なぜ政治塾が流行るのか(東京大学教授 宇野重規)

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なぜ政治塾が流行るのか

質問 「政治塾がたくさんできているのはなぜでしょうか?」
 たしかにこのところ、政治塾の話をよく聞きますね。橋下徹大阪市長による「維新政治塾」や、嘉田由紀子滋賀県知事による「未来政治塾」が最近話題になりました。にわかに多くの政治家が政治塾設立に乗り出していますが、これらのほとんどは新たな政治家養成をその目的に掲げています。実際、受講希望者も多いようですし、こんなに政治家志望の人がいたのかと、少し驚くほどです。

 もちろん、その先駆となったのは松下政経塾であり、野田佳彦首相をはじめ、現在の民主党政権の首脳に多くの人材を輩出したことで知られています。そのなかには、政治改革で話題になった1993年の衆議院選挙で当選した人が多く、それから20年近くたって、政界の主役の座に躍り出たというわけです。この松下政経塾をひとつの成功事例として、「それなら自分も」という人が出てきていることは間違いないでしょう(もっとも、これを「成功事例」と呼ぶことに抵抗のある人もいるでしょうが……)。

変化する政治家の「供給ルート」

 このことには構造的な背景があります。戦後政治を振り返れば、その初期には官僚から政治家へと転身する人が多数いました。自身も官僚出身であり、政界基盤の弱かった吉田茂元首相は、池田勇人や佐藤栄作をはじめ、多くの人材を官界からリクルートしました。これらの人々からなるグループは「吉田学校」と呼ばれ、そこから多くの有力政治家が育つことになります。

 しかしながら、次第に社会が安定するにつれ、この政治家供給ルートは先細りになってしまいます。ネックになったのは年齢でした。官界でのキャリアを積んでから政界入りするとなると、どうしても、年齢が上になってしまいます。対して、政界では次第に当選回数がものをいうようになります。そうなるとどうしても、官僚出身者は不利になってしまったのです。

 官僚につづいて目立つようになったのは、地方議員出身の政治家です。竹下登元首相や宇野宗佑元首相などの生家が造り酒屋であったように、地域の名望家に生まれた人が地方議員をへて国政へと進むパターンです。戦後初期の首相の多くが官僚出身者であったのに代わって、次第にこのようなタイプの政治家が目立つようになります。
 とはいえ、この政治家供給源もやがて衰えてしまったようです。1つには、日本の社会構造の変容、とくに都市化の進展にともない、「造り酒屋」に象徴されるような地域の有力者がいなくなったことがあるでしょう。と同時に、これらの政治家が安定して当選を重ねた背景にあった仕組みが衰えたことも影響しているはずです。公共事業をはじめとする国からの利権誘導は先細りする一方です。財政難の結果、もはや「国とのパイプ」を売りにすることは難しくなりました。

世襲政治家が増える理由

 結果として、政界に目立つようになったのは、2世政治家、3世政治家です。思えば小泉純一郎元首相は3世、鳩山由紀夫元首相に至っては4世の政治家でした。「政治家の世襲」として厳しく批判された彼ら、彼女らですが、逆にいえば、他に政治家のなり手がいなくなったということです。官僚や地方議員といった政治家のリクルート先が衰えるにつれて、どうしても「政治が家業」という人の比率が高まってしまいました。

 実際、ふつうのサラリーマンにとって、選挙に出るというのは高いハードルです。職を投げ打って選挙に出たとしても、落選すれば「ただの人」どころか失業者です。その上、借金は残り、家族関係がぎくしゃくすることさえあります。そうだとすれば、政党組織が丸抱えしてくれる人か、さもなければ弁護士のような独立専門職の人でないと、なかなか選挙には出られません。

 1993年の選挙とは、そのような状況で行なわれたものでした。この選挙では多くの新人議員が誕生しましたが、既成の政治家供給源がパイプ詰まりを起こしていたこともあって、それまではあまりいなかったタイプが多数出現したのです。松下政経塾出身者はその象徴でした。ある意味では、それまでの供給源の衰退によって生じた「空洞」を、これらの人々が埋めたともいえるのです。

 とはいえ、新しい政治家をどこからリクルートし、誰が、あるいはどこが、それらの政治家を養成していくのかという問題は、依然として残っています。加えて、これまで日本の政党では、政党本体というより内部の派閥や各種グループがそのような役割をはたしてきましたが、今日では、良きにつけ悪しきにつけ、そのような派閥の機能は失われつつあります。

地方自治体と政治塾の相性

 このように、政治家養成という問題がますます深刻になっているというのが、現在の政治塾乱立の最大の背景でしょう。

 とはいえ、この間に変化も見られるようです。冒頭であげた政治塾の多くがそうであるように、地方自治体の首長が新たな政治塾を立ち上げるという例が、ここのところ目立つようです。これはとても興味深いことといえるでしょう。

 これら地方自治体の首長の特徴のひとつは、既成政党から比較的自由であるということです。彼ら、彼女らの多くは、必ずしも特定の既成政党の支持に頼らずに当選しています。国会議員と比べれば、政党の拘束ははるかに弱いといえます。

 また、日本の地方自治体では、いわゆる二元代表制がとられています。つまり、首長と地方議会が別々の選挙で選ばれているのです。そのため、首長は必ずしも議会の支持を得られるとは限らず、ときとして激しい対立関係に陥ります。

 その意味では、地方自治体の首長には「知事与党」を自前で調達したいという願望があります。このような背景があるために、現在では、地方自治体の首長が、既成政党とは別個に、自前の政治塾をもつことに強いインセンティブを感じているといえるでしょう。

 さらに、国政選挙では、小選挙区制ということもあって、無所属の新人候補の出馬は容易ではありません。既成政党の側でも、どうしても候補が固定化しがちです。実際、最近では、公募の機会などもあまり多くありません。そうなると、政治家志望者にとっては、地方議会は魅力的なマーケットです。その意味では、首長の側にも、また志望者の側にも理由があるのであり、地方自治体を舞台に政治塾が次々生まれているのも偶然ではありません。

政治に関心をもつ人々は増えている

 しかしながら、以上の話だけで、政治塾乱立の理由をすべて説明できたとは思いません。というのも、いくら政治塾が生まれたとしても、それに応募する人がいなければ、何の意味もないからです。重要なのは、かくも多くの人々が、政治塾に応募しようとしているという事実です。少なくとも関心をもっているという事実です。なぜ、これだけ多くの人が政治家になろうとしているのでしょうか。

 それも、いろいろな政治塾の受講者リストを見ていると、「学生」や「主婦」が散見されるということに気づきます。従来、例えば松下政経塾の塾生になるような人には、いくつかのパターンがありました。一般に高学歴な男性が多く、かつてであれば官僚や企業戦士として活躍したであろう人が目立ったのです。

 おそらく、これらの人々は、官庁や企業の現状に不満をもち、そこにいても将来は見えないと思ったのでしょう。その意味では「高学歴男性欲求不満層」と名づけることが可能です。もちろん、現在乱立する政治塾の応募者の多くは、やはりこのような人々であると思われます。

 とはいえ、明らかにこのようなカテゴリに属さない人々も、いまでは政治塾に関心をもっているようなのです。「政治的アクティビスト(あるいはその候補)のニューカマー」の出現、これは決定的に新しい事態なのです。

 ある意味で、今日の日本では、実に多くの人々が「政治に関心をもっている」のです。これは必ずしも頻繁に言われる事態ではありません。むしろ政権交代への失望にはじまり、政治へのあきらめや無関心こそが横行していると、日々報道されます。しかしながら、このことは既成政党や、選挙を中心とする政治参加への不満ではあっても、政治自体へのあきらめや無関心とは区別されるべきではないでしょうか。3.11以降、「政治に関心をもつ」人々の数はさらに増大しているはずです。

鬱屈する政治的情念のマグマ

 現在の社会のあり方への不満がマグマのようにたまり、しかしそれを表現する回路がないために、あちこちで鬱屈している。もしそれが日本社会の現状であるならば、今日とは、少なくともここ数十年でもっとも人々が政治的に活性化しているときなのかもしれません。

 ある人々は、反原発デモに出かけています。ある人々はむしろ、ナショナリズム系の運動へと向かっているかもしれません。おそらく今度の政治塾のブームも、そのような動きの一端なのでしょう。とはいえ、これらの現れは、たまっているマグマと比べるならば、はるかに限定的なものです。まだまだ多くの政治的情念は、その表出の回路を見出せていないはずです。

 そうだとすれば、政治塾の問題をあまり表層的に捉えない方がいいでしょう。おそらく、乱立する政治塾の多くは、数年以内に消えてなくなるか、活動停止状態に追い込まれるはずです。実際に政治家を養成することはけっして容易ではないからです。実績をあげられない政治塾は淘汰されざるをえません。いや、ほとんどが淘汰されるでしょう。

 にもかかわらず、行き場を求める政治的情念のマグマは残ります。そして、それを受け止めるべき既成の政治回路はいまだ鈍いままです。このアンバランスさこそが、今後の日本政治のポイントになってくるという予感を否定できません。

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宇野重規 Uno Shigeki
東京大学教授

1967年生れ。1996年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。東京大学社会科学研究所教授。専攻は政治思想史、政治哲学。著書に『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン特別賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社、サントリー学芸賞)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、共編著に『希望学[1]』『希望学[4]』(ともに東京大学出版会)などがある。

※この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/ [リンク]

※画像:「National Diet Building」By Dick Thomas Johnson http://www.flickr.com/photos/31029865@N06/6700031293/

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