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資本主義の罪と罰 −ビックカメラ有楽町店での薄型テレビをめぐる攻防−

金融日記

今回は藤沢数希さんのブログ『金融日記』からご寄稿いただきました。

資本主義の罪と罰 −ビックカメラ有楽町店での薄型テレビをめぐる攻防−
今日はちょっぴり悲しい話をすることにする。それは僕がこの前買った最新の大型薄型テレビに関する話だ。実は僕の家には長らくテレビと言うものがなかったのだけれど *1 、ワールドカップを見るためと、いったい世間の人達はどう言う情報に普段から接しているのかとても興味があったので買うことにした。

*1: 「テレビを捨ててしまおう」2008年06月15日 『金融日記』
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51257508.html

僕はインターネットなどの口コミで大体どの薄型テレビを買うのか決めていた。そして実際に実物を見るために有楽町のビックカメラをたずねた。有楽町のガード下を銀座の方に向けて歩いて行くと、すぐに左手に見えるビックカメラのテレビ館だ。ものすごく蒸し暑い夜だった。店内には仕事帰りのサラリーマンが最新の3Dテレビを鑑賞したり、さまざまな携帯電話を見入っていた。『iPhone 4』の予約ブースもあって、そこではOLらしき人が次から次へとソフトバンクの複雑怪奇な料金システムについて質問を投げかけていた。

インターネットからの情報でいくつかのモデルに絞っていた僕は早々とお目当てのテレビを見つけた。インターネットで大体の相場も調べておいた。僕はさらにくわしい説明を聞くために店員を探した。

すぐにテレビコーナーを担当している若い店員を見つけた。名札から彼の名前が安藤 *2 だと言うことがわかった。年齢はおそらく30歳前後。中肉中背。少し脂ぎってぺったりとした黒髪と、くたびれたメガネが印象的な男だった。

*2:作中の安藤と言う氏名は架空のものです。

「このテレビの購入を考えているのですが、似た機種も合わせていろいろ教えて欲しいのですが」僕は言った。

「わかりました。46インチ程度の液晶ですね」安藤が答えた。

その後安藤は僕にメーカーごとの長所と短所を丁寧に教えてくれた。このタイプの液晶は動きの速い画像にはいいがコントラストが弱いだとか、値段だけを考えたらこのメーカーがいいとか、バックライトをLEDにすることの利点や欠点などだ。それはビックカメラのテレビ担当者としてマニュアル通りのセールストークだったのかもしれないが、実際のモノを見ながら安藤のたくみな説明を聞くと、インターネットではわからなかった様々なことがわかった。僕はビックカメラの店員のレベルの高さに大いに感心した。

そして僕はどのテレビを買うかを決めた。それはもともとここに来るまでの間におおむね決まっていたのだけれど、安藤の説明で確信に変わった。僕に必要なのはこのメーカーのこのテレビだと言うことに心から納得したのだ。

「これ買おうと思っているんですけど少し安くなりませんかね?」僕は言った。「これぐらいでどうでしょうか?」安藤は僕に電卓を叩いて見せた。

一気に2万円も下がった。東京では値切っても無駄だと言うが、実はそんなことはない。意外とあっさりとまけてくれるものだ。今回は少々あっさりしすぎているのだけれど。いくらまでまけれるかもおそらく最初から決まっているのだろう。だとしたら安藤が最初からその値段を出してくるとは考えられない。そこで僕はその値段では買えないと言わんばかりのむずかしい顔をした。有能な営業マンである安藤は僕のそんな表情をすぐに読み取りさらなるディスカウントを提示してきた。ポイントを通常の8%から10%にすることを提案したのだ。30万円あまりの商品を買うのに2%だと6000円もの経済的価値がある。しかしそれでも僕が想定していた買値よりはずいぶんと高いものだった。つまり僕は首を縦には振らなかった。

そんな僕を見かねて安藤は「ちょっと待ってください。相談してきます」と言ってどこかに走っていった。おそらく上司か責任者に相談しているのだろう。その間、僕はこれから買おうとしているそのテレビの中に映しだされたワールドカップ予選のVCRを見ていた。しばらくすると安藤がまた走りながら戻ってきた。少し息を切らしている。

「あと5000円安くすることができます。それと今回は特別に5年間の保証も付けます」安藤はちょっと得意げな表情で僕に言った。

これで決まった。安藤は内心そう思っていたとしか思えない。実際に僕は買う気満々だった。ビックカメラはクレジットカードで買うよりも現金で買ったほうがポイントが1.2%ほど多くつく。このような高額商品では数%のポイントが大きな違いとなる。だから僕は30万円以上の現金を実際に持ち合わせていた。5年間の保証に関しては実際の価値は大したことはない。なぜならば電化製品の故障率は深く切り立ったバスタブ型の曲線を描くからだ。つまり故障は初期不良と最初の数週間ぐらいに集中している。そしてその部分はメーカーの正規の保証で手厚くカバーされている期間だ。次の故障のピークは10年以上先に現れる。これはショップによる5年間保証では対応できない。つまり5年保証の経済的価値は見かけよりもずっと低いものになる。

結局、僕は安藤の渾身のディスカウントにも首を縦に振らなかった。そしておもむろにポケットの中から『iPhone』を取り出し、ブックマークしておいたサイトを安藤に見せた。

「このサイトによるとこの値段で買えるところがあるようですよ」僕は少し小さい声で言った。

それは『価格.com』のサイトだった。言うまでもなく電化製品等の最安値情報を提供するサイトだ。これで決まった。今度は僕がそう思った。僕は確かにそのショップに電話して注文すればその価格でこのテレビを買えるのだ。それは仮定に基づく理論だったり、一個人の希望的観測ではなく、厳然たる事実なのだ。ひとつしかない現実の世界の中での事実。だからこの情報を見せることにより安藤は追い詰められるはずだ。そのショップもビックカメラも仕入れ値はそれほど違わないはずで、多数の売り子を雇い一等地に店舗を構えるビッカメラではその値段で売ったら割りに合わないと言うだけの話にすぎない。つまり僕が見せたその値段はビックカメラの仕入れ値よりは高いはずなのである。在庫があって、仕入れ値よりも高くて、その値段で売らなければこの客を逃すと言うことがおおむね確実なシチュエーションなら、その値段で売らざるを得ない。例えビックカメラ有楽町店の家賃や安藤の給料までは回らなくても在庫が売れ残るよりマシだ。

少々手荒い方法かもしれないけど、ひとつの情報の扱いがゲームの勝者と敗者を残酷に切り分ける国際金融の世界で生き残ってきた僕にとって、それはいわば当たり前すぎるやり方だった。だから安藤がしぶしぶ僕の『iPhone』が指し示すその値段で売ることになるだろうと、僕は自信を持って予測した。それは安藤が提示した全てのディスカウントを考慮してもさらに3万円以上安い値段だった。それでも安藤は売らざるを得ない(はずだ)。

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