広島県福山市、百貨店閉店のその後。空洞化すすむ駅前なのにイベント年間400回!「iti SETOUCHI」”住民みんなでつくる実験場”へリノベ

人口約45万人を擁する広島県第二の都市、福山市。新幹線ののぞみも停車する福山駅から商店街を抜けた突き当たりには、かつて「福山そごう」が建設した大型商業施設が建っています。2000年にそごうが撤退して以降、3度にわたり事業者が変わりながらも使われ続けてきた建物を活用したまちづくりの新たな取り組み、「iti SETOUCHI」を取材しました。
関わる人たちみんなで育てる実験場
「iti SETOUCHIは、ここを使う人たちと一緒につくっていく実験場です。自分たちが住む街を面白くしたい、そういう思いをもつ人たちが、皆で育てていく場所だと考えています」
そう話すのは、iti SETOUCHIの運営を行っている、福山市の電気設備事業会社、福山電業株式会社の谷口博輝(たにぐち・ひろき)さん。

福山電業株式会社、エリアマネジメント事業室 室長でiti SETOUCHI支配人の谷口さん(提供/iti SETOUCHI)
地域インフラの一端を担う福山電業は、主幹事業である電気設備事業に加え、まちづくりにも継続的に関わってきました。
地下2階、地上9階の建物の1階部分にiti SETOUCHIは入居しています。2000年にそごう福山が閉業した後、福山市が同建物を取得。福山市から民間へ運営を委託するかたちで2003年には商業施設「福山ロッツ」がオープンするも、2013年で契約終了。続いてオープンした複合施設「RiM-f(リム・ふくやま)」も2020年に閉鎖し、利活用が課題となっていました。建物が老朽化している状況もあり、全館を改修する費用は投じられないという判断から、1階部分のみを貸し出すかたちで公募が出され、福山電業との契約を結ぶこととなります。

フードコートのように複数の店舗で客席を共有するフードビレッジ。学校がテストの期間中は地元の学生でにぎわう(写真/筆者)

上階へ上がるエスカレーターは、フェンスで閉鎖されている(写真/筆者)
「いつか誰かがやってくれる、という意識を捨てて、自分がやらなくてはと思えるようになることが重要です。いまiti SETOUCHIを一緒に盛り上げてくれているのは、それぞれ自分の拠点をもちながらも手探りでまちづくりに関わってきた方々。まちづくりの専門家ではないけれど福山に熱い想いをもったメンバーが、それぞれの専門性を持ち寄って集まる場所になりつつあります」(谷口さん)
2022年4月にプレオープンし、3年目を迎えるiti SETOUCHIは、機能ごとに5つのゾーンに分かれています。飲食店が集まるフードビレッジ、企業のサテライトオフィスやコワーキングスペースを備えたワークストリート、食料品の専門店が並ぶマーケットストリート、ものづくりの工房DIYスタジオ、そして多様なイベントに使えるレンタルスペースです。
中央を貫くように設けられたメインストリートは、公開空地として整備されました。公開空地とは、建物の所有者ではない一般通行者も自由に通行できる敷地内の広場や通路のこと。建物外部の既存の公開空地と一部「換地」することで、建物内部に公開空地を通し、自転車を押して通行したり、ペットを連れて歩くなど半分外部のような場所として使用できるようにしています。また外部空間の一部を占有スペースとすることで、キッチンカーを配置するといった使い方も可能になりました。

外壁を撤去して整備した出入り口。屋内の公開空地に面して、自転車専門店が入居する(写真/筆者)

反対側の出入り口付近には、駐輪場が設置されている(写真/筆者)

全体マップ(画像提供:iti SETOUCHI)
「各エリアの区切りは明確に決めきらず、中間領域を広く取るように計画しています。”大型の屋根付き公園”をコンセプトにデザインしたiti SETOUCHIは、50%をテナントなどが使う占有スペース、50%を共有スペースにしました。使い方が定義されていないスペースを設けることで、みんなでそこをどう使ったら面白くなるか、考える余地になっています。みんなで新しいまちをつくっていくようなイメージです。館内の区画ではDIYスタジオからオープンし、共有スペースに設置する家具や器具をつくる過程にも市民の方々に関わってもらう取り組みも行いました。さまざまな場所を用意することで、それぞれの実現したいことに応じて使う場所を自由に選ぶことができるようにと考えています」

デジタルデータを作成すればだれでも木材の加工ができるShopbotが置かれたDIYスタジオ(写真/筆者)

デニム工場で放置されていた器具をもらい受け、テーブルに転用(写真/筆者)

Shopbotを用いてつくられた家具が、共有スペースに置かれている(写真/筆者)
好調なイベント利用の中、見えてきた課題
現在、iti SETOUCHIを会場として使うイベントは年間約400件にものぼるそう。ただ、オープン当初は新しい様相のこのスペースを、どのように活用してよいものか戸惑う様子もあったといいます。
「まずは自分たちがやってみせることからはじめました。それと同時に、この地域の方々で”この人であれば面白いことができるのでは”と感じる人たちに声をかけて、共催のかたちでイベントを行う。最初は我々がサポートとして入ってイベントを立ち上げ、徐々に自走できるようになるまでサポートしていきます。そのうち同じように挑戦したい人たちの手助けまでしてくれるようになっていきました。そのころには我々はまた違うプレイヤーと新しいイベントを立ち上げられるようになり、今ではたくさんの方がiti SETOUCHIを使ってくれるようになっています」(谷口さん)
「イベントの実施は、我々が主催する場合もあれば、共催や、持ち込みで場所だけ使っていただくようなケースまでさまざまです。イベントエリアの内部で行うもの、フリースペースを使うもの、エリアをまたいで展開するものや館内全体を使うものもあります。イベントを共催で行う場合には、どのようなイベントにしていきたいのかから一緒に考えていきます。またイベントに来場してくれた方や、マルシェに出店してくださった方などにも声をかけ、積極的にコミュニケーションを図っています。その中で改善点が見えてきたり、新しいアイディアが生まれていくので利用者とのコミュニケーションは欠かせません。『iti』という名前には、iを人、tを“+”に見立てて、1足す1で人と人との出会いが新しい価値を生み出すという思いを込めているんです」(谷口さん)

イベントスペース、Cageには一般的に屋外で使われるフェンスを間仕切りに使用(写真/筆者)
オフィススペースは、採用面の強化や執務空間の改善を求めて入居を希望する企業などからの申し込みが想定以上にあり、当初の予定よりスペースを増やしたそう。マーケットエリアに出店するグローサリーストア「NEED THE PLACE SETOUCHI」ではこだわりの日用品をそろえています。秋田県に本社を構えるNEED THE PLACE SETOUCHIでは、秋田から生鮮食品を直送し、福山では見かけない野菜や果物も人気だそう。福山周辺の食料品は出張や旅行のお土産に、定期的に開催しているワインのセールは地元客に、多様な客層が利用するiti SETOUCHIのニーズに合った商品展開が好評です。

ワーキングエリア。壁面は一直線ではなくジグザグの配置とし、街路のような不連続性をつくっている(写真/筆者)

福山電業が運営するコワーキングスペース、tovio(写真/筆者)

マーケットストリート。左手側には生鮮食品が並ぶ(写真/筆者)

NEED THE PLACE SETOUCHIの商品棚。2月に開催されていたバレンタインデー特集コーナーの様子(写真/筆者)

テイスティングも行っているというワインコーナーは、充実のラインナップ(写真/筆者)
またイベントスペースの貸出も好調で、良い循環が生まれつつあるといいます。
「ここに来るとなにか面白そうなことがやっている、面白い人に出会える、そういった場所に育っていくといいなと思います。地域でも随一のクリエイティブな方々が集まっているので、その人たちに一緒に仕事をしたいと思ってもらえる存在であるために、我々も日々研鑽していかなくてはと感じています」
一方で課題もあると谷口さんはいいます。
「現在iti SETOUCHIを使ってくださっている方の多くはご自身の店舗や会社といった主戦場をもっていて、ここでいろいろな実験をしてなにかしら持ち帰って本業に生かすといった関係になっています。ただ、イベントのない日は集客が伸び悩むなど現状は必ずしも投資した分の回収ができていない状況です。ここがもっと盛り上がっていくと、関わっていただいた方、皆にとって良い循環が生まれていくと思うので、それを目指してできることを進めていきたいです」
自分の店だけではなく、環境全体をより良くしていくことに関われる場所
iti SETOUCHIに入居しているパートナー(テナント)も、こうした理念に共感して集まってきた方々。
地元で学校給食に提供するパンやごはんなどを製造するパン工場、大和屋製パン工場の代表、塩出喬史(しおで・たかふみ)さんもその一人。福山市のまちづくりに関わる中で、以前から谷口さんと交友があったという塩出さんは、iti SETOUCHIの立ち上げから中心メンバーの一人として関わってきました。
「コロナ禍を経験して、既存事業とは異なる事業の柱を考えていく必要に迫られていた時期にiti SETOUCHIの話が持ち上がり、参画することにしました。学校給食は公共事業のような側面もあるため安定した収入源ではあるものの、緊急事態宣言下では操業がストップするなどリスクがあることも感じていたんです」
塩出さんはiti SETOUCHI内にドーナツショップを構えるほか、毎月第3日曜日に開くマーケットや、半年に1度全館を使って実施するイベントの主催も行っています。
「マーケットは当初、近隣の農家さんにお声がけして生鮮食品の市場としてスタートしましたが、飲食店やヨガの講師の方も参加してくださるようになり、広くウェルネスをテーマにしたマーケットに変わってきました。半年に1度行っている”リトルワンダーデパートメント”は、ヒト百貨店をテーマにさまざまな面白い人たちが集うイベントです。福山市や瀬戸内エリアはもちろん、全国から出店していただけるイベントに成長してきました」

塩出さんと、出店しているドーナツショップ(写真/筆者)

バリエーション豊富なメニュー。地元の学生とトッピングを考えるワークショップなども開催している(写真/筆者)

2025年4月に開催されたリトルワンダーデパートメントの様子(提供/iti SETOUCHI)
「自分さえ良ければいいという姿勢では決して収益が上がっていかない、そういう場所だと思います。いかにiti SETOUCHIを魅力的な場所にしていくことができるか。ここに人が集まっている状況をつくっていかないと、お店としてもうまくいきません。同じ課題感を感じているメンバーでこの場所をより良くしていく、そのために主体的に取り組むことができる環境にやりがいを感じています。お店としては目標の数字に届いていませんが、長年のまちづくりへの関わりから福山という街にポテンシャルは感じていますし、ここの魅力が伝わっていけば、十分な集客も見込めると考えています。まだまだやれること、やりたいことは尽きないので、皆で仕掛けていきたいです」(塩出さん)

フードビレッジの一角には福山電業が運営する書店、iti_Books Storeが。地域の人たちがおすすめの一冊を選書し、コメントを寄せている(写真/筆者)
塩出さんがiti SETOUCHIの運営に関わるのには、地方都市ならではの事情もあるといいます。
「高校まで福山で暮らし、大学で東京に出て、家業を継ぐためにUターンしました。東京にはさまざまなエンターテインメントが集まっていて、受け身の姿勢でも楽しめるものがたくさんありましたが、福山に戻ってから、面白いことは自分で起こしていかなくてはいけないと感じてまちづくりに関わるようになりました。いまここの運営を中心的に担っているのは僕と同世代の40代半ば前後のメンバーです。
福山もほかの地方都市と同様、若い人が外に出ていってしまう課題を抱えているので、少しずつ20代、30代の人たちに運営を手渡していくような状態を目指していこうという話をしています。若い世代の方に、こちらから具体的なアクションを起こしているわけではありませんが、大人がワイワイ楽しそうに取り組んでいる姿勢を見せることで、興味をもってもらえるきっかけにはなっているのではないかなと考えています」
好景気だった時期に中心市街地に建設された大型の施設が、役割を終えて次なる使い手を待っている事例は全国にも数多く見られます。そうした施設が市民の利益になる使われ方をするかどうかは、その街に住む人びとにとって、暮らしの満足度を大きく左右する分かれ道になるかもしれません。
まちづくりの新たな試みが詰まったiti SETOUCHIが、今後どのように福山市の活性化に寄与していくのか、その試行錯誤の過程から得られるヒントは多くありそうです。
●取材協力
iti SETOUCHI

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