タイの寺院の色鮮やかな彩りや形……なにに影響を受けている!?
普段、何気なく目にしている虫。まじまじと観察してみたことはあるでしょうか。子どもの頃から、いつも虫に親しんできたというフランス文学者の奥本大三郎さんは、自著『虫から始まる文明論』の中で、世界各地の多くの虫を観察しているうち、風土と生き物との密接な関係—-ニューギニアの蝶はニューギニアの色を、南米の虫は南米の虫の色を持つように—-虫の色や形には地域ごとに一定の傾向があり、その産地の風土を体現しているのではないかと感じはじめたと綴っています。そして風土の影響を受けているのは、虫だけに留まらず、人間、さらに人間の生み出すさまざまな芸術においても当てはまるのではないかと指摘します。
「風土が違えばそこに住む人間の好みも、作るものも違うし、余所の国の人間が作ったものに対する感じ方、解釈も違ってくる。日本では、中国をはじめとする異国の文物、たとえば、詩、絵画、器物などをさまざまに解釈し、味わってきたけれど、その中には本国の人々の思いもしなかったような受け取り方もあったはずである」(本書より)
たとえば、奥本さんが虫を捕りに、タイのチェンマイを訪れたときのこと。何気なく目にとまった、道端に転がる柄杓の柄は、思わず見惚れてしまう程、何とも言えない優美で、たおやかな、バランスのとれた曲線を描いていたといいます。
つづいて奥本さんは、その柄杓の柄にみられた曲線が、寺院の屋根の端に取り付けられた装飾などにも見受けられることを発見。タイの人工物に頻繁に見受けられる、この曲線について思いを巡らせていた奥本さんは、ふと、これは象の鼻の曲線に由来するのではないか、という考えに思い当たったといいます。
「タイの人たちは、子供の時から実物の象や、その絵を見て育つことであろう。町中にも象の絵やデザインがあふれている。絵本にも象はよく登場するはずである。貴い、雄々しい動物として敬まわれているのだ。(中略)この国の人たちが曲線を描く時、自然に象の鼻のそれをなぞることになるのではないか」(本書より)
さらに興味深いことに、タイの寺院における屋根瓦の色鮮やかな彩りや形は、タイの甲虫を代表するカブトムシであるゴホンツノカブトの曲線と色彩を彷彿とさせることにも気付いたといいます。
こうした風土と生き物、そして芸術との結びつきにまつわる注目すべき事象の数々。本書では、タイに続き、南米やインドネシアにおける実例が、奥本さんの実際の経験とともに綴られていきます。
虫をはじめとして、絵画、詩歌、文学、そして食べ物に及ぶ、幅広い知識を自在に横断しながら、世界各国の風土と生き物、人間の生み出した芸術との関係を解き明かしていく本書。その関係は、現代の私たちの趣向にも反映されているのだということを、本書を読み進めていくなかで気付かされるとき、風土の持つ力の大きさを感じずにはいられません。
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