中流階級の幻想
今回はゆかりさんのブログ『近眼ユーウツ日誌』からご寄稿いただきました。
中流階級の幻想
またはじまった、と思った。メディアによる、世論を巻き込んだ、個人への攻撃が。
大阪の事件 *1 については、まあ、ひどい事件だとは思う。だけど、世にあふれる意見があまりにも一方的すぎて違和感を覚えるのはわたしだけだろうか。
*1:「西区南堀江 2児死亡現場ルポ 下村容疑者、風俗店に転職で育児放棄か」 2010/07/31 『Yahoo!ニュース』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100731-00000125-san-soci
こういう極端な事件が起こるたびその時々の世論に耳を傾けながら、この国の多くの人に欠けているのは、想像力ではないかとわたしは思う。そしてそれは、長い間この国に根付いてきた“中流階級”というものに理由がある気がしてならない。
今の世は格差社会だと言われているけれど、世の中の大半が“中流階級”に属していると信じられていた時代も、底辺の人たちはたくさんいた(今はそのころの仕打ちを逆手に取ってやりたい放題の人たちもいる、という話はさておき)。じゃあなぜそのころの日本人は自分を含め世のほとんどが中流階級に属していると信じていられたのかと考えると、情報が少なかったこともあるだろうけど、それ以上に「見ようとしなかった」からだと思う。
家電をそろえ、自家用車を買い、マイホームを建てる。それが典型的な日本人の姿であり幸せの象徴だと、この国のほとんどの人が疑わず、それを手に入れるために朝から晩まで働いた。そうして家電を買いそろえているその瞬間、今日のごはんにも困る人が同じ国にいるなんてことは、自分には関係のないことだとその存在すら忘れてしまった。
時は過ぎ、さまざまな角度から情報が入ってくるようになった現代。生まれながらに金持ちの人もいれば平凡を絵に描いたような人生を送る人もいる。一方で、どうしようもなく不幸な境遇に生きる人も確実に存在している。それらのことを、現代の日本人は昔の人以上に“知っている”はずなのに“想像”しようとはしていないように見える。
格差社会とは言っても、アメリカや中国に比べれば今も日本人のほとんどは中流階級だと言えるかもしれない(とりあえずここで言う“中流”とは、住むところがあって今日のごはんに困らなくて人間らしい生活ができていることとする)。きっとその多くの人は今日のごはんに困る日が来ることなんてないと思っているし、自分が道を踏み外すはずがないと信じている。そしてその多くの人はどうしようもなく不幸な境遇なんて想像もできないし、しようともしない。そうして過ごす日々の中で飛び込んで来た悲惨なニュースに対し、今いる場所から一方的に他人を責め、「なぜそんなことができるのか、信じられない」と声を荒げる。
他人の行動を、他人の人生を批判することは簡単だ。だけど本当に必要なのは、「じゃあ彼女と同じような境遇の人はどうすれば良いのか?」と考えることではないのだろうか。だけどたいていの日本人は他人を批判しておしまいだ。だって、「こんな悲惨な事件を起こすような境遇の人がたくさんいるとは思っていない」から。「こんな悲惨な事件を起こすのは限られた人だと思っている」から(つまり、結局のところ昔と何も変わっていない)。
他人を責めれば、自分が正しい位置にいると思える。今いるこの場所が、これまでの人生が、間違っていないと信じられる。批判の数が多くなればなるほど、自分は取り残されていないと実感できる。一斉に声を荒げる人々の心の奥に、そんな気持ちが透けて見える。近所づきあいが希薄になったせいだとか、児童相談所の対応がまずかったとか、そんな話が本質ではないとわたしは思う。
金持ちを見ればひがみ、貧乏人を見ればさげすみ、自分と同じ生活レベルの人を見ると安心する。
そんな深層心理は、“世の中の大半が中流階級に属していると信じられていた時代”に培われ、今も多くの日本人の心に根付いている。わたしはこれを“中流階級の幻想”と呼びたい。そして、この国の人々はいつまでその幻想に取りつかれて生きていくのだろうと考える。
“出る杭(くい)は打たれる”ということわざが体現するように、この国では長い間、上に出る杭(くい)も下に出る杭(くい)も歓迎されてこなかった。穏やかな人生を送りたいなら、“出ない杭(くい)”になることが賢い選択だった。
ニッポン総中流階級の時代を生き抜いた団塊の世代がいなくなったとき、この国はどんなふうに変わるんだろう。
執筆: この記事はゆかりさんのブログ『近眼ユーウツ日誌』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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