iPS細胞形成率100%って・・・煽り過ぎでしょHannaさん
今回は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
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iPS細胞形成率100%って・・・煽り過ぎでしょHannaさん
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1か月ほど前に天下のNature誌に掲載された、イスラエル・ワイズマン研究所のJacob Hanna氏率いる研究チームの論文*1は衝撃的でした。
*1:「Deterministic direct reprogramming of somatic cells to pluripotency」 2013年10月03日 『nature』
http://www.nature.com/nature/journal/v502/n7469/full/nature12587.html
何せこれまで1%以下と言われていたiPS細胞の形成率を一挙に100%にしたというのですから。でもよくよく読んでみると・・・?ちょっとこれは一般の人には誤解を与えやすい表現だなと思ったので、ちょっとこの場を借りて、コメントします。
Hanna氏らが発見した方法というのは、山中先生がiPS細胞の誘導に必要な遺伝子として発見した4つの遺伝子(Oct4, Sox2, Klf4, Myc:山中4因子)に加え、同時にMbd3と呼ばれる遺伝子の働きを抑えるというものでした。確かに、この方法でほぼ100%の細胞がiPS細胞になります。ただしこれは、彼らの用いた実験条件下ではという制限付きなのです。
Hanna氏らは、誘導性(好きなときにONにできる)山中4因子をもち、かつMbd3遺伝子を欠損したマウスを遺伝子工学的に作製し、そこから取り出した細胞に対し、山中4因子をONにする薬剤を加えて、iPS細胞を誘導したのです。これは、すべてお膳立てのそろった細胞からiPS細胞を誘導しており、何も遺伝子を改変していない天然の細胞に一から山中4因子遺伝子を入れるという従来からの一般的な実験条件とは異なるのです。そのため、彼らの実験条件での対照群、つまり誘導性山中4因子はもつが、Mbd3遺伝子は欠損していないマウスから同様に取り出した細胞からの誘導でも10-20%の細胞がiPS細胞になったのです。つまり、Mbd3遺伝子を抑制することで、1%以下の形成率を100%にできたのではなく、10-20%の形成率を100%にできたということなのです。従って、正確には高々5-10倍程度効率が良くなっただけということになります。まあ、それでもすごいことなのですが。
さらに、彼らの論文が出る2か月ほど前に、他の研究室がまったく同じコンセプトの実験結果を報告しています*2。
*2:「NuRD Blocks Reprogramming of Mouse Somatic Cells into Pluripotent Stem Cells」 『Wiley Online Library』
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/stem.1374/abstract
そう、Mbd3遺伝子の働きを抑えると、iPS細胞の形成率が上がることを発表したのは彼らの方がHanna氏らより先なのです。ではなぜ、彼らの論文がStem Cell誌で、Hanna氏の論文が後出しでNature誌なのか。実験手法が洗練されていて、実験結果も豊富。マウスばかりではなくヒトiPS細胞への効果もみている。などありますが、やはりMbd3遺伝子がiPS細胞の形成効率を上げるメカニズムに迫ったという点が評価されたのでしょう。
本題に戻ると、そのHanna氏が出し抜かれた研究室が行った実験手法の方は、従来からのより一般的な方法で、結果は、0.1%の形成率がMbd3遺伝子を抑えることで1.5%程に上昇しています。Hanna氏らの結果同様、約10倍の上昇率ですが、最終的に100%にはほど遠いことがわかります。実際には、こちらがより現実的な値と言えるかもしれません。というのも、再生医療などの応用を目指し、ヒトのiPS細胞を誘導する場合、Hanna氏がとった方法は現実的ではないからです。
というわけで、Mbd3遺伝子の働きを抑えるという新しい方法によって、iPS細胞の形成率が100%になったというのではなく、形成率を5-10倍向上させることができたというのが正しいところではないでしょうか。まあ、論文自体が100%を達成できたと煽っているのだから、それを信じてしまうのは仕方がないのかもしれませんけれど・・・。
執筆: この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年10月24日時点のものです。
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