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根源的な恐怖を描くグラビンスキの短編集『火の書』

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根源的な恐怖を描くグラビンスキの短編集『火の書』

 本邦未紹介の作家が、〈ポーランドのポー〉、あるいは〈ポーランドのラヴクラフト〉と賞賛されている、と聞いたらどう思うだろうか。そんなおおげさな、と眉に唾したくなるのではないだろうか。ステファン・グラビンスキの作品集に初めて接したときの自分が、まさにそんな状態だった。「ポーにラヴクラフト? どちらか一方を僭称するだけでも大したことなのに、両方か。一つお手並み拝見といこうじゃないか」と思ったものである。

 グラビンスキは1936年に物故しているから肩書は自称ではない。現代人が振り返って贈ったものなのだが、それはさておき。2015年に邦訳された短篇集『動きの悪魔』を半信半疑で読み、私は驚愕した。なるほど、ポーだのラヴクラフトだの言いたくなるはずだ。続けて初期作品を収めた『狂気の巡礼』を読み、さらなる感銘を受けた。これは邦訳が出る限り読まなければならない作家だと確信もしたのである。そのグラビンスキ待望の邦訳第3作が『火の書』である。火に対して人間が持っている根源的な恐怖、あるいは畏怖の念をさまざまな形で描いた短篇集だ。

 最初に邦訳された『動きの悪魔』は、鉄道というモチーフを使ってそれを行った作品集だった。「私の仕事場から」というエッセイが『火の書』に入れられており、作例として引かれている「機関士グロット」という短篇がその『動きの悪魔』の収録作である。自分の乗る機関車を駅の定位置で停めることに抵抗を覚えだした機関士が主人公で、その懊悩と破滅的な行動が描かれる。グラビンスキによればグロットは「自分の意見を述べるための表現手段の欠如と材料のもろさ」ゆえに世間と齟齬が生じてしまうのである。こうした形で社会からはみ出てしまう人物が『動きの悪魔』には多数描かれる。この場合、定刻通りに運行される鉄道は、世界の象徴なのだ。だがそれだけではなく、軌道の上を走るしかないという機関車の特性に着目した作品や、客室を閉ざされた空間と見なしてその中での人間模様を息苦しい筆致で書いたものなど、鉄道というモチーフから驚くほどの多様性が引きだされた。続く『狂気の巡礼』は2つの原著から抜粋・編纂されており、「家」もしくは「場所」に着目した作品が多く集められていた。

『火の書』は1922年に刊行された原著の収録作と単行本未収録の1篇、および上記のエッセイなどを収めた日本独自編纂の内容である。火の恐怖小説という性格から、火災を扱った内容も多い。巻頭の「赤いマグダ」はある町の消防士長と娘を中心とした物語である。その娘・マグダには不吉な影があった。彼女がどこかの邸に雇われていくと、必ず火事が起きるのである。火災現場の中心では、いつも昏睡状態のマグダが発見された。建物が焼け落ちても、不思議なことに彼女自身は無傷なのである。娘が恐ろしい火の呪いを背負っているという運命に消防士長は立ち向かおうとする。

「炎の結婚式」は、現実や日常とはまったく異なるベクトルで巻き起こる熱情についての小説といってもいい。幼いころから異性に対する関心が薄かったコビェジツキは、ある日親戚の家で火災に遭遇する。避難の途中で従妹が半裸に近い格好でいるのを認め、彼は生まれて初めて性的に興奮したのである。しかし火の脅威から逃れた後、昂りは完全に消え失せていた。女性とまったく関わりを持たずに成長したコビェジツキは、美貌の年長女性スタニスワヴァと出会う。あるとき、彼女の館が出火してしまい、そこから不幸が始まっていく。

 火は不可逆の変化を与える。その力は強く、巻き込まれれば逃れることは難しい。「火事場」はそうした現象の特徴に着目した作品である。別荘を建てることを決めていたロイェツキは、ある日理想の地所を発見する。そこは建てる家がすべて焼失するという不吉な場所で、30年で10回の火事が起きていた。ロイェツキは近代人らしく科学的精神でその因縁を截ち切ろうとする。完成した家からは一切の火元を除いたのだ。食事さえも近くの料理店から仕出しをとり、屋内で炎が出現しないように徹底する。しかし規律を厳格に守っていても、ロイェツキは自分の中である衝動が芽生えることまでは止めることができなかった。

 ここでは火事を題材としたものを中心に紹介したが、それ以外にも多彩な作品が収められている。煙突掃除の男たちが次々に不可解な失踪を遂げる「白いメガネザル」は妖怪譚としても読める内容、寓話的な構造の「花火師」は読む者の感傷を誘う悲恋の物語だ。本国では単行本未収録であった「有毒ガス」は、行き暮れた旅人が一夜の宿を乞うて泊まった家で体験する出来事の話で、日本の民話にもありそうな設定がとんでもない話に化ける。この一篇だけでもぜひ目を通してもらいたい、何しろ変なのだ。奇妙な話、読んだことがない物語に触れて心を浸食されたいという方に、心から本書をお薦めする。

(杉江松恋)

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