日本生まれのタイ人少年に退去強制処分、在留求める声は届くのか
日本生まれのウォン君に入管が下したのは退去強制処分
不法滞在していたタイ人女性を母に持つ甲府市の高校1年生ウォン・ウティナン君(以下、「ウォン君」といいます)が、法務省入国管理局(以下、「入管」といいます)から下された退去強制処分の取り消しを求める裁判を提起しました。
ネットなどの情報によると、ウォン君の母親は不法滞在の発覚を逃れるために幼いウォン君を連れて各地を転々としていたようです。そして、11歳の頃に在日外国人のための人権団体の助けを受けて勉強を始め、甲府市の教育委員会に学校に通わせてもらうために交渉し、2年前に地元の中学校に入学することができました。今年の春からは高校にも通っています。ウォン君の第一言語は日本語です。
そんなウォン君は中学入学の年に入管に自主的に出頭し、在留特別許可の申請をしました。しかし、昨年8月1日、入管はウォン君親子に対して退去強制という結論を下しました。この処分を取り消そうと提訴したのが冒頭の裁判です。
出入国管理及び難民認定法(入管法)により救えるかが争点に
確かに、ウォン君に在留資格はありません。しかし、ウォン君は日本で生まれ育ち、言葉も日本語が一番得意です。日本にはたくさんの友達がいますが、帰る先のタイにはこれまでに一度も足を踏み入れたことがなく、誰一人知り合いはいません。果たして、入管の下した結論が正しいといえるでしょうか。
この点、出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」といいます)は、在留資格のない外国人においても、一定の場合には特別に在留を許可することができるとされています(入管法50条等)。これにより、ウォン君を救うことができるかどうかが、おそらく裁判の争点になると考えられます。
より深く考察すると、退去強制というのは行政処分ですので、伝統的な考えによれば行政庁に一定の裁量が認められることとなります。ウォン君の主張が裁判で認められるためには、処分庁(本件では「法務大臣」)の強制退去という処分が、裁量権の逸脱や濫用になるかどうかという点が問題になるかと思われます。その判断基準の一つとなりそうなのが、入管が作成している「在留特別許可に係るガイドライン」というものです。それによると、特別在留許可の許否の判断については、「諸般の事情を総合的に勘案して行う」と規定し、考慮事項として「積極要素(許可を与える要素)」と「消極要素(許可を与えない要素)」を明示しています。
生まれてきたことに罪はない、裁判所がこの点をフォローするか
もちろん、ウォン君に関する詳細は私にはわかりませんが、ニュースなどに出ている情報をもとにすると、ウォン君親子が自ら入管に出頭したことや、ウォン君が日本の学校に通っていること、ウォン君の母親が入国した経緯につき人道的な配慮が必要であること、生まれてから長期間日本に住み続けていることなどは積極要素に当たりそうです。
一方、消極的要素に該当し得る情報は見当たりませんでした。そうすると、ウォン君のケースは特別在留許可が認められる方向に傾くと思われます。入管が公表している特別在留許可に関する具体的な事例においても、当局摘発の外国人家族(違反期間約17年、子ども13歳と5歳)に対し、在留特別許可が認められているケースがありました。単純な比較はできませんが、ウォン君にとって後押しになるデータではないかと思います。
もちろん、本件が悪しき前例にならないようにという考えは重要だとは思います。その点は慎重に判断すべきことでしょう。ただ、一つ言えることは、ウォン君が生まれてきたそのこと自体に罪はないということです。裁判所がこの点をどのようにフォローするのか、裁判の行方に注目したいと思います。
(河野 晃/弁護士)
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