歌舞伎や落語に出てくる「井戸替え」は江戸の夏の風物詩

歌舞伎や落語に出てくる「井戸替え」は江戸の夏の風物詩

連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】
落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。

江戸で井戸から汲み上げるのは、実は水道の水

江戸は、水道網が整備されていた。このことは、「江戸は水道が発達していたのに、落語『水屋の富』で水を売る理由は?(http://suumo.jp/journal/2013/09/12/51461/)」の記事でも説明した。江戸っ子は、この水道が自慢だった。

玉川上水(多摩川が水源)と神田上水(井の頭池が水源)から水を運ぶ水道網は、木や石でつくった樋(とい)を水道管として、土地の高低を利用して街中まで広がった。街中では、水を貯める水道桶(井戸)から水を汲んで、自分の家のかめや桶に移して飲用水として使っていた。

つまり江戸の井戸は、井戸を掘って地下水を貯めたものではなく、水道水の汲み上げ口だった。そのため、井戸は深くはないので、竹の先に桶をつけた「つるべ」を使った。

井戸替えは大家の管理のもと、長屋総出で行った

江戸では、水の衛生管理にも力を入れていた。上水道では、水浴びや洗濯をする者がいないか、「水番屋」が監視した。問題があれば関や水門を閉じて、江戸市中に流れないようにした。町内の井戸にも、水量や水の濁り具合をチェックする水見枡(みずみます)も設置されていた。

さらに年に一度、「井戸替え」や「井戸浚え(さらえ)」と呼ばれる大掃除をした。井戸の水を汲み出し、井戸の上に臨時に付けた滑車を使って人が中に入り、側壁を洗ったり、女たちが落とした櫛などを拾ったりして、底に溜まった泥やゴミを取り除いた。

この井戸替えは、長屋などでは住人が仕事を休み、大家の管理のもとに総出で行った。作業が終わると、井戸の神様にお供えをして、その後は作業に手を貸した住人たちには祝い酒がふるまわれた。だから、夏の風物詩でもあった。

この井戸替えの様子は、歌舞伎や落語でもしばしば登場する。
歌舞伎の「権三と助十」は、井戸替えのシーンから芝居が始まる。といっても、井戸は出てこない。井戸の上の滑車に付けた綱をひっぱる住人たちが、舞台の花道までいっぱいに綱を持って並び、大仕事をしていることが分かる仕掛けだ。

歌舞伎「権三(ごんざ)と助十(すけじゅう)」とは…

舞台は、神田橋本町の裏長屋。今日は井戸替えの日なのに、駕籠(かご)かきの相棒、権三と助十は喧嘩を始める。権三が昼寝をして出てこないからだ。そんなところへ、元長屋の住人で小間物屋の彦兵衛の息子、彦三郎が長屋の大家・六兵衛を訪ねてくる。

実は、彦兵衛は強盗殺人の罪で入牢中に死んでしまった。息子の彦三郎は、父の無実を信じて、嫌疑を晴らすために大坂から来たという。それを聞いていた権三と助十の二人、事件の日に挙動不審な左官屋の勘太郎を目撃したと告白する。

大家は一計を案じ、彦兵衛の無実を訴えて暴れ込んできたといって、三人を縛って町奉行に連れていく。お白州でこの話をさせて、再審議をしてもらいたいからだ。ところが、真犯人であろう勘太郎は釈放され、長屋に挨拶にやってくる。当然、ひと騒動あるわけだが、やっぱり裁いたのは大岡様。

実は、確実な証拠をつかむために勘太郎を泳がせたのだ。証拠は見つかり、死んでいたと思われていた彦兵衛も無事と分かり、めでたしめでたしとなる。

歌舞伎の「権三と助十」は、大正15年(1926年)初演の岡本綺堂の作品。
明治時代に、上水路の老朽化や消防用水の確保などの理由で近代水道が求められるようになり、コレラの流行がそれに拍車をかけ、浄水場でろ過し、有圧鉄管で給水する近代水道が完成している。大正時代は、近代水道を拡張していたころなので、井戸替えの様子は滅多に見られないはずだが、芝居の冒頭に使われるほど、井戸替えが社会に根づいてたということだろう。

東京都水道局の「東京の水道・その歴史と将来(https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/water/jigyo/syokai/06.html)」というサイトによると、「浄水場から配水できる1日当たりの水量が17万立方メートルでスタートした東京の近代水道は、現在では1日当たり686万立方メートルの施設能力を有する、世界有数の規模の水道に発展した」とある。

参考資料:
「浮世絵で読む、江戸の四季とならわし」赤坂治績著/NHK出版新書
「お江戸でござる」杉浦日向子監修/新潮社
「大江戸ものしり図鑑」花咲一男監修/主婦と生活社
「歌舞伎ハンドブック改訂版」藤田洋編/三省堂
元記事URL http://suumo.jp/journal/2014/08/05/67138/

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