからざるに至るべし。』

エドガー・アラン・ポー 佐々木直次郎訳「モルグ街の殺人事件」
『実際に名家の出であったがいろいろ不運な出来事のために貧乏になり、そのために気力もくじけて、世間に出て活動したり、財産を挽回(ばんかい)しようとする元気もなくしてしまった。』

堀辰雄「花を持てる女」
『小さな骨董(こっとう)屋をはじめた。が、それも年々思わしくなくなる一方で、もう米次郎には挽回の策のほどこしようもなく、とうとう愛宕下(あたごした)の裏店(うらだな)に退いて、余生を佗(わ)びしく過ごす人になってしまった。』

徳田秋声「縮図」
『四十過ぎての蹉跌(さてつ)を挽回(ばんかい)することは、事実そうたやすいことでもなかったし、双鬢(そうびん)に白いものがちかちかするこの年になっては、どこへ行っても使ってくれ手はなかった。』

芥川龍之介「木曾義仲論」
『然れ共、入道相国の剛腸は猶猛然として将に仆れむとする平氏政府を挽回せむと欲したり。』

清水紫琴「誰が罪」
『しかるに天下一人の、これが頽(くづれ)を挽回するの策を講ずるなし、かへつてこの気運を煽動し、人才登用を名として、為に門戸を啓き、名望あるの士を迎へて啗(くら)はしむるに黄金をもつてし、籠絡して自家の藩籬に入れ、もつて使嗾に供せんと欲す。』

海野十三「十八時の音楽浴」
『うむ、昨日の予定違いを、今日のうちに挽回しておかなくちゃ』

岡本かの子「雛妓」
『郷党の同情が集まり、それほどまでにしなくともということになり、息子の医者の代にはほぼ家運を挽回(ばんかい)するようになった。』

宮本百合子「便乗の図絵」
『東京裁判という国際的なスポット・ライトに照らされた場面に人の目が集められているこの数年間に、その舞台のかげでさまざまの方法で旧勢力を挽回しようとつとめて、かなりの効果をあげている日本のかくれた軍国主義者の行動に対して、わたしたちは決してお人よしであってはならない。』

長谷川時雨「渡りきらぬ橋」
『ともあれこれは、我が家の第二の招いた災難になったのだった。母は精神をすりへらして挽回し、積累の情弊を退ぞけたが、根本の利益を目的の株式組織ということをよくのみこまないでいた。』

正岡容「わが寄席青春録」
『事変後急に漫才を重点的に起用しだしてからこの東西の位置は顛倒(てんとう)しだし、しばらく東京方から挽回しだした』

宮本百合子「海流」
『将来御許の片腕となって家運挽回をはげむにも今の世の中に小学きりではと思い、私は泣いて行ってくれと申せど、悌二は兄さんには僕の心持がきっと分ってもらえると申して承知しません。』

吉川英治「私本太平記 黒白帖」
『夜もおそくまで、終日(ひねもす)、人々の意見を徴(ちょう)しては、次の挽回策に、心身のお疲れも忘れているかのようだった。』

吉川英治「私本太平記 湊川帖」
『それが、尊氏をして、わずか二た月のまに、あのような挽回(ばんかい)をさせたものにございましょう。』

徳田秋声「黴」
『東京でもいろいろのことをやって味噌(みそ)をつけて行った父親は、製糸事業で失敗してから、それを挽回(ばんかい)しようとして気を焦燥(あせ)った結果、株でまた手痛くやられた、自分の甥にあたる本家の方の家の始末などにかかっていた。』

石原莞爾「戦争史大観」
『ファルケンハインは西方に於て頽勢の挽回に努力したが遂に成功しなかった。』

菊池寛「二千六百年史抄」
『尊皇攘夷の代りに、今や公武合体といふスローガンが尤もらしく振りまはされ、幕府は朝廷を擁して、天下の諸侯に昔日の威を以て臨まうとしてゐる。明らかに、頽勢挽回である。』

島崎藤村「夜明け前」
『いつまでも大江戸の昔の繁華を忘れかねているような諸有司が、いったん投げ出した政策を復活して、幕府の頽勢(たいせい)を挽回(ばんかい)しうるか、どうかは、半蔵なぞのように下から見上げるものにすら疑問であった。』

夏目漱石「三四郎」
『不振は事実であるからほかの者も慨嘆するにきまっている。それから、おおぜいいっしょに挽回策(ばんかいさく)を講ずることとなる。』

正岡容「小説 圓朝」
『もう中日(なかび)はすんでいたが、演らないよりはまし、名誉挽回この機(とき)にありと』

夏目漱石「坑夫」
『つまらなくなったと思ったら坑夫の同類が出来て、少しく頽勢(たいせい)を挽回(ばんかい)したと云うしだいになる。』

永井荷風「江戸芸術論」
『しかしてこの衰勢を挽回(ばんかい)せしめたるものは実に役者絵中興の祖と称せらるる勝川春章(かつかわしゅんしょう)なりとす。』

内藤鳴雪「鳴雪自叙伝」
『世子は将軍の御前を退かれ、それから随行の家老の菅五郎左衛門、鈴木七郎右衛門、なぞに謀られたが、何しろモハヤ時勢の挽回は出来かねる際で、なまじいにこの重任を受けられるるは公私共によろしくないと申立てたので、世子の気性としては多少不本意でもあったろうが、遂にその言に従って辞表を差出された。』

吉川英治「私本太平記 建武らくがき帖」
『敗戦のつねだ。すでに挽回なき下にありながら、彼らはまだ、主将直義から若御料(千寿王)までが西走して落ちたとも知らされず、早や鎌倉も空(から)っぽとはつゆ覚(さと)らず、なお、むなしい死守を六浦(むつら)街道や武蔵口などのふせぎにかけて、かなしい兵(つわもの)の業(ごう)におめいていたのであった。』

リットン・ストレチー 片岡鉄兵訳「エリザベスとエセックス」
『もちろん、自分は個人としてできるだけの援助を彼に与えなければならぬが、同時に自分は、彼のような男の権力挽回のために働く義務は、断然帯びていないのである。』

宮本百合子「獄中への手紙」
『マア土地も整理され、すこし金も出来、これで一安心したから、これからは先のように一つ挽回してやろうという風で焦慮してジタバタしないですむから、四五十円でもかっちりとやってそれで暮して(暮せる由、叔母さん、せっせと小遣帖つけていられる)元はくずさず、やってゆき、自分の勤めも追々事務にうつることが出来る望みがあるという見とおしです。』

岸田國士「荒天吉日」
『味方の大戦果の陰には、ありありと敵の反攻企図なるものが窺はれ、頽勢挽回に秘策を練り、主力を注ぎつつあることが誰の眼にもうつるやうになつて来た。』

島崎藤村「夜明け前」
『万一兵端を開き候節は大樹自身出張、万事指揮これあり候わば、皇国の志気挽回(ばんかい)の機会にこれあるべく思し召され候。』

国枝史郎「剣侠」
『上尾街道の一件以来、あいつ親分に不首尾だものだから、気を腐らせて生地なかったが、そいつを挽回しようてんで、何か彼かたくらんではいるらしい』

甲賀三郎「支倉事件」
『が、一方から考えると、四囲の形勢が切迫しているので、とても冤罪だと主張して見た所で通りそうもないので、一時逃れに曖昧な事を述べて判官の心中に一片疑惑の念を起さしめ、徐々に形勢の挽回を計ろうと思ったのかも知れない。』

「挽囘」の検索結果は4件です。「回」にはいくつかの異体字があるのですが、「囘」以外の該当はないようです。

田中正造「公益に有害の鑛業を停止せざる儀に付質問書」
『姑息遷延以て今日に至り、其慘状殆ど挽囘し得べからざるの點に達せしめたり。』

長塚節「商機」
『店の飾り方とか店を維持して行く方法とかよりも此を土臺に家運を挽囘しようといふのが彼の總べてを支配して居る。』

狩野直喜「支那研究に就て」
『新聞紙で御承知の通り南方では初め浙江軍が優勢と見えると程なく日本に大將が逃げて來る、北方で張作霖と呉佩孚とが戰つて居つたが何時の間にか馮玉祥が寢還へりをうち、呉佩孚が又頽勢を挽囘せむとし、或は成功するか分らぬと云ふ事が新聞に出てゐる。』

アリギエリ・ダンテ 山川丙三郎訳「神曲」
『しかるに彼等利慾に迷ひ法王クレメンス四世の意を迎へグエルフィ黨と好みを通じて密かにその頽勢を挽囘するに力めたり』

「汚名挽回(汚名を挽回する)」という言いまわしそのものこそ見られませんが、「頽勢を挽回する」という言いまわしが目につきます(9件)。「頽勢」とは「汚名」とおなじく好ましくない状態を指すので、「(好ましくない状態)を挽回する」という表現はべつだん避けられているわけではなく、むしろ多用されているように見えます。(なお、「汚名返上」はゼロ、「名誉挽回」は2件でした。)

そのほか、「荒れた国を挽回する」「予定違いを挽回する」「蹉跌を挽回する」「事業の失敗を挽回する」などの用例が見えます。

中立的に見える言いまわしも、文脈を精査すれば「(好ましくない状態)を挽回する」といった用法になっているか、あるいはそこからの派生的な用法もしれません。たとえば甲賀三郎『支倉事件』にみえる「形勢の挽回」も、一見すると中立的に見えますが、これも「頽勢を挽回する」から派生した表現のように見えないでしょうか。

こうした文豪らの用法に対し、「頽勢は挽回するものでなく返上するものだ」といった批判は聞かれません。

「汚名挽回」を間違いだと主張するひとの多くは、「汚名を挽回するということは、わざわざ汚名を被ることを求めているようだ」と口をそろえて言います。

しかし、「遅れを取りもどす」という言いまわしに「わざわざ遅れを取りにいっているのだ」だとか、「失地回復」に対して「領地を手放そうとしているのだ」などと考えるひとは、あまり多くないでしょう。とすれば、この言いまわしを間違いとする根拠は不充分であると考えます。

なぜ、「汚名挽回」のときだけ、このように疑問の声が大きくなるのか、不思議に思います。

近現代の文豪の用例からすると、さほど好ましくない表現とも言いがたいように思えます。(どうしても気になるかたは、ひとまず「汚名から挽回する」の義、と解釈してみてはどうでしょうか?)

続きを書きました
「「汚名返上」の用例はゼロ、汚名は雪ぐもの」 2013年02月14日 『こりゃ、ほたえな』
http://yunishio.blogspot.jp/2013/02/blog-post_14.html

執筆: この記事はyunishioさんのブログ『こりゃ、ほたえな』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年02月27日時点のものです。

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