ショートショートの「新星」早くも2冊目! 多彩なスタイルと独特の感性

ショートショートの「新星」早くも2冊目! 多彩なスタイルと独特の感性

 田丸雅智といえば、この春に刊行された最初の著作『夢巻』(出版芸術社)で一躍ひのき舞台へ躍りでた俊英。彼の「ショートショート復興」を目ざす志はSF関係では知られていたものの、一般にはほぼ無名だった。しかし、『夢巻』は発売直後から各メディアで取りあげられ、その後も順調に版を重ねている。実力が評価されているのだ。まさにショートショートの新星である。

 この文脈での「新星」には特別な意味がある。日本でショートショートが広く親しまれているのは、星新一の功績が大きい。礎を築いたばかりか、いまなお(歿後17年が経過したにもかかわらず)星さんはショートショートの代名詞だ。ショートショートで「新星」と言えば、その星さんを後継する存在ってことになる。星さんが唯一「弟子」と認めたのは江坂遊だが、田丸さんははそのまた弟子にあたり(江坂さんが主宰する「星流道場」出身)、人脈的にも正統につらなっている。ただし、江坂さんもそうだが、田丸雅智は星新一の亜流ではない。エピゴーネンでは新星にはなれない。

 その田丸雅智が早くも2冊目を届けてくれた。この『海色の壜』収録の20篇を読めば、「新星」の実力と矜恃は明らかだ。ここではひととおりのスタイルではなく、多彩な創作が試されている。表題作をはじめ海を題材にした郷愁が漂う作品があるかと思えば、底味の深い異色作もある。軽快なユーモア、シュールな雰囲気、ひねくれた理屈の寓話……。そこにあるのはいろいろと書きわける器用さというより、パッとつかんだインスピレーションを素直に発展させるセンスに思える。そんなふうに言うと、本人から「すごく苦心して書いているんですよ!」と抗議されるかもしれない。しかし、できあがった作品はのびのびしていて、読者はゆったりくつろいで楽しめる。

 バラエティ豊かなので「次はどんなのがくるかな」と、ついつい手を伸ばし気がついたら一冊読み終わっていた。しかし、ふたたび読み返してみると(優れたショートショートは再読可能だし、むしろ再読によって面白さが増す)、田丸ブランドを裏づける独自性も見えてくる。
 ひとつは、言葉遊びを不思議なロジックに結びつける思考の柔軟性だ。「年波」という作品では、「人類の祖先が海から陸へ進出したとき海水の構造が体液として残ったように、波も人間の身体に宿った」と見なし、人と人が生まれたときから干渉しあい、波は増減を繰りかえしながら互いに高さを増していくと説明する。では、その「年波」はどういう機会に自覚され、当人になにをもたらすのか……。

「修正駅」も面白い。タイトルを見ればダジャレだが、巧みな設定や運びで読者をすんなり作中へ誘いこむ。いっけんなんの変哲もない鉄道の駅なのだが、その町の人の運命路線図を管理している場所がある。ときどき運命を修正することがあるので「修正駅」と呼ばれるわけだ。そんな駅の秘密を知った主人公は……。
 もうひとつ、田丸雅智の文章でぼくが注目したいのは、色彩感覚だ。たとえば、特殊な蜂蜜をめぐる怪奇ショートショート「蜜」では、こんな描写がある。〔透明で、からみつくようにねっとり輝く、黄金色。夜景に透かしてみると、妖艶さがいっそう際立つ。うっとりするほど、ほんとに魅惑的な色……〕。

 こうした色彩センスは、描写のみに発揮されるのではない。もう少し広範囲の「情景の構成」をも支えている。たとえば、髪を炎にできる(鼻が点火ツマミになっている)男の話「コンロ」では、彼を囲んで友人たちがキャンプファイヤーに興じる場面がある。

 青い炎がとたんにメラッと黄緑色に変色した。霧吹きを変えるたび深紅にオレンジ、紫と次々にいろいろな炎が宙を舞う。

「夕暮れコレクター」で、語り手が不思議な夕暮れコレクターと知りあう場面。

 暮れなずむ空の色。瞼を閉じても消えない夕陽。それに向かってまっしぐらに突き進む電車、

 不思議な桜の精(それとも妖怪?)を扱った「桜」では、こんなふうだ。

 桜の花びらが夕焼けで赤く染まる頃になると、彼はスーッとピンクの一群に戻っていきました。そのようすがまた幻想的で、綿飴のような桃色の雲と重なる桜。

 いずれも、凝った表現を使っているわけではない。平明な言葉で綴りながら、鮮烈な映像を喚起する。ショートショートで物語の停滞は致命的だから、長々とした描写はできないし、背景があまり突出してもいけない。田丸雅智はそれを弁えて(直感的にかもしれないが)、バランス良く場面を展開していく。

 ショートショートは「新鮮なアイデア」「意外なオチ」があれば誰でも書けると思われがちで、それは一面の真実でもあるが、しかしそれだけでは長つづきしない。多くの読者から支持されるクオリティを維持できるプロは、文章や構成を支える才能や独自性を持っているものだ。

(牧眞司)

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