子供をしかる若い母親に「お母さん、それは無理です」と言いたいお父さんに言いたい 「無理じゃないです」

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紙屋研究所

今回はkamiyakenkyujoさんのブログ『紙屋研究所』からご寄稿いただきました。

子供をしかる若い母親に「お母さん、それは無理です」と言いたいお父さんに言いたい 「無理じゃないです」

『JBpress(日本ビジネスプレス)』に掲載されていた「子供をしかる若い母親に言いたい、「お母さん、それは無理です」 」という記事を読んで。

「子供をしかる若い母親に言いたい、「お母さん、それは無理です」 」 2010.08.12 『JBpress(日本ビジネスプレス)』
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4149

この記事の核心部分は、2~3歳の子どもは約束を守る力がまだないのだから、“約束した”ということ一辺倒で子どもを責め倒すのは無理がありすぎる、ということだろう。

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子供は忘れっぽいのだし、おかあさんが赤ちゃんばかりをかまうので、自分のことも見てもらいたくて、つい余計なことをしてしまうんです。それに、しかり方はもっとシンプルにして、最後にはちゃんと許してあげないと……。
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「子供をしかる若い母親に言いたい、「お母さん、それは無理です」 」 2010.08.12 『JBpress(日本ビジネスプレス)』 P2より引用
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4149

記事を書いた佐川光晴氏は家族カウンセラーの中尾英司氏の言葉を引用している。

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<子は親に認めてもらいたいと常に思っている。まず親があるがままの子どもを受け入れるべきなんですよ。>

<価値観を押し付ける前に子の言い分を黙って聴く。自立する過程を見守ってやる。操縦席に子ども自身を座らせてあげないといけませんよ。幼児期は、だっことおんぶ。抱いて無条件の愛情を示し、目は合わないけれども背中のぬくもりで信頼感を与えることが出発点ですよ。>(『毎日新聞』 2010年7月 27日 夕刊より)
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「子供をしかる若い母親に言いたい、「お母さん、それは無理です」 」 2010.08.12 『JBpress(日本ビジネスプレス)』 P3より引用
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4149

ところが、この記事に対する『はてなブックマーク』のコメントは賛否両論のようだ。

「子供をしかる若い母親に言いたい、「お母さん、それは無理です」」への意見 『はてなブックマーク』
http://b.hatena.ne.jp/entry/jbpress.ismedia.jp/articles/-/4149

3歳児をもつぼくは、佐川氏の主張に対して経験的に反対の気持ちを抱く。2~3歳児でも約束は守れるからだ。まあもちろん、能力的に絶対にできない約束というものはある。「アイスクリームあげるから、この書類、明日までにパワポ(パワーポイント)に直しといて」。いくら娘が「うん」といってもそれは無理だ。無論、佐川氏が言っているのはこういう約束ではない。

他方で大いに共感する部分もある。どこに違和感を抱き、どこに共感するのか。

・経験的に佐川氏の主張に違和感を抱く
まず、経験的な部分から。うちの娘は、親が時間がないときに限って「これ読んで」と絵本を持ってくる。しかも、やめてほしいというようなクソ長いやつを。

親が「……しょうがないなあ。これで最後だよ。終わったらおフロに入るんだよ」などと約束させると娘はウンウンとうなずいて要求を満たすのだ。やれやれと読み終わる。ところが、佐川氏の言う通り、相手はその場さえしのげればいいので、約束なんか守ろうとしない。また別の絵本を持ってきて、「さいご」「さいごのさいご」「いっかいだけ」「これでおわり」。

「さいご」というのを何かもう一度読んでくれる呪文(じゅもん)とでも思っているらしい。それ違うから。もう終わりだよと切り上げようとすると泣いて「よんで!」とせがむ。「さっき“最後”って約束したでしょ」と言うが泣きわめくのである。
最初はたしかにこうである。しかし、やがてだんだんと守れるようになっていく。仕方ねえなと受け入れるようになっていくのだ。もちろん依然ダダをこねて泣くときもあるが。

だから、2~3歳児は決して約束を守れないわけではない、という経験的な反論がぼく自身の中にまずあった。

・佐川氏の主張の積極的要素ーー思いを受けとめる
佐川氏の主張には、
1. 大人の一方的な約束を子どもに押しつけない
2. 子どもの思いに寄り添い、それに共感する
という2つの要素がある。

この要素はどちらも大事なものだ。佐川氏および佐川氏が引用した主張のなかで最も積極的な部分はここである。子どもが何を思っているかをまずじっくりと耳を傾け、探ってみる、そしてそれを一旦(いったん)共感のもとに受け入れてみるーーこれを出発点(必ずしも終点ではないことに注意)にすることは、保育実践のなかでもよく言われていることだ。以下の文章は、ある保育園での保育実践の記録の一文である。

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子どもは、向きあって、思いに共感しないと納得しません。特に一歳児期では、納得していないままだと、一見切りかえたように見えても違う場面で“ダダコネ”のように出したり、モヤモヤした気持ちから友だちにあたってトラブルになってしまうことがあります。

解きほぐしていくと、「あ~、やっぱりこれが納得できてなかったんだね」と結局最初に立ち戻ることになるのです。次の生活の流れに急がせたり、あせらせたり、次に進めようとせず、その子のそのときの気持ちをのがさないように対応してきました。
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「「イヤイヤ」の意味を探って」 市橋空・清水夕香 『ちいさいなかま』 2010年5月号 No.544
http://www.hoiku-zenhoren.org/publishing/data1/100326-153140.html

大人は社会のルールや制約、都合という規範で頭がいっぱいである。ふつうはその角度から子どもに接する。子どもにとってはこうした規制は、むろん外的なもの、外側から押しつけられたものとして現れる。

たとえば、ぼくの娘の例で言えば、家族は親の労働で生存しているのだから勤務時間は守られねばならず、出勤時間まであとわずかになっている状態で、絵本をこれ以上読む訳にはいかないーーという制約がまずある。

「絵本を無限に読むことはできない。この1冊を最後にする」というのは、子どもにとっては、社会の都合でつくった外側からのルールである。おそらく、なぜこの1冊で終わらねばならないのかを合理的に完全に理解することは3歳の子どもにもかなり困難なことだろう。*

絵本が読みたい、今読みたい、11ぴきのねこがアホウドリを丸焼きにしようとしてしくじるシーンが今ここですぐ見たい、という切実な気持ちだけが自分の頭を占めている。そのことで頭はパンパンである。そこへ大人が勤務時間の厳守の話なんてしたって聞く耳なんかもちゃしねー。そこでいったん相手=子どもの気持ちになって、その思いを受けとめてみる、ということが非常に大切になってくる。

どうして読んでくれないの!? ひどいじゃん!! “読めない”だなんて……あたしは読んでって言ってるでしょ!?

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