万引き犯の「顔公開」に潜む法的リスク
万引き事件で犯人の顔を公開することは許されるのか?
警察庁の発表によると、全国の万引きの認知件数は2013年で12万6000件、被害額も27億円に達しているとのことです。届け出られていないケースも含めれば、実数はさらに大きくなるでしょう。
このような万引きに対し、店舗が「犯人の顔写真を公開する」「防犯カメラの映像を公開して犯人に名乗り出るよう求める」といった措置をとることの是非が話題になっています。
相次ぐ万引き被害に苦しむ店舗の苦肉の策、という点で心情は理解できるのですが、弁護士としては、このような対応は原則として許されず、また法的リスクが極めて大きいため行うべきではないと考えます。
司法手続が原則。自力救済の潜在的な法的リスクは「無限大」
法律では、個人が法的手続きを経ずに実力で被害を回復することを「自力救済」や「自救行為」と呼びます。この自力救済は、極めて厳格な要件の下に認められるに過ぎません。法治国家である日本では、たとえ自らの権利を回復するためといえども、司法(警察や裁判所)手続によらなければならないのです。
まず、万引き犯人かどうかを決めるのは最終的には裁判所です。犯人と疑われている人物が「自分は犯人ではない」と主張している場合に、裁判手続きによらず犯人と決めつけてしまうことには大きな問題があります。犯行現場がはっきり写っている場合であっても、犯人と名指しして顔を公開することは、名誉毀損や肖像権侵害になり得ます。「犯人と名乗り出なければ警察に告訴する」という対応を取った場合、店舗側の行為が強要罪にあたる可能性も出てきます。
また、ネットに流出した写真は、関係者の予想を超えて拡散する恐れがあり、ネット拡散やコラージュ等で悪用された場合の法的リスクも考えられます。そのほかにも、犯人と名指しされることで、かえって犯人として名乗り出にくくなったり、その他、公開された人物やその周辺が予想外の行動に出る可能性もあり、潜在的な法的リスクは「無限大」といわざるを得ません。
万引きが「やられ損」にならないために
「顔の公開も被害回復のために必要」「何もできないなら、やられ損では」という意見もあろうかと思います。確かに警察や司法手続が全ての被害救済につながるとは言えません。しかし、「被害回復のためには何をしても良い」という、いわば私刑がまかり通った場合、ネットの炎上事件のような事態が生じることも十分予想されます。このような混乱の危険性を考えると、やはり警察などに動いてもらう以外はありえないでしょう。
たとえ罪を犯したとしても、法に則らない処罰を行ってはいけないというのが法治国家の大原則なのです。万引きが「やられ損」にならないためには、被害店舗の実力による救済ではなく、万引きの被害実体や社会への影響を広く理解し、社会全体が「万引きは犯罪であり、決して許されない行為である」という認識をもたなければならないと思います。
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