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外国文学は小学生から読んでいたが、最も影響を受けたのは安部公房の『箱男』 ——アノヒトの読書遍歴:鴻巣友季子さん(前編)

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 翻訳家として活動する鴻巣友季子さん。これまでに数々の海外の有名作品を翻訳し、代表的なものにイギリスの小説家エミリー・ブロンテの長編小説『嵐が丘』や、アメリカの小説家マーガレット・ミッチェルの著書『風と共に去りぬ』があります。一方で自らも執筆し、2014年には作家の片岡義男さんとお互いの”翻訳術”を披露し合った『翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり』、2016年には5人の作家と、翻訳の実践を通して対談する『翻訳問答2 創作の泉』を上梓しました。そんな鴻巣友季子さんに日頃の読書生活についてお話を伺いました。

——本はいつ頃から読むようになりましたか?
「一番最初は幼稚園時代。何の本だったかはあまり覚えていないのですが、母親に執拗に読み聞かせをせがんだ記憶があります。それが今になってかなり効いているんだと思いますが、母親からしたら1日50回も同じ本を読まされていたので……さすがに嫌だったと思います。悲鳴を上げていましたし(笑)。小学校に上がると外国文学ばかり読むようになりました。外国文学といってもやさしく書き直されたものですが、世界の偉人として知られるキュリー夫人や野球選手のベーブ・ルースなどの伝記のような文書から読み始めましたね」

——外国文学を読むようになったきっかけは何かありますか?
「外国文学は小学校低学年から高学年、中学校に上がるくらいまで読んでいたのですが、気付いたら翻訳文学ばかり読んでいたという感覚が近いかと思います。その後、実は外国文学から一旦離れたんですね。15歳の時に作家の安部公房さんの長編小説『箱男』という作品に出会いまして。この本が私の人生を変えるくらい衝撃的な——まさに『安部公房ショック』でした。でも、それが今の私を結構作っているんだなと思います」

——今ではやはり外国文学をよく読まれるのでしょうか。
「そうですね。自然と目に入ってくるのが外国文学になります。その中でも、ケイト・グレンヴィルというオーストラリアの作家さんの『闇の河』という作品は最近では印象的でした。

——どんな内容の作品でしょうか。
「アメリカとイギリスの文学は昔からよく日本語に翻訳されていますが、最近ではオーストラリアの文学も結構訳されるようになってきています。オーストラリアはご存知の通りイギリスから入植されて作られた国ですが、元は流刑地でもあったわけです。流刑囚がオーストラリアの大地で更生し、りっぱな開拓者に生まれ変わる、そういう一つのオーストラリア神話がこれまではよく描かれる傾向にありました。しかし、この作品はちょっと違うんです。実はオーストラリアでは、入植してきた人々と先住民、つまりアボリジニーとの出会いと接触、血塗られた戦い、残虐、そこからどうやってイギリス人がその土地に根を張っていたかという過程は、なかなかこれまでオーストラリアの白人たちには受け入れられない部分があったんですね。その部分を描いたのがこの作品なんです」

——特に印象的だったシーンがあればお聞かせください。
「最貧層として生きてきた、孤児のウィリアム・ソーンヒルの少年時代から物語は始まります。手に職つけて結婚はしたものの、貧しさのあまり再び盗みをして流刑にあうのですが、シドニーでそこそこ豊かな暮らしができるようになる。この第2部までが、今でもよく語られてきたストーリーですね。しかし、第3部ではすごく大胆に展開していきます。彼に『誰もいない土地を俺のものにしたい』という土地の所有欲が出てきてしまうからなんです。土地を持った元流刑囚を見て、『ソーンヒル岬』とか名前を土地につけたいという欲に囚われたとき、土地の所有欲が彼に取り憑いてしまった。そこから先住民の人たちとのいろいろな軋轢が起き、非常に残虐な描写もあります。最後のシーンでは、主人公が夜の闇を見つめているシーンで終わるんですが、ここは多様な解釈ができます。本当に読めば読むほど味が出るというか、いろいろな解釈ができる本なんです」

——ありがとうございます。後編では、鴻巣友季子さんが影響を受けた本について紹介します。お楽しみに。

<プロフィール>
鴻巣友季子 こうのすゆきこ/1963年、東京都生まれ。翻訳家。ノーベル賞作家J・M・クッツェーやマーガレット・アトウッドなど英語圏の現代作家の作品を翻訳、紹介すると同時に、ゼロ年代からは古典文学の新訳にも力を注いでおり、国内外の文芸評論も行う。2011年からは毎日新聞書評委員も務める。主な訳書は、クッツェー「恥辱」(ハヤカワepi文庫)、アトウッド「昏き目の暗殺者」(早川書房)、ブロンテ「嵐が丘」、ミッチェル「風と共に去りぬ全5巻」(以上、新潮文庫)、ウルフ「灯台へ」(河出書房新社 世界文学全集Ⅱ-1)。主な著書に「熟成する物語たち」(新潮社)、「翻訳問答」シリーズ(編著 左右社)がある。

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