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民主党政権とはなんだったのか

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Stairway to Heaven

今回は橘玲さんのブログ『Stairway to Heaven』からご寄稿いただきました。

民主党政権とはなんだったのか

菅首相が退陣を決意し、1週間後にはこの国に新しい首相が誕生する。これを機に、“民主党政権とはなんだったのか”を考えてみたい。

といっても、私は政治学の専門家ではないから、ここでは政治学者・飯尾潤氏の『日本の統治構造』*1 を導きの糸としたい。同書は、この国がどのような権力関係よって統治されているのかを、政治家や官僚への膨大な聞き取り調査(フィールドワーク)に基づいて検証した労作で、今後も長く日本の政治を語る際の基本文献になるだろう。

*1:『日本の統治構造 ~官僚内閣制から議院内閣制へ~』飯尾潤 著 中公新書
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2007/07/101905.html

飯尾氏は、日本の統治構造の特徴を“官僚内閣制”“省庁代表制”“政府・与党二元体制”の3つのキーワードにまとめる。これら3つの要素は互いに相補的な関係(ナッシュ均衡)にあり、安定的な(なかなか変わらない)日本の“政治”をかたちづくっている。

そもそも議院内閣制とは、 民主的な選挙で選ばれた議員(国民代表)が議会を構成し、その議会に権力を集中する仕組みだ。大統領制では大統領と議会に権力を分散するのに対し、議院内閣制では、議会主権による権力の集中が行なわれる。

連邦債務上限問題をめぐる米議会の混乱を見ても明らかなように、アメリカの大統領は議会を統制する権限をほとんど持っていない。日本に政治リーダーシップがないからといって、大統領制に変えても問題はなにも解決しない。

議院内閣制では、議会内で多数を占めた政権党(政党連合)が内閣総理大臣を選出し、総理大臣は各省庁の国務大臣を指名して政府を組織する。このような権力フロー(統治構造)からすれば、政府と政権党は一体であり、議会内での対立は政権党と野党の間で起こるはずである。

ところが実際には、日本の政治には本来の議院内閣制ではあり得ない奇妙なことが頻発する。

ひとつは、各省庁の大臣に実質的な拒否権が与えられていることだ。自民党時代の閣議は全員一致が原則で、大臣が反対するものは閣議決定に回されなかった。大臣は担当する省庁の代理人(エージェント)として、省庁の利害を代表することを求められていた。

このため閣議決定には事前の根回しが不可欠で、前日に各省庁の事務次官が集まる事務次官会議が開かれ、そこで反対のなかった案件だけが翌日の閣議の議題とされることになった。

大臣が各省庁の代理人となり、その合議体として内閣が構成されるのが官僚内閣制だ。

官僚内閣制では、政府における最終的意思決定の主体が不明確化し、必要な決定ができなくなり、 政権が浮遊してしまう。これが日本中枢の崩壊*2 だが、それは議院内閣制の問題ではなく、日本的な統治構造の必然的な帰結なのだ。

*2:『日本中枢の崩壊』古賀茂明 著 講談社
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2170744

民主政(デモクラシー)では、国民(Nation)の代表である国会議員が国家(State)を統治する。これが国民国家(Nation State)だ。ところが日本では、官僚制が国家を侵食することで、この統治構造が大きく変質してしまった。

日本の官僚制は、地方政府(地方自治体、地方公共団体)や業界団体などを通じて社会の隅々にまで根をはりめぐらせている。だがこうした権力のネットワークは省庁ごとに縦割りで分断されており、各省庁は自らの権限をめぐって熾烈(しれつ)な競争を行なっている。

こうした組織では、政策はトップダウンではなく、現場からの積み上げによってつくられる。

業界団体などが必要な政策を省庁に要望し、所轄課がそれをとりまとめて政策の原案をつくる。この原案は“合議(あいぎ)”あるいは“相議”と呼ばれる手続きによって、省内の関係部局の同意を取りつけ、局長間の合意を経て省案となる。

こうしたボトムアップの合意形成は、責任の所在が曖昧になる一方で、現場の実情を踏まえた政策が立案され、その内容が実施担当者に正しく理解されているというメリットも持っていた。その意味では、1970年代前半までの“政策不足”の時代にはきわめてよく適応した。

日本では、官僚制は閉じた存在ではなく、社会に深い根を持っている。これは社会の側が、業界団体や政治家を通じて官僚制を侵食しているということでもある。すなわち官僚制とは、日本においては、社会諸集団の結節点として機能しているのだ。

議院内閣制では国会議員は国民代表だが、官僚内閣制では社会集団のさまざま利害を官僚が代弁することになる。これが省庁代表制で、日本は自律した省庁の連邦国家なのだから、“省庁連邦国家日本(United Ministries of Japan)”と呼ぶこともできる。

ところが70年代末になると、日本社会が成熟し政策は飽和して、さまざまな問題が露呈することになる。

官僚にとっては新しい政策を立案し権限を拡張することが最優先だから、似たような法律が乱立し、際限なく増殖していくことになった。

行政が複雑になり、権限が分散化するにつれて、“拒否権”を持つ者が増えて合意形成に時間とコストがかかるようになった。

最大の問題は、既得権に干渉するような政策の立案がまったく不可能になったことだ。こうして官僚内閣制は、90年代以降の日本の危機にまったく対処できなくなった。

日本の政治のもうひとつの特徴は、政権党が自らを“与党”と名乗り、政府から距離を置くことだ。

自民党時代は、党の政務調査会が実質的な立法活動を担い、族議員(派閥の有力議員)が政策決定を実質的に支配した。これが“派閥政治”だが、しかし先に述べたように、官僚内閣制では政府に官僚を統制するちからがないのだから、政治家がその権限を別の場所に求めるのは当然のことでもある。

与党の合意のない法案は閣議決定を行なわないという不文律が生まると、官僚は自分たちの政策を実現するために政治家の支持を得なくてはならなくなった。日本では、国会運営は党の専管事項とされ、政府(内閣)は関与できないため、与党議員の協力や野党議員の暗黙の了解がなければ法案は議会を通過できないのだ。

その結果、“国対政治”で与野党が国会審議を紛糾させればさせるほど、官僚は対応に窮し、政治家の権限が拡張していくという奇妙な現象が起きることになった。

さらには自民党の人事システムでは、大臣は能力や実績とは関係なく、一定以上の当選回数に達した議員に平等に割り振られる名誉職とされたため、実際の権力は官僚以上に政策に精通した族議員に集中することになった。これが「政高官低」で、90年代以降、若手の官僚が省庁を見捨てて政治家に転進する例が急増した。

政府・与党二元体制は、官僚内閣制と省庁代表制のもとで、“国民代表”としての政治家が行政に介入する非公式な仕組みであったが、その行動は選挙区や支援団体の利害に左右され、日本全体の利益に関心を持つことはなかった。

こうして日本の統治構造は完全に行き詰まり、“小泉改革”を経て、民主党による政権交代が実現した。

次回は、民主党(鳩山政権)が、日本の統治構造の抜本的な変革を目指したことを検証してみよう。

執筆: この記事は橘玲さんのブログ『Stairway to Heaven』からご寄稿いただきました。

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